第六十一章 秘密
ジルとダージリンは無事ジルの故郷、フランスのアントワネット家に着いた。
いかにも金持ちと言わんばかりの門構えに、自宅までは門から大分歩かないといけない。
ジルはインターホンを押す。
『はい………どなた様でしょう?』
メイドが出た。
アントワネット家にはたくさんのメイドがいる。いちいち名前までは覚えていないが、この声には聞き覚えがあった。
「あ、ジルだけど。日本から戻って来たんだけど………門、開けてくれる?」
『かしこまりました』
プツンとインターホンが切れ、少しして門が左右に開く。
「………行こうか、ダージリン」
我が家だというのにこの気の重さはなんだろう。
「ダージリン?」
ふと、ダージリンがぼーっと突っ立ってる。ぼーっとしてるのは毎度の事だが、様子がおかしい。
「何突っ立ってんの?」
そう言ってダージリンの顔を何気なく覗き込むと、凄い量の汗をかいている。
「ちょ、ちょっと!?」
慌てて額に手をやる。
すると、明らかに熱があるのがわかる。
「凄い熱じゃない…………急いで家に行くわよ」
ジルはダージリンを抱える。
「……………ジル…………力持ち………」
「馬鹿な事言ってる場合じゃないでしょ!飛行機ん中でもやけにおとなしいと思ったのよ!」
ダージリンを抱えながら走ると、向こうからメイドが歩いて来た。
「お帰りなさいませ、ジルお嬢様」
いかに教育されてるか伺わせる態度を見せたが、
「早く医者を呼んで!」
ジルに責っ付かれる。
「え?お医者ですか?」
「そうよ!早くっ!!」
こんなジルを見たのは初めてだった。ジルは家では絵に描いたようなお嬢様を演じている。真音達の前で見せるワルそうなお姉様は絶対に見せない。
「か、かしこましました!」
メイドは慌ただしく屋敷へと戻る。
久々の帰郷は、これからのジルの道に暗雲が立ち込めていた。
「メロウ!」
オリオンマンはソファーに横たわるメロウを怒鳴りつけた。
「ん………何?」
「何?じゃないっ!いつまであのガーディアンを置いておくつもりだ!」
ガーネイアの啜り泣きが耳障りで、オリオンマンには耐えられない。
「ほっとけばぁ?失くしたメモリーの一部を取り戻してショックだったんでしょ」
「そんな事は関係ない!うるさくて昼寝も出来ん!」
オリオンマンは昼寝が好きだ。ジャングルでの生活で一番楽しみな時間だった。それは今も同じ。なのに………
「だったら殺しちゃったら?ヒヒイロノカネ手に入るわよ」
そう言われると、なぜか殺したくなくなる。ガーネイアはまだ幼い。ガーディアンと言えど幼い少女を殺す事に、躊躇いが生じていた。
「……………メロウ、そろそろ正直に話してくれないか?」
「は?何?いきなり」
「あのガーディアンを殺す気なら、とっくにお前が殺ってるだろう?お前は自分でガーディアンを殺す気はないんだろう?私を介してなら別なのだろうが………お前をそこまで追い詰めるものはなんだ?」
「追い詰められる?私が?ハッ!意味わかんない。騒がしい先進国に来て頭でもおかしくなった?」
そのリアクションだけで十分だった。
「お前が私を利用して、お前自身の目的を達成しようとしてる事くらいお見通しだ」
「あは。勘の鈍い不器用な男だと思ったけど…………なかなかやるわね」
「ごまかすな。何を企んでるかは知らんが、私を利用したければすればいい。私もお前を利用しなければ目的は達成出来ないのだからな。だが、何をしたいのかは言え!」
選定者とガーディアンさえ倒せばそれで終わりだと思っていた。しかしながら、事態は思っている以上に複雑になってきている。二ノ宮という壁もあるが、メロウまでもが壁となっている。
「聞いてどうするの?あなたはあなたの思想と理想を貫けばいいじゃない」
「そういう問題ではない!この前のレプリカ・ガールに関しても、少し事情に詳しすぎだ!」
ガーネイアは蚊帳の外に出された感じで放っておかれ、オリオンマンとメロウは言い合いを続ける。
「メロウよ、戦いは選定の儀がメインではなければマスターブレーンの破壊でもないのだろう?私もバカじゃない。お前が他の何かを追っているくらいは察しがつく。教えてくれ…………真に戦わねばならぬ相手は誰だ?」
「………………聞いたらあなたは何もする気なくなるかもね。ジャングルの奥地へ帰りたくなるかもよ?」
「かもしれんな。だが、二ノ宮も真の敵を知っているんだろう。私だけピエロでいたいとは思わん」
オリオンマンの瞳を見つめる。真実を話してもいいのか。
「…………ごめん、言えない」
メロウが俯いて謝った。それが意味するところはオリオンマンにも伝わっていた。
「そうか」
「別にあなたを信用してないわけじゃないわ。ただ………時間が欲しいの」
メロウは人間不信に陥っている。見てわかる反応だった。
「わかった。言いたくなったら言えばいい」
オリオンマンはガーネイアに目をやり、そしてメロウに背中を向ける。
「忘れるな、私はお前の味方だという事を」
その背中が、メロウにとっては神に見えた。