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【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第三章 王宮での新婚生活
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ハイマーの教会①

 二日目は次の移動先に向けて、朝から馬車に乗り込んだ。

 前日にたっぷり睡眠を取ったので、心身ともに朝から快適だ。

 新婚旅行初日の夜は、豪華なホテルに泊まった。私達のために準備された部屋は最上階にあり、上下二階をぶち抜かれた大層広い部屋だった。

 部屋数は複数あったので王太子と私は別の寝台を使ったが、私は疲労のあまり体を横たえた途端に眠りの世界に転がり落ちていったのだ。

 車内で王太子は私の正面に座ったのだが、私が何を読んでいるのかが気になったのか、隣の席に移動してきた。

 隣に座った直後、私達の肘が当たり、びくりと震えてしまう。もちろん単純な驚きからではなくて、接触に胸が高鳴ったせいだ。

 横から覗き込んだ王太子が言う。


「次の滞在先を調べているのか?」


 これから向かうハイマーの街のページを読んでいた私は、旅行計画書から顔を上げた。


「はい。ダルガン最古の教会があるんですよね。それ以外は、恥ずかしながら何も知らないので、今一生懸命読んで勉強しています」

「勉強熱心だな。渾身の旅行計画書を活用してくれて、製作した甲斐があるよ」

「あの、魔術を生まれつき使える人は、訓練して上手に使いこなせるようになりますけど、ダルガンの技術というのは、どうやって学ぶのですか?」


 王太子は意外なことを聞かれた、と言いたげに両眉を持ち上げた。


「同じく、訓練するんだ。魔術と違って、親から学べるわけでも家庭教師や魔術学院があるわけではないから、今は一部の兵士達を集めて、特訓している。今後は対象者を増やしていく予定だ」

「黎明期なのですね。今が正念場といったところでしょうか。例えば技術を学べる職業訓練学校のようなものがあれば、誰でも希望する人達が、生きる力を身につけることができますね」

「そうだな。いい考えだ。場所と資金があれば、すぐにでも始められるんだが、まずは予算をどこからか持ってこないとな」


 国家の会計は年ごとに予算と執行からなる。緊急で必要な時も、支出できる条件が厳しいのだろう。


「私、技術にすごく興味があります。私の持参金の一部を是非使って下さい」

「何を言うんだ。あれは君が聖王国の王女としての品位を保つために、聖王が持たせたものだろう」

「品位はお金で作れるものではありません。物件探しから是非やらせてください」


 王太子は首を左右に振りながら笑った。私が何か変なことを言っただろうか、とドキッとしてしまう。だが笑いを収めた彼が私に再び向けた目は、とても暖かだった。


「ありがとう。ダルガンのことを、そこまで考えてくれるなんて。リーナは目を下げるように言われて育ったようだけど、何も見てこなかったんじゃないな。代わりに、物ごとの本質を捉えようと常に思考してきたんだね」

「そんな、大袈裟です。ただ私は改革的なことを目指すこの国が、すごいなと思っただけです」

「同じことの繰り返しでは、進歩しないからな。現状維持をしようとすると、沈んでいくものだと思っている。小国が生き残っていくのは、大変なんだ」


 肩をすくめて笑う王太子は、どこか自国を茶化した口調ではあったが、私は改めて背筋が伸びる思いだった。


(王家って、大変なんだわ。なんだろう、聖王国と全然違う……)


 自分のマントを整えようと王太子が一度腰を浮かせ、尻の下のマントを払って裾を整える。広がったマントは隣に座る私の膝の上に落ち、片膝を彼のマントで覆われた私は、ピクリと足を震わせて硬直する。払うに払えず、困ってしまう。

