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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第六章
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おまけ⑱


いつもの居間に炬燵が来た。

神楽所家では冬になって炬燵を出すのは毎年恒例というわけではない。自室以外で長時間過ごす日課がない、謂わば家族団欒が乏しい神楽所家では居間に炬燵があっても誰も使わないために普段は出されることがなかった。

しかし、今年は七がいる。

夏に七が住み始めて以来、お祭りを経た辺りから急速にこの居間にいることの増えた俺たちは、冬を迎え、この庭に繋ぐ大きな窓がある寒い部屋で暖を取る必要があった。もちろん俺たちが過ごすのに寒いというのもあるが、七が部屋でうたた寝するのだ。

俺といる時も、尊といる時も、一人でいる時も隙あらば寝落ちしていて、最近は寒そうに端っこでダンゴムシのように身体を丸めているので、そこで登場したのが炬燵だ。

家政婦さんに言ったら倉庫に使っていないものがあったらしく、言ったその日には学校から帰って炬燵が出ていた。


「あったかーい。」


炬燵の台に頭を乗せながら今にも溶け出しそうな七が口から漏した。


「本当ですね。」

「ずっと入れちゃうよね。」


ねー、と隣の仕切りに座った七と尊が顔を綻ばせている。

確かに、一回入ったらなかなか出られるものではない。熱で包まれるのはじんわりと力が抜けるような、溶けるような安心感がある。ここに用意されたみかんとお茶と、その上七から借りた漫画まで揃って、いよいよ神楽所の尊厳を失いそうだった。根が張ってしまう。

