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【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第三章 王宮での新婚生活
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ダルガンの軍事演習

 最初の目的地に着くまでに、私達はいくつかの街で休憩を挟んだ。

 この間、私は、ダルガン王家と民の距離が近いことに、大変驚いた。

 聖王国では、王太子が通れば近くにいる人々は、王太子が通り過ぎるまで深々と頭を下げるものだ。話しかけるなんてもってのほかだし、手を振るのも失礼だ。だが国が違えば考え方や習慣が違うのか、ダルガンでは民はヴァリオ王太子に軽く会釈をするだけだし、反対にとろけるような笑みを見せる女性達も多かった。

 とりわけ私が吃驚仰天したのは、沿道の屋台の店主が商品の玉ねぎの箱をひっくり返してしまい、道端を埋め尽くして転がる玉ねぎを、王太子が衛兵達と一緒になって拾ってあげたことだ。


(断言できるわ。天地がひっくり返っても、聖王国にいる私の弟なら、絶対にこんなことをしない!)


 もちろん、失望したわけではない。

 飾らず自分から国民の中に入っていく王太子の姿は新鮮で、一層惚れてしまいそうだった。ダルガンに来てみれば、神のように振る舞う聖王家の姿勢に疑問を抱いてしまう。


 馬車に揺られ、目的地にたどり着いた私達の目の前に広がっているのは、紺碧の美しい海でも、花火でもなかった。

 荒涼とした、枯れ木の立つ平原である。

 城から南東にある平原が、演習場になっているからだ。

 馬車で到着すると、王太子は私が降り立つのを手助けし、自信ありげに言った。


「例え今は争いがないにしても、戦争はいつ勃発するかは分からない。だからダルガンは常に訓練を怠らないようにしている」


 なるほど。

 平原には石造りの砦が建てられ、どうやらダルガン兵達はそこを敵の要塞と仮定し、攻撃の訓練をしているようだった。

 私達は高い砦からはかなり離れた所に馬車を止めたが、それ以上は砦に近づかなかった。

 人が遠巻きに配置されている代わりに、砦のそばには車輪のついた鋼鉄の細い筒のような形状のものが、いくつか置かれている。


「殿下、あの車つきの筒はなんでしょうか? 聖王国では見たことがありません」 


 すると王太子はニッと笑った。少し後ろにいるフィリップは、私を小馬鹿にしたように鼻で笑うので、少しムッとしてしまう。


「今日はあれを見に来たんだ。聖王国の王女には、刺激がかなり強いかもしれないな。音が凄まじいから、あまり近寄らない方がいい」


 鋼鉄の筒に少しだけ近づこうとした私を、王太子が腕を伸ばして止める。彼はそのまま片腕をあげ、筒の周囲にいる兵達に「着火」と命じた。

 間も無くドン!という爆音と共に、煙を放つ球体が筒から吹っ飛んだ。瞬きをする間に、それは砦に当たり、石造りの砦の壁に大きな穴を開ける。あまりにも簡単に穴が空いたので、砦がもしや砂糖菓子か何かでできているのでは、と一瞬疑ってしまう。

