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かずらは結局お屋敷に帰っていった。
心配そうに後ろ髪を引かれていたけれど、空き部屋がなかったのだ。それくらい春宮様ならご用意してくださると思っていたのだけれど。
もしかして、これも、春宮様の陰謀?
いけない、陰謀という言葉、気に入ってしまったわ。
夜の帳が下りてきて、就寝準備のお世話をしていただいた。
困ったことに、寝所の御帳台は一つ。
私は御帳台の外で寝かせていただこうかしらと悶々としている。
たしかに将来を約束して、私もカグヤ様が好きで、カグヤ様も私のことが好き。お互いの気持ちを確かめ合っている間柄ではあるけれど。
そう、私たちはもう恋人なのだ。
かと言ってカグヤ様が私を甘やかしてくださるだけで、私から何かを送ったりなどはできていない。
2人きりでいても、甘い空気というよりは仲良し空気な感じだし。
カグヤ様から溢れ出る嬉しいオーラはあるけれど、くっついたりイチャイチャしたいという下心が見えないのだ。
私が疎いだけ?
本当に16になるまで私に手を、いや、指一本出さないつもりなのだろうか。
いや、抱きしめられたりしたから指は出してるわね。
ちがう、そういうことじゃない。
私が恋人とどういう時間を過ごしたらいいのかわからなくて正直困っているのだ。
だから、今まで通りのお友だちの距離なのが実はとても助かっている。
助かってはいるのだけれど。
でもやっぱり好きな人と2人きりなら何か起こるかもしれないなんて、少しは期待してしまう複雑な乙女心なのだ。
私の心配のしすぎなのかもしれないけれど。
春宮様にも、『段々と〜』と話していらしたし、そんな性急にことを運ばないお方だと信じている。
なのに私は悶々としてしまうのだ。
だって今まで、じゃない、前世での恋愛小説や乙女ゲーム、少女マンガにドラマでは、2人で同じベッドで寝れば必ず何かあるに決まっていたもの!!(※あかり個人の見解です)
私は恋愛初心者だし、まぁ前世を含めれば耳年増だけれど、こういった経験は初めてなのだ。
家のことが心配とはいえ、1人で悶々としたり、これから何が起こるか妄想したりしてしまうのは仕方がないことだと思うの!
カグヤ様が悶々としている口数の少ない私を心配した顔で見ていることに気がついた。
「お部屋で2人きりは、なんだか照れますね」
慌てて笑顔を取り繕うと、「こんなにたくさんの時間を2人で過ごせるとは思っていなかったから、そう言われると照れてしまうな」と返してくださった。
私の勝手な悩みを心配してくださるカグヤ様……。
私は彼とどうなりたいのだろう。
ずっと一緒にいたいということは、何があっても離れないということだ。
私は恋人との時間の過ごし方に腹を括らなければならないのだ。
そう思いいたると、覚悟を決めた。
一緒の御帳台で寝ると!
「さて、あかりはもう普段は寝ているころだろう。慣れない場所だが、ゆっくり休めればいいのだけど」
そう言って私の手を引いて御帳台へ入っていく。
私は手を引かれるまま御帳台へ上がる。
入ってしまうと、急に冷や汗が吹き出し心臓がバクバクしだした。
私、なにかの病にでも罹ったのかしら!?
決めた覚悟はどこはやら、慌てふためき「や、やっぱり私はあちらで休ませていただきます」と言い出す始末。
「眠るまで話をしよう。こんな機会滅多にないのだから」
慌てる私の様子がおかしいのか、カグヤ様はクスクスと笑った。
そりゃこんなこと滅多にないけど、夫婦になったら毎日できますよ!
