第七十章 索敵
「リンダ」
トーマスは真音達には見せない優しい笑顔で病室を訪れた。
「お兄ちゃん!」
リンダは突然現れた兄に驚いた。
「元気そうね」
「エメラさん!」
リンダはトーマスとエメラの事情を知らない。
二人はマジシャンの学校での知り合いだと思っている。
「しばらく日本に研修に行くって言ってたのに、いつ帰って来たの?」
「さっきだ。時間が出来たから戻って来たんだ。それより……ほら」
トーマスはバッグから日本の空港で買ったお土産を取り出す。
「なあに?これ」
「急いで帰って来たからたいしたもんじゃねーけど」
「開けていい?」
「おう」
リンダはラッピングを丁寧に外す。そのあまりに丁寧な仕草に、エメラはトーマスとは反対の性格なのだとしみじみ感じた。
「うわあ!かわいい〜!」
中から出て来たのは小さな日本人形。日本人にはあまり興味の湧かない代物だが、病院暮らしのリンダには外国の物は空想を駆り立てる。いつかアメリカを出て、世界を渡り歩くマジシャンになったトーマスに着いて回りたいと常に思っている。
「喜んでくれてよかったよ。日本の土産もあんまりパッとしなくてよ、何がいいか迷ったんだ」
「ありがとうお兄ちゃん!」
リンダの喜ぶ顔に照れる。
「これ私から」
エメラもリンダにお土産を渡す。トーマスとリンダのやり取りを見届けたのは、トーマスの兄としての顔を立てたのだ。
「エメラさんからも!?なんだろ〜?」
二重の喜びにリンダの胸も高鳴る。
「これ……………」
広げて見て思わず目を奪われた。
「着物ってやつよ」
エメラが言うと、
「綺麗…………」
同じ女性として共感した。
「いつもパジャマじゃ退屈でしょ?たまにはオシャレもしなきゃ」
「ありがとう!エメラさん大好き!」
エメラも満足だった。
「じゃ、トーマス、私は外すから」
「ああ」
僅かな時間でも二人だけにしてやりたい。そんなエメラの配慮にトーマスは感謝した。
「行っちゃうの?」
「ちょっとお出かけよ」
リンダの問いも軽くかわした。
エメラが病室を出て行っただけで、そこは別世界のように感じた。
それはリンダも同じだった。母親は死に、父親は蒸発。家族はたった二人。しかしトーマスはまだ未成年。病気の自分をこんな立派な病院に、それも個室に入院させるなどどう考えても不可能だ。何を聞いても「心配するな」としか言わないからいつからか聞かなくはなったが、それでも負担は掛かっているのだろうと申し訳なく思っている。
「最近調子はどうなの?」
リンダはトーマスの近況が聞きたかった。なんでもいい。今何をして、何に悩み、これから何をしたいのかを聞きたい。しかし………
「ん、まあまあかな。マジシャンの道はまだ長いけど、少しずつ進んでる手応えみたいのはあるよ」
適当にごまかすしかない。自分の為に命を賭けてるなんて聞いたらきっと泣いてしまうに違いないからだ。
「それだけ?」
「後は日本人とフランス人の知り合いが出来たくらいか」
「それって友達?」
トーマスはなんて答えればいいか迷った。真音は仲間だとは言ってくれたが、改めて考えると歯がゆい。素直にそうだと言えばいいのだろうが、そう言えないのがトーマスだ。
「どうだかな」
「ダメよお兄ちゃん。お兄ちゃんはもっと周りに溶け込む努力しないと」
「わかってるよ」
「わかってない。そんなんだからまだエメラさんと進展しないんだからね!」
「エ、エメラは関係ないだろ〜!」
「好きなくせに」
「な、なななな何言ってんだ!あんな冷徹女!」
情けないくらいわかりやすいリアクションに、リンダはため息をついた。
「お兄ちゃんとエメラさんがくっついてくれたら嬉しいのにな」
「そんな事はお前が気にする事じゃない!」
「いつかお兄ちゃんが一流のマジシャンになった時、エメラさんがアシスタントになって二人でステージに立って欲しいな」
「リンダ……」
「私が………生きてるうちにさ……」
「何馬鹿言ってんだ!」
リンダの肩を掴みでかい声を出す。何があってもそんな言葉は聞きたくない。
しかし現実は都合よくはいかない。今は薬で病状を抑えているが、それはたまたまその薬が効いたからであって、原因不明の心臓病はいつリンダを蝕み始めるかわからない。その事はリンダ自身がよくわかっている。
それとわかりやすいトーマスの反応。
「いいかリンダ?お前はつまんない事考えないで治療に専念しろ。俺の事は考えなくていい」
「嫌だよ。私にはお兄ちゃんしかいないもの。それに………もし治療を受け続ける事で負担になるんなら、私、治療やめてもいい!」
パシンッ!
久しぶりの再会なのに、トーマスはリンダの頬を張ってしまった。
「…………ごめんなさい」
「いや………俺の方こそ………すまん」
なんでこうなってしまうのか。互いに想い合う気持ちは強いのに。トーマスはいまひとつ大人になれない自分にジレンマを感じた。
「なあリンダ」
「なあに?」
「俺、絶対に世界一のマジシャンになるよ。約束する。だからリンダも約束してくれないか?絶対に病気を治すって」
「お兄ちゃん………」
心なしか、トーマスが少し変わったように思えた。言葉を道具として使うのではなく、ちゃんと相手に想いを伝えようとする。リンダから見れば、それはトーマスの成長だ。日本で何があったかは知らないまでも、日本人とフランス人との出会いのおかげだろうと思った。
「うん。約束する。絶対に治すんだ!」
「そうだ」
リンダの頭を撫でる。日本に戻ればレジスタンスとの戦いになる。しばらくリンダとは会えない。温もりを少しでも覚えておきたい。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん?」
「エメラさんにもいい子いい子してるの?」
「なっ………す、するわけねーだろ!」
「あははははは!顔赤くなってる!」
「リ、リンダ!」
最後はやっぱり笑って終わりたい。リンダの笑顔を胸に、また明日を生きようと思える。きっと、リンダもそうだと思いたい。
「さて、俺は行くよ」
なんにせよ、これから面倒な人間達と会うのだ。長居すれば未練が残る。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「頑張ってね」
「お、おう」
そんなに改まって言う事でもないだろうと思いつつも、病室を後にした。
そしてロビーまで行くと、待っていたのはエメラ……………そしてスーツ姿の男が数人。
「トーマス=グレゴリーだな」
リーダーらしき男がエメラを押し退け前に出る。
「いちいち聞かなくてもわかってんだろ?」
「確認したまでだ。それよりも大統領がお待ちだ。ホワイトハウスまで来てもらう」
面倒な人間達。「もらおう」ではなく「もらう」と言った。命令なのだ。もちろんその為に帰国したのだから逃げる気はない。
「さっさと行こうぜ。俺は忙しいんだ」
まずは自分の運命に立ち向かう。真音達と共に戦う為、自分と命運を共にするエメラの為、そしてリンダの為に。