 混乱と緊張で身を固くしつつも、隣に立つルーファスに尋ねる。


「今のは、なんです? 火の魔術ですか?」


 振り返った王太子の顔は、随分と満足げだった。

 彼が口を開く前に、もう一発の球が飛び、二箇所に穴の空いた砦の外壁がボロボロと崩れ始め、二つの穴がすぐに大きな一つになっていく。

 王太子は長い腕を伸ばし、前方にある車輪付きの筒を示した。


「魔術ではない。まだ実戦で使用したことはないんだが、これは我が国で開発した新兵器だ。火薬を使って、鉄球を飛ばす」


 新兵器も、火薬とやらも、私には馴染みのない言葉だった。


「聖王国では、接近戦以外の攻撃は主に魔術で行います。魔術でないなら、どうやって、あんな火を吹く球を飛ばすのです?」


 気づけば、私を取り囲む兵達も、誇らしげに微笑んでいた。

 自信に溢れた口調で、王太子が答える。


「これが、我が国の()()だ。魔力に代わって、これからの時代を切り開く力。それが技術だと、ダルガンは確信している」


 私は筒の中に球体を仕込む若い兵士を見た。髪色は茶だ。


「あの兵士は、『持たざる者』だわ。でも、火を吹く球を打てるのね……!」


 思わず興奮して、声が上ずる。


「それこそが()()の強みだ。生まれ持った魔力は関係ない」


 聖王国にも、多少の技術はある。技術といえば、紙や織物作りに使われている。それに、近年では時計に精密な機器が使われていて、ここ半世紀の技術の進歩は目覚ましいと言われる。

 だが、ダルガンの技術は、そのずっと先を行っていた。

 感心していた私だが、どうしても顔が曇ってしまう。


「もしもの時は、あの兵器で戦うのですか?」

「先制攻撃を仕掛けるつもりは、もちろんない。だが、我が国を侵略する国があったなら、徹底して戦う」


 断言はしないが、可能性ある筆頭国は聖王国だろう。

 生まれ育った聖王城を、燃える鉄の球が打ち砕く光景を想像してしまい、慌ててそれをかき消す。


「あの新兵器は、なんという名前なのですか?」


 何気なく尋ねてみると、近くにいたフィリップが片眉を怪訝そうに持ち上げて聞いてくる。


「妃殿下はもしや聖王陛下に、告げ口でもなさる気ですか? ダルガンが鋼鉄の玉を打ち込もうともくろんでいるから、風の防御魔法の精度を上げておけ、とでも?」

「そんなつもりはありません。ただ、興味があっただけです」


 王太子は打撃を受けた砦に近づき、自分の腰に手を当てて振り返った。


「そうか。我が国の情報は、義父殿に筒抜けになり得るのだな。もしも聖王に手紙を書くのなら、今日見たことをできるだけ大げさに書いてくれ。義父殿が、間違っても我が国に再び攻めこもうなどと、思わないように」


 手のひらにじっとりと汗が滲むのを感じる。

 王太子は冗談めかして言っているが、やたら綺麗な彼の宝石の瞳の奥に、挑戦的な色を見た気がした。彼もまた、たしかに聖王国を恨んでいる者の一人なのだ。

 フィリップも探るような目つきを私に向けている。私の返事を聞き漏らすまい、としているに違いない。


(フィリップは私が、敵か味方かを、見定めようとしているんだわ。兵士達も顔には出さないけれど、きっと同じね。なんだか、狼の群れに放り込まれた羊になった気分だわ……)


 ここで答えを間違えては、孤立無縁になってしまう。

 王太子の発言が本気なのかを、考えなければ。

 もしも本気で彼が義父を兵器の情報によって牽制したいと思っているなら、手紙越しより効果的な方法がたくさんある。

 何より、ここで己の頭で思考せず「はい」と答えるような妃であれば、むしろダルガンの人々に見放される気がした。


「父からは折りに触れて書簡を寄越すように言われておりますので、今夜久しぶりに送ろうと思います。私は、今日平原で兵士たちの剣の練習を見ただけだと手紙には書きます」

「何を書こうと、キャロリーナの自由だ」


 そばで聞き耳を立てているに違いないフィリップをチラリと確認する。目が合うと、彼は何事もなかったかのように、視線を逸らした。


(まったくもう。伝書鳩から通信文を取っても、私には報告すらしないし。その上、一言も言わずに王太子のもとに向かうし)