それに、


「これ面白いな…」


七から借りた漫画が面白い。これを読み切るまでは勉強する気にはなれなかった。


「でしょー!」


向かいに座った七が目を輝かせている。最近のイチオシ漫画らしく、俺が読み始めてから早く感想をとずっと急かしてくるのだが、


「どこまで進んだ?今誰と戦ってる?」


爛々と輝かせた目で今すぐ話したいとうずうずしている姿は、学校でもこうしていれば周りに人が寄ってくるだろうに…。まあそれができないから友達いないんだろうけれど。

このふにゃけた顔が、学校になると話しかけてくんなとキツい目つきに代わってしまうのはどうにかできないものか。


「今ここ」


と漫画を見せると、


「そこ!その後がすごいの!」

「言うなよ。」

「…黙ってる。」


興奮すると饒舌になる七にこの間ネタバレをくらったばかりなので、釘を刺しておいた。


「もうその巻終わるよね。次の持ってくる!」


と、よくこの炬燵から出られるものだ。そんなに自分の好きな漫画の話ができるというのは楽しいのか。

…楽しいんだろうな、普段話す友達がいないから。

七は自分の部屋に漫画の続きを取りに出ていった。

部屋に残された俺は尊の横で漫画の続きを読み続けていて、


「最近、七と仲良いですね。」


瞬間、その場が凍りついた。

先程まで炬燵で温められた身体が、尊の冷え切った声に身体の芯まで凍えていくのを感じる。


「そ、そうかな…。」


誤魔化そうとしても絶対零度の声色は俺の熱をさらに奪い、


「七が私と同じくらい臨にべたべたしているのは知っていますよ。」


張り付けた冷たい微笑みだけで人が殺せそうだった。

最近俺の横を占領したがる七だが、尊が帰って来れば現金にも尊の横に戻っていくから気づいていないものだと思っていたが。

知られてしまっているのなら仕方ない。

ここは潔く投降するとしよう。尊と争ってもこの勝負で勝てるはずがない。ひとまずその意思をー白旗を見せるように、


「…尊ほどじゃないよ。」

「そうですね、私は一緒にお風呂に入っていますから。」


…この姉、大人気なさすぎる。降伏した俺に尚もマウントを取ってきやがった。どれだけ七への独占欲が強いんだ。


「…俺も…」


俺も気付けば、ラウンドに立たされていた。だけど、喧嘩を売られたなら黙っているわけにはいかない。俺にだってプライドがあるのだ。あの七を懐柔させたというプライドが。


「あーんくらいはよくしてるけどね。」


姉弟喧嘩勃発の瞬間だった。

尊の微笑みが引き攣り、


「この間お昼寝する時添い寝してあげましたけどね。」

「それで言うなら俺も膝枕とかしてるけどね。」


しているのは氏神様にだけど。まあ七の身体にはしているから、ここで尊に対抗するにはハッタリも必要だ。でなければ尊と肩を並べて戦うのなど不可能なのだから。

尊は膝枕に驚愕していたが、なんならちょっと落ち込んでさえいたが、しかし尊のプライドはまだ折れていなかった。



「じゃあ勝負しましょう。」



尊の提案はこうだ。

炬燵にそれぞれ別の場所に入った状態で待ち、部屋に戻ってきた七を同時に呼んでどちらの隣を選ぶのか。というシンプルなものだ。


正直言って、真っ向勝負では俺に勝機はない。

しかし。

今から七が持ってくるのは七が語りたくてしょうがない漫画だ。一ページ捲るごとに感想を聞きたがる七に、戦闘シーンが多く血が苦手で読むことが出来ない尊に対して、一緒に読もうと誘えば、勝機があるとすればそこだった。


「臨の考えはお見通しですよ。」


尊はほくそ笑んだ。


「何を…。」


俺の抵抗など物ともしていないかのような、いやそんな小さな抵抗にすら全力で潰しにかかるつもりだ。この完璧主義が鉄壁の神楽所尊たる所以かもしれない。

尊は横に置いてあったストールをはらりと開くと、マントを纏うように羽織った。


「まさか…。」


尊は片腕を伸ばしストールを広げて見せる。


「ここに七を入れてあげます。」


反則級の技だった。腕の中に空いた隙間は既に七を待っているかのようだ。

その中に滑り込んで行く七の姿が、尊に肩を抱かれながら一緒にストールに包まる姿が目に浮かんでしまう。


「くっ…。」


ここまでされればもう勝ち目はない。

そもそも勝機のない勝負だったはずなのに、俺は負けたくないと心から思っていた。

何か…何か逆転の一手はないのか⁈

そこに。

戦いのゴングを知らせる音が近づいてきた。

七の足音だ。

音は部屋の前で止まった後で襖が開いて、


「新刊までまとめて持ってきた…よ…。」


七は部屋の中を見渡す。


「どうかした…?」


張り詰めた空気に何か感じ取ったのかもしれない。そんな不安そうな声を法螺貝の合図のように、


「七、寒かったでしょう?こっち入ってください。」

「いやこっちに来なよ。」

「え?え?」


闘争心剥き出しの目で誘惑する俺たちに、七は尊と俺を交互に見てその場で足踏みする。

高速に瞬きしながら眉を八の字にしている顔は、どっちに行けばいいか迷っているというよりか何が起きたのかわかっていないように見える。

であれば、この判断力が鈍っている間に力技で押すしかない。


「こっち来て漫画の話してよ。」

「いいえ、この中で一緒に暖まりましょう?」

「えっと…」

「こっちがいいですよね、七。」

「七、早く入りなって。」

「えっ、あの…。」

「七」

「七?」


七は左右に視線を泳がす。瞬きの間に右、左、右、左、右、左と尊と俺とで彷徨わせてから。

ついに叫んだ。


「わ、私、犬じゃないんだからっ!」


ふくれっ面を赤くして、部屋を出ると足音を立てて今来た廊下を戻って行った。

……。

怒っちゃった…。

たしかにあるな、犬をこうやって二人で呼んで困らせる動画…。


「……。」

「……。」


俺たちは何をこんな必死に争っていたんだろうか、尊と顔を見合わせてから、


「七、ごめんなさい!怒らないで!」

「そういうつもりじゃなくて!」


部屋まで追いかけて行って、眉間に皺を寄せながら頬を目一杯膨らませた七を宥めるのに二時間かかった。


おまけが楽しいですがそろそろ次章を始めたいと思います。

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