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気がつくと外が明るい。
横を見ると、カグヤ様が相変わらず綺麗なお顔で寝ている。
私はあのまま寝てしまったのだった。
あんなに2人きりの夜の過ごし方で悶々としていたのにもかかわらずに、ぐっすりと寝てしまった!
そして、結局何も起こらなかった!!
心配のしすぎは、今後は控えようと思う。
でも据え膳はナントカって言うじゃない。
ほっとしている自分と、大事にされてるなと思う自分と、落ち込む自分がいる。
それに気がついて、ちょっと反省した。
まだ鳥も鳴かない時間なのかしらと、もう一眠りしようかな。
でも少し喉も乾いたから白湯でも飲もうと、御帳台からそっと抜け出した。
すると、廊下に何か人影のようなものがある気がして、サッと背筋が凍る。
まさか、本当に、怨霊だとでもいうの?
カグヤ様のもとに戻ろうとしても、体が動かない。
ぶわりと鳥肌がたつ。
這い寄る謎の恐怖に足がすくんでしまったようだった。
怖い、けれどもあれは見廻りの武士だと言い聞かせる。
怨霊でなければ、なぜこんなにも恐怖を抱かなければならないのか。
カグヤ様のもとへ戻るために足を動かそうと心を励ます。
「君が、もしかしてカグヤと共にいた女性かい」
人影から声が掛かった。
声の主に思い当たる人はいない。
誰だかわからない。
怖い。
あまりの恐怖に私は頭が真っ白になる。
カグヤ様のもとへ行かなければ。
すると、ふわりと私の肩に手が乗り、私は引き寄せられるままになる。
引き寄せたのはカグヤ様だった。
急に息ができるようになった気がするくらいに息を詰めていたようで、ハッと息を吐くとカグヤ様が私を抱きしめた。
「兄上」
兄上!?
その言葉に驚きながらも、カグヤ様が抱きしめてくださったおかげか呼吸がいくらか楽になる。
汗が額に流れてきた。
恐怖が段々と薄れていく。
敵と向き合った時よりも、底知れない怖さだったと思う。
カグヤ様の兄らしき人の魔力なのだろうか。
「カグヤ、迎えにきたんだよ」
兄上と呼ばれた人は、そう言った。
迎えにきた!?
でも、月に帰る心配は過去の私もしていた。
けれど、カグヤ様が私と一緒にいてくださると聞いて、その心配も消えたというのに。まさかお迎えが来たとは。
「結構です。私はこの地でこの人と生き、この地に骨を埋めます」
カグヤ様が力強く答えてくださった言葉に、勇気をもらう。
振り返りカグヤ様の兄という人の顔を見る。
カグヤ様よりも背が高く、どう見ても男性だった。兄となれば、その方も中性的な見た目なのかしらと思っていたのだ。
けれど、カグヤ様に面影がどことなく似ている。
やろうと思えば体は動かせた。もしかして金縛りのようなものだったのかも。
「そこの女性のせいでこちらには戻らないというのなら、一緒に来ればいい。私がなんとかする」
「兄上。お話ししたいことはたくさんあります。私を可愛がってくれた御恩もある。けれど、こんなやり方でお会いしたくはなかった」
カグヤ様が今まで見たこともない苛立ちを見せた。
何かが起こっているとでもいうのだろうか。
「わざわざ面倒な結界の中に入ってきたんだ。いい返事を聞きたかったな。また来るよ」
そう言うと、カグヤ様の兄という人は蜃気楼のように揺れて消えてしまった。
一気に噴き出る汗と、楽になる呼吸。
恐怖で緊張していたのだと悟る。
深く息を吸って吐いて呼吸を整えると、カグヤ様が「すまなかった」と謝った。
「カグヤ様は何も悪くありません」
掠れた声で返すと、眉尻を下げて微笑み返してくださった。
「苦しかっただろう。兄上の魔力に当てられたんだな」
あの金縛りのようなものは、そういうことだったのかと腑に落ちる。怨霊などではなくてよかったのかどうか。
「宮中は、陰陽師によって結界が張ってあるときいた。招かざるものは入ってこれぬとも。それを掻い潜って兄上はやって来た。兄上はそういうのが得意なんだ。先ほどのは、昨日話した可愛がってくれた兄だよ」
じゃぁ外から怨霊もやって来ないし、やっぱり宮中は安全なのねと、現実逃避じみたことを考える。
カグヤ様を見ると、なんだか寂しそうに見えた。
やっぱり兄との再会はどんな形であれ久しぶりの事だったし、もう少し一緒にいたかったのではないだろうかと思い至る。
「お兄様とお話ししなくてよろしいのですか?」
「お会いしたい気持ちはあったけれど。敵対した私に、その資格があるのだろうかと」
「でもお兄様は会いにきてくださいましたよ」
「それなのだが、あんな風に寝ている時間に押しかけてくるなんて非常識だと思わないか。いつもなんだ。それに、あかりを怖がらせてしまったし」
私のことは心配せずともよろしいですのに、と心の中で返事をする。私のことを思ってくださったのが嬉しくて、そう言えなかった。
気がつくと朝餉の時間になっていた。
食後、まったりとした時間を過ごす。
カグヤ様は春宮様の客人として滞在されているので、もちろん仕事などは特に与えられていない。毎日どうやって過ごしているのかしら。
春宮様はお忙しい方だから、ずっと一緒にいるわけにもいかないだろうし。
そんなことを聞いてみると、私のところへ遊びにきたり、街へ繰り出したり、山へ行ったりしていたらしい。
「今日はあかりが私の部屋にいるから、会いにいく手間が省けて良いな」
嬉しそうに話すカグヤ様が眩しかった。
私はいつお屋敷に帰れるのかしら。
カグヤ様とゆったりとした時間を過ごせることに幸せを感じつつ、家のことが心配になる。私ばかり安全な場所にいて良いのだろうか。とはいえ、ここもカグヤ様のお兄様は入り込めるのだけれども。
ふと、カグヤ様を見ると神妙な面持ちでお庭を見つめている。
その表情が、今までの印象よりも男性的な色気を醸し出しており私は思わず息を呑んだ。
これはカグヤ様のお兄様のお顔を見たからそう感じさせるのだろうか。
「兄上のことなのだが」
おもむろにカグヤ様が切り出す。
「そんなに時間を空けずにまた会いに来るはず。あかりにあんな思いをさせるわけにはいかないから、やはり少し話してこようと思う。ここで待っていてくれないかな」
色気だなんてことを考えていた私は恥ずかしくなった。
カグヤ様は大事なことを考えていらしたのに。
「お戻りをこちらでお待ちしております」
私は指先を揃えて平伏した。