 敵国から来ているために侮られているのは、重々承知だ。

 問題は、私自身の魔力のなさや容姿、持って生まれた立場のようなどうしようとないことではなく、言動で相手を失望させることだった。

 それだけは恥ずべきことだ。


「持たざる者」である私も、何一つ本当に持たないわけではないはずだ。

 どうにもならないことは多いが、努力で補えるものならば、落ち度を何としても埋めたい。

 私はフィリップにも聞こえるような大きな声で、思ったことを勇気を出して王太子に言った。 


「それと書簡には――、ヴァリオ王太子は剣神と名高い側近のフィリップを打ち負かすほどの腕前をお持ちで、流石は軍事大国を将来背負うお方だと書いて、父に報告しますわ」


 ダルガンを下に見ている聖王へ、微かに牽制を効かせたつもりだ。

 だが王太子は固まった。その視線が無意識に意見を求めてフィリップに向かったが、彼も硬直している。

 王太子がフィリップといくらか距離を取り、向き合う形で立ち止まる。


「……いやいや、殿下。まさか」


 苦笑するフィリップに向かって、王太子が宣言する。


「よし、いいだろう。フィリップ、久しぶりに私と……、俺と手合わせをしろ」


 急な展開に、周囲にいる兵士達もざわつく。

 本当に剣を合わせることなど、私も予想していなかった。


「で、殿下。何も実践されることはありません! 私が父に伝えるだけですから」

「義父殿に嘘をつくのはいただけないな、キャロリーナ。ここはまさに演習場なのだから、丁度いい」


 王太子は私にだけ聞こえるように、声を落として続けた。


「それに、皆に素の私を見せてもいいかなと、リーナのお陰で遊び心が芽生えたんだ。だから止めないでくれ」


 呆気に取られている私をよそに、王太子がスラリと剣を抜く。

 対するフィリップは、頭痛がするかのように額を左手で押さえている。


「殿下、本気ですか? 新婚旅行でお怪我なさったら、目も当てられませんが」

「流石の自信だな、フィリップ。後でその発言、後悔するなよ?」


 王太子は自分達の周りにどんどん集まり始めた兵士達に、実に愉快そうに話しかけた。


「兵士達に剣を振れといつも命じてばかりでは、一方的に過ぎるからな。それに皆、剣神の剣技が見たくはないか?」

「見たいです!」と兵士達が大きな声を合わせて答え、目を輝かせて頷く。


 先ほどまでの固い雰囲気は一変し、皆の顔に笑顔が浮かぶ。 


「殿下も、粋なことをなさる」

「お二人の剣技を見られるのは久しぶりじゃないか。俺達兵士にとっては、目の保養だな」


 聞こえてくるのは、一様に期待に満ちた呟きで、これ以上王太子を止めることもないかもしれない。

 困惑する私の前で、王太子とフィリップがほぼ同時に前方に踏み込み、互いの剣をぶつける。

 カーン、と金属音が響き、兵士達が歓声をあげる。

 王太子が激しく剣を繰り、フィリップが逐一防御してそれを流す。少し後退したところで今度は一転してフィリップが次々と容赦なく王太子に剣を振り下ろす。

 互いに太刀筋を読んでいるのか、剣が衣服に触れることはないものの、気迫溢れて勢いがあり、僅かな遅れが命取りになるのは、間違いない。

 兵士達は血気盛んに声援を送り、最高の盛り上がりを見せているが、私は怖くて仕方がない。

 一瞬、王太子の瞳が素早く私に向けられ、彼と目が合った。直後、彼は目にも止まらぬ速さで剣を下から振り上げ、フィリップの剣が消えた。

 ヒュンヒュン、と風を切る音が上空から聞こえたと思うと、フィリップのすぐ後ろの地面に、ザクッと大きな音を立てて剣が突き刺さる。

 半ばまで土に埋まった剣は、銀色の剣身に陽光を反射しながら、反動で前後に振れている。

 右手から剣を失ったフィリップは、唖然と自分の後ろを振り返った。

 王太子の剣はフィリップの手から彼の剣を見事に奪ったのだ。

 しばらくの間、誰もが揺れる剣を見つめていた。そして何が起きたのかを、誰が勝者なのかを理解すると、再び地鳴りのような歓声が沸き起こった。


「王太子殿下、万歳!」

「我らが剣神、ここにあり!」


 皆大いに喜んでいるが、私はやっと恐ろしい時間が終わり、腰から下の力が抜けてしまった。

