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イサイアスに捧ぐ  作者: 万事塞 翁
第六章
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おまけ⑰

「膝枕は飽きてきた」


膝の上に頭をおいて横になっている氏神様が言った。人の膝を枕にしておいて、随分な言い草だ。結構足が痺れたりとか辛いことも多いのに。


「臨は今から枕じゃなくてワシの椅子じゃ。」

「……。」


理不尽な要求を拒否できないのが情けない。

氏神様はここ数日機嫌が悪い。公園の一件依頼七が俺にくっついているのが気にくわないらしく、それを俺に当たっているのだ。俺に当たるのはどうかと思うが。逆らえない上司にセクハラされる部下の気持ちがわかる気がする。俺の場合は労基に駆け込んだところで、誰も助けてくれないのが悲しいところだ。


「ボーッとしているでない。いいから椅子になるのじゃ。」

「…椅子ってどうやってなればいいんですか。」


俺は人間なんでわかりません。まさか椅子って四つん這いになって背中に座る椅子だろうか。俺は氏子であって奴隷になった覚えはないんだが…。


「全く、そんなことも知らぬのか。」


氏神様は文句をつけていた膝からやっと頭を起こすと、俺に向かい合う。そして俺の正座していた左右の膝に手を置いて、


「えい!」


足を開かされた。股を裂かれた。


「な、何するんですか⁉︎」

「女子の様な声を出すでない。」


閉じようとする足を氏神様は手で抗する。一体七の腕でどうやってそんな力技ができるのか、抵抗も虚しく足は開くだけ開かされてしまった。閉じようとするとすかさず氏神様の手が滑り込んできて、


「いいからこのままにしておるのじゃ!悪いようにはせぬ!」

「それは悪いようにする奴が言う台詞です。」

「なんじゃ、ウブなねんねじゃあるまいし。」

「セクハラ親父か…。」


氏神様はくるりと俺に背を向けると、開いた足の合間にその身体を入れた。テトリスの穴に丁度合っているブロックをはめたみたいにぴったりと、その背中が俺の身体に張り付く。


「ちょっ…!」


本当に椅子みたいにもたれ掛かると、乗せられた体重でお尻から肩までラインがはっきりわかるほど押し付けられて、俺の胸に預けられた頭からお風呂場で嗅いだことのあるいい匂いがする。


「っど、退いてくれませんか…。」

「嫌じゃ。」

「その、重いんですけど…。」

「椅子が喋るでない。」


理不尽過ぎるだろ。

そうやって俺に当たり散らすくせに、胸に預けた頭は猫みたいに擦り寄っていて髪の毛が擽ったいのとよからぬ感情が…、いやなんでもない。とにかく一刻も早く頼むから退いてほしい。だけどこのくっついたシールみたいな氏神様を引き剥がすには身体を触らないといけなくて、一体どこから捲ればいいのかわからない。場合によっては俺の方がセクハラで捕まってしまう。


「手はこうじゃ。」


氏神様の方は抵抗の浅い俺に調子に乗ってきたのか、俺の腕を取ると自分に巻き付けさせる。シートベルトみたいに固定された腕に何か柔らかいものが当たっているんだが、これはきっと着物の下に何か入れているんだろう。…夜食のメロンパンとか。あんな痩っぽっちの身体がこんなに柔らかいとは思えないし、そう、だからその……数えればいいのは素数だったっけ…?


「臨…。」

「……なんですか…。」


氏神様はしばらく寄りかかってから、ぽつりと言った。


「あんまり座り心地が良くないのう。」


どうしろと…。


「じゃあ退いてください。」


言うと、あっさり退いてくれた。どうやら俺は椅子の才能はないらしい。開いた膝をもう一度持つと今度は閉じられて、


「やっぱりこっちの方が良い。」


また膝を枕にし始めた。


もう時刻は丑三つ時を越えてきている。いい加減寝ないと俺も明日の学校に差し触るんだが…。

七は、七の身体はこれを毎晩繰り返していて、昼間は学校に行っているし、寝不足過ぎて気の毒になるくらいだ。最近は学校から帰るとよく居間の畳で倒れている。

今日はこれくらいで解放してあげてくれと言おうとして、しかし後頭部を見せていた氏神様が身体を反転された。こっちに回ってきた顔を俺の臍下に埋めると、腰に腕を巻き付けた。


「ちょ、な、何してるんですか⁈」


今誠さんが入ってきたらあらぬ誤解をうけること必須だ。いやそれ以前に。モグラみたいに下に向かって顔を掘り進めていく氏神様を引き剥がそうとして、


「気が利かぬのう!」


逆に怒られた。


「何がですか…」

「頭くらい撫でたらどうじゃ!」

「ええ…。」


文句は垂れるが離れてもらいたいから仕方ない。真っ白な頭を撫でると、


「…悪くない。」


氏神様は気持ちよさそうに目を閉じた。

こうしていると、いつも感じる人間離れした背筋の凍るような威圧感はない。七ではない表情をする顔も、目を瞑っていれば普通に髪の白い七に見えてくる。

髪が白いのは普通ではないか。

真白い髪は一本一本が細くて撫でる時に指で梳くと名残惜しそうに指についてくる。七の髪質そのままなのか、それとも交代によって白くなる髪は氏神様の影響を受けているのかはわからないけれど。


「…臨。」

「なんですか?」

「明日も来い。」

「……。」


ここで断れないのは、俺が神楽所家の息子だからではないのだろう。

わかりました。と結局明日も来ることになるのはきっと、俺が氏神様の氏子だからなのだろうと、神楽殿の天井を見上げてため息をついた。


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