なんて私は突拍子もないことを心の中で叫び、自分の言葉に赤面する。
もう意識しすぎておかしくなっている。
ゴロンと横になるカグヤ様。
「あかりもどうぞ」
そう言われてしまえば、逆らうこともできずに私はカグヤ様の隣へ「失礼します……」と横になる。
お部屋にきてからなるべく離れていたのに、顔がすぐ隣にある。急に距離が近くになってしまった。
お互いに向き合い横になる。
広いお部屋なのに、御帳台の中はこんなに狭い。
いえ、私が今まで1人でしか寝たことがないからそう思うだけかもしれないけれど。
外からはそよそよと風の優しい音が聞こえるだけで、ここは静かな世界だ。
私の心臓だけが激しく動き回っている。
こんな状態では眠れるわけもない。
「今日は慣れないところで疲れただろう。肩の力を抜いて」
カグヤ様がトントンと肩を優しくたたいてくださる。
まるで赤子にするように。
それがとても心地よく、緊張は変わらずとも少し落ち着いていられるようになった。
「あかりと魔力についてもう少し話がしたいと思っていたんだ」
「ええ」
「今までのように手を繋ぐと、あかりの力が私の中に流れ込んできて、とても励まされ幸せな気持ちになる。もはやわたしはあかり中毒だな」
そう瞼を閉じ、ははっと笑うカグヤ様。
私中毒だなんて、なにかのタイトルみたいだわ。
「手を繋ぐといつもですか?」
「そう。戦わなくなって、私が放出しないからどんどんあかりの力が私の中に満ちていくんだよ。それが嬉しくて、なんでもない時も手を繋ぎたくなる」
素肌で触れあうと魔力を送ることができ、私たちは戦いに必要な魔力――あの当時はただの力と呼んでいたけれど――を送っていたのだ。
そういう時、私は息を深く吐きながら送るイメージを強く持ってカグヤ様の手を握っていたはずだけれど、現在は手をただ繋ぐだけでも魔力が送られてしまっているようだ。
「それは、カグヤ様のお身体に負担はございませんか?」
「それが、今のところ全くないんだ」
そっとカグヤ様が私の手を取る。
心なしか、2人の重なった手が淡く輝いているように見える。
カグヤ様の手はほっそりしていて、男性の手とは思えないくらい女性的に美しい手なのだ。(男性の骨ばった手も美しいと思っているけれど、それはまた別の話)
そんな女性のような手だから、私が女性だと間違えるのも無理はないと思いたい。
それに、女性だと思い込んでいたからあんなにすんなりと手を握っていたのだし。
「満ちるとは、どのような感じなのですか?」
「そうだな。お腹がいっぱいになったような感覚に近いかな。けれど時間が経つと消えていく。私の体には留まり続けてくれないようだ」
眉尻を下げてはにかむ笑顔が悲しげで、私は重なっていただけの手をギュッと握りしめた。
「私の力はいつでもカグヤ様に送りますからね。私がずっとそばにおります」
力がないことを月の世界で疎まれ、この都にやってきたカグヤ様だから、やはり魔力についてはなるべく触れたくない話題なのだろう。
「私は魔力がなく、父にも親族にも期待されない子どもだった。王族は魔力を持って生まれてくるはずなのに、と。母とすぐ上の兄だけが優しく私を導いてくださった。けれど魔力の勉強だけは基礎しかさせてもらえなかった。だから体術を極め、何かの役にたてればと日々研鑽してきたのだ」
あまり触れないようにしようと思っていたのに、カグヤ様が話してくださった。
出会った時に聞いた話だけではなく新しい情報もあったけれど、出会ったばかりで全て心の内の話まですることもないだろうし、これは私の胸の中にしまっておこうと思う。
「この都へ来たのはほんの気まぐれだった。父が侵略する話を聞いて、どんなところか見てみたくて。そしたらこんなに素敵な都で私の魔力など全く気にせずに関わってくれる人ばかり。守らなければと思ったんだ。そしたらあかりの力が魔力を渡せるという希少な力だったものだから、私はあかりをはなすまいと思ったよ。これで私も魔力持ちになれるのではと」
そこまで一気に話すと、カグヤ様は私を見つめて今度は嬉しそうに微笑んだ。
「なのに、私ときたらすっかりあかりに惚れてしまったよ」
その笑顔が、まるで私の胸の辺りをふわりと暖かくしたようだった。
カグヤ様のおっしゃる『満ちる』とは、こんな感じなのかしら。
なんだか涙が出そうになる。
自分を疎んでいた人たちを見返すために私の力を使うこともできたのに、カグヤ様はそれをせずに私たちを守ってくださった。
その想いにただただ感謝の気持ちばかりだ。
「都に来てくださって、本当にありがとうございます」
カグヤ様の辛い気持ちも、私の魔力で薄れてしまえばいいのに。
「また、魔力の話をしよう」
そう言って、カグヤ様は目を閉じた。
そのまま微動だにせず、どうしちゃったのかと心配になってきたところで、すうすうと寝息が聞こえてきた。
眠ってしまっただけだとわかると安心する。
安心すると今度はカグヤ様の綺麗な寝顔を見つめる余裕まで出てきた。
長いまつ毛が頬に影を作っている。
薄めの唇は閉じられ、綺麗な弧を描いている。
どうしてこんなにも強く優しく美しい人が、疎まれなければならないのだろう。
この地で、幸せになって欲しい。そして、私が幸せにしてあげたいと思った。