 へなへなとへたり込みそうになり、ベルタにどうにか支えてもらう。

 ベルタは小柄な体型のどこにそんな力があるのかと驚くほど力強く私を支えてくれたが、彼女もまた私に対して意外だと目を瞬いた。


「妃殿下。そんなにも、王太子殿下がご心配だったんですね」

「だって、私の不用意な一言のせいで二人が剣を抜いてしまったから……」

「まぁ、不用意だなんて。士気が上がりましたし、何より王太子殿下のお茶目な一面が拝見できて、私などは感激してしまいましたよ?」


 そうだろうか。

 結果良ければ全てよしと思いたいけれど、その後の演習場での説明を聞く間中、私はまだ胸がドキドキしていた。

 ダルガンではほとんど唯一と言っても過言ではない、私の味方であり愛する人を失うかもしれない、という恐怖がどれほどのものなのか、骨身に沁みたのだ。


 軍事演習場では少し距離を取って歩いていた私と王太子だったが、次の移動先に向かうために馬車に乗ると、彼の澄ました顔が豹変し、いたずらっ子のようにニヤリと笑った。手摺りに腕を乗せ、長い足を組んで至極満足げだ。


「さっきは面白い提案をしてくれて、ありがとう。私の剣の腕も、捨てたもんじゃないだろう?」

「ええ。でもまさか手紙のお話に乗ってこられるなんて、思いもしませんでした」

「リーナにカッコいいところを見せたかったんだ」


 そう呟いて自嘲気味に小さく笑う王太子が予想外で、彼をハッと見つめてしまう。

 まさか私に自分を良く見せたい、と思っていたなんて。


(意外すぎるわ。だって、既にこれ以上はないってくらいカッコいいのに。ヴァリオ王太子ほど魅力的な男性なんて、絶対に他にいないのに。そんなのってないわ)

「もっと素敵になんて、ならないでください。十分過ぎるほどカッコよくて、お近くにいるだけで私は恥ずかしいのに」


 正直に苦情を申し立ててみるが、王太子は目を丸くした。すぐに顔を歪めて小さく笑い、自分の拳を鼻に押しつけている。斜め下に視線を流した彼の耳先が、またしても朱が差している。


「参ったな。そっちこそずる過ぎるだろ。なんなんだ、その可愛過ぎる反応は」

「私は、ただ本心を……」

「ああもう、我慢できない」


 そう言い捨てた王太子は、座席から腰を上げて両腕を伸ばし、正面に座る私の二の腕を掴んで強引に隣に座らせた。


「皆の前だとリーナと距離を取らないといけないのが、苦痛で仕方ない。こうやって、いつも抱き寄せていたいのに」

「で、殿下……」

「リーナが視界に入ると、触れたくてたまらなくなるんだ。一体、どうしてくれる?」


 王太子の両腕が私の腰と背に回され、ほとんど抱きしめられているみたいな状態になっていて、私の心拍数が異常なほど上がっていく。

 ドクドクと胸打つ音が、彼に聞こえてしまいそうだ。


「リーナを妃にできて、私は本当に幸せ者だ」

「私も、とても幸せです。ありがとうございます」


 けれど、さっきから機嫌が良過ぎる王太子に、ちゃんと私の気持ちを伝えて釘を刺しておかねばともう一言、苦言を呈する。浮かれてばかりではいられず、これもお妃の務めだと思うのだ。


「あの。フィリップとの手合わせには皆さん見入っていましたけれど、私は心配で胸が潰れそうだったんです……! だからもう二度と、危ないことはなさらないでくださいね?」


 懇切丁寧に言ってみたつもりだが、王太子は素早く顔を背けた。

 王太子の長い黄金の髪がバサリと私の顔に流れ落ちてきて、視界を取り戻そうと首をのけぞらせて振り払う。

 目を上げると、王太子の横顔が見えた。意外なことに、その顔は真っ赤だった。


「まったく、どこまで可愛いんだ……!」


 ぽつりと呟かれたその一言に、今度は私が茹で蛸のように真っ赤になってしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰も見てないと思ってイチャイチャしやがって……!!!(笑) フィリップが見てたら血涙してハンカチギリギリしてそう…
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