第七十一章 男の意地
大統領は笑顔で迎えてくれた。しかしそれは偽り。下心故の笑顔。
「席を外してくれ」
大統領は部下に下がるように命令し、トーマスと二人になる事を望んだ。
部下達は出来たロボットのように部屋を出る。
「まあかけたまえ」
こんな言葉を聞く時は、決まっていい話ではない。
トーマスは見た事もないような高級な茶色いソファーに座る。
「何か飲むかね?」
大統領も対面に座った。
「結構です」
前の大統領はダンディなイメージだったが、今度の大統領はデブったジジイ。それが正直な感想だ。とは言っても、何度も会っている。元は副大統領。あまりいけ好かないジジイ。大体、暫定的な大統領だ。次の選挙までが命だろう。
「そうか。ならば早速話をしよう」
「その前に、エメラはどこです?」
ホワイトハウスに着いてから引き離されてしまった。心配なのはガーディアンの力を解明する為に無茶をされないか。
「心配はいらんよ。別の部屋で君を待っててもらってる」
胡散臭さがぷんぷん漂う。早く話を聞いて去るべきだろう。
「で、俺に話ってなんですか?」
「ふむ。まあ堅くなるな。話というのは他でもない。選定の儀についてだ」
他であってくれた方がよかった。
「トーマス君、日本で他の選定者と仲良くしてるようだが………君は自分の役割というものを理解しているのかね?」
「役割…………ですか?」
「前の大統領から言われただろう、我が国をこの星の支配国にする為に、選定の儀を勝ち残れと。日本には旅行に行ってるわけじゃないんだ。さっさとヒヒイロノカネを持って来てもらわんと困る」
案の定の話か。
「わかってます。ですが今はレジスタンスを討伐する為に、他の選定者の力が必要なんです」
「レジスタンス?まあ噂には聞いた事はあるが………」
「そんなわけないでしょう。俺達選定者とガーディアンを狙ってる奴らです。大統領と同じ考えを持つ組織ですよ」
真音達と行動を共にしてる事を知っているのは監視してるからだ。だからレジスタンスを知らないわけがない。多分、眠れる獅子も知ってるだろう。眠れる獅子に関しては、世界に支部があると言っていた。こういう組織に疎い国じゃない。
「私がそんな輩と同じだと言うのか?」
気分を害したのか、踏ん反り返りテーブルの上にあった箱を開けて葉巻を加え火をつけた。
「トーマス君………こんな事は言いたくないが、君の妹が治療を受け続けていられるのは誰のおかげだね?それもこれも君がヒヒイロノカネを集め、マスターブレーンの元へ行き神になれると信じているからだ」
「お言葉ですが大統領、マスターブレーンは世界が一丸となって造ったのではなかったんですか?それなのにその在りかがわからないというのは納得出来ません」
話を反らすつもりはないが、少しでも情報を持って日本に戻りたい。そういう思惑がある。
「確かにマスターブレーンは世界が共に造り上げたもの。だが造った後は誰かがどこかに運び隠したのだよ。公平に選定の儀を行う為に」
「…………誰かが簡単に運び隠せる代物だと?」
「そんな事は君が気にする事じゃないんだよ。とにかく!早くヒヒイロノカネを持って来てもらわんと困る!一週間だ!一週間でヒヒイロノカネが揃わなければ、君の妹の治療は打ち切る!」
「そんな………!」
「当たり前だ!どれだけの金がかかってるかわかってないだろ!数字にして表してやるか!?」
難しい事は考えられない性格らしい。声を荒げるのはその表れだろう。
「君にやるチャンスはこれが最後だ。妹さんの為に努力するんだな」
「一週間で結果が出なかったら?」
「その時は別の選定者を仕立てる」
汚い奴だ。そんなに権力が欲しいのかと、怒りが込み上げる。人の命と権力。計りに掛けるような事ではない。
だが逆らうわけにはいかない。逆らえばリンダは治療を受けられなくなる。それだけは………出来ない。
「帰りたまえ。日本行きのチケットは取ってある。明日にでも戻るんだ」
トーマスは黙って立ち上がる。悔しさだけが残骸のように散らばる。権力がない、金がないという事はこんなにも悔しい思いをしなければならないのか?権力と金だけがこの世界の真実ならば、いっそ消えてなくなればいい。そうも思うのだが、近頃は心が腐りそうになる度に、リンダに真音やジル、エメラやユキ、ダージリン、石田の顔さえ思い浮かぶ。
「大統領…………」
「なんだね?」
ドアノブに手を掛ける前に言った。
「権力も金も生き物です。扱い方を間違えると身を破滅させますよ」
トーマスの中で何かが変わった瞬間だった。