 とりあえず何を言うでもなく、平静を装う。

 王太子は再び口を開いた。


「私の国のことを学ぼうとしてくれて、嬉しいよ。いや……私達の国、だな」 


 顔を上げると、再び私達の目が合った。計画書を共に覗き込んでいた王太子の顔が思わぬ近さにあり、慌てて目を逸らしてしまう。

 ごくりと生唾を嚥下し、小さな声で応える。


「この国に、き、妃として来たからには、当たり前のことです」


 聖王国では失敗作王女と言われてきた自分が、王太子に「嬉しい」と言ってもらうことができた。そして自分もそのことを嬉しいと感じている。

 それはとても特別なことのように感じられた。

 膝の上にかかったマントは、間もなく気にならなくなった。




 ハイマーは、小さな街だった。

 丘の上にこの辺り一帯の領主の館がそびえ、その麓には漆喰の可愛らしい家々が並んでいる。

 ハイマーの街の人々は、新婚の王太子夫妻を迎えるため、街の至る所に花々やリボンを飾り、華やかな雰囲気を演出してくれていた。

 広場で馬車を降りると、私達を待っていた街の人々はここぞとばかりに、楽器の演奏や若い娘達による踊りの披露を始めた。

 演出に応えるため、私達がしばらく足を止めて踊りを観ていると、小さな子ども達が花束を抱えて、私に手渡してくる。


(聖王国から来た茶色い髪の私でも、こんな風に親切に接してくれるなんて……。なんて心の温かい人たちなの)


 故郷では考えられない。優しさが、心に沁みる。

 私が驚いたのは、王太子が街の人々に進んで自ら話しかけることだった。聖王国の王族なら、まず考えられない。

 聖王族は不可侵の神聖な存在であって、人々は崇めて拝み低頭するものの、同じ目線で会話するなど、まずあり得ないのだ。

 それなのに、王太子は老婦人に「ハイマーはいつ来ても綺麗だ」とか子どもに「何歳になるんだ?」などと話しかけている。


(こんな風に民との距離が近いなんて。聖王国の王族とは、凄く違うわ)


 仰天するほどのショックを受けるものの、人々の顔に浮かぶ親しみや笑顔を前に、ダルガン王族と民との関係の方が、良いのではないかと思えてくる。

 私は、この国が好きになれるかもしれない。

 王太子が、隣を警護しつつ歩くフィリップに言う。


「知っているか? 聖王は新年祭で、自分の守護獣を披露していたんだ。私もボーグを披露すれば、皆は喜ぶだろうか?」


 フィリップは微かに顔を顰めたが、小さく頷いた。


「聖王の真似をするのは癪ですが。……喜ぶでしょうね。しかし、そんなことをお考えになるとは、殿下らしくもない」


 フィリップの反応は予想の範囲内だったのか、王太子はニッと笑ってから少し歩調を緩め、自分の前方に空いている場所を作った。 ここにボーグを呼び出すつもりなのだろう。

 王太子が軽く目を閉じ「ボーグ、おいで」と小さな声で呼びかける。

 空間に金色の裂け目が現れるなり、人々は次に何が起きるのかを悟り、歓声を上げた。しなやかな体躯の大きな黒豹が登場すると、周囲の興奮が最高潮に達する。

 王太子の守護獣には恐れを感じないのか、大きな彪であるボーグに向かって、街の子供達が「かっこいい!」と手を叩いて喜んでいる。


「やってみるもんだな」と王太子が両眉を上げてフィリップに流し目を寄越し、フィリップが苦々しげに頷く。

 その後も私達に花束を手渡してくれた人々がたくさんいて、両腕に花束を抱えて顔が埋もれるほどもらってしまったので、最後はネリーとベルタが馬車の中に花束を詰め込んだほどだった。


 ハイマーで訪れる教会では、司教の祈祷を聞く予定になっていた。

 教会は可愛らしい漆喰の街並みの中に聳える白亜の建物で、二本の大きな尖塔が突き出ている。ダルガンでは、最も長い歴史を持つ教会だ。

 馬車から降りた私と王太子は、教会までの短い石畳の道を歩きながら、尖塔を見上げた。塔から吊るされた鐘は金色で、教会の白い外壁によく映える。

 ベルタはハイマーに来るのが初めてらしく興奮した様子だったが、ネリーは冷めた目で教会を一瞥した。


「金色の鐘とは、珍しい。聖王国とは何から何まで、違いますわね」

「青空と白と金色の対比が、美しいですね!」


 ネリーの無表情と、はちきれんばかりのベルタの笑顔の対比が鮮やかだった。


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