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第百七十六話 これまでとこれから 前篇



『おーい、ニーナ、吾輩の分身を見なかったか?』

『チビワーさんっすか? 夜明け前にニワトリ小屋で、チョロチョロしてたの見たっすよ』


 春来節の狂騒から一夜が明け、吾輩らにもいつもの日々が戻ってきた。

 すでに教会や男爵家の馬車は、昼前に出立済みである。


『そうか。邪魔をして悪かったな。で、何をしてるんだ?』

『これっすか? 何か種を貰ったんで蒔かせてるっすよ』

『貰った……。誰にだ?』

『えっと、太ったおっちゃんっす。何でも赤いカブが取れるらしいっす。そっちのは甘い人参で、こっちは生姜って言ってたっす』


 もしかして男爵の次男坊か。

 昨夜の晩餐会は大好評だったと聞いたが、今度はいきなり野菜の種を持ってくるとは……。

 ご機嫌取りのつもりか知らんが、どこかズレているというか、よく分からん人間だな。


 ま、土地は余りまくってるし、変な植物でもない限りは困らんか。

 吾輩たちの畑だが、すでに最初の広さの四倍ほどに達しようとしていた。

 さらに今も拡張中である。


 見渡すと無事に冬を超えた黒麦の穂は、黄色に染まりながら風になびいている。

 あと一月もすれば、収穫できそうだな。


 作付けが終わったばかりの丸芋畑のほうも、今は柵作りとくくり罠仕掛けの真っ最中である。

 暖かくなってきたので、またぞろ角兎どもが顔を出し始めたのだ。

  

『よし、家畜小屋を見に行くとするか。畑は頼んだぞ、ニーナ』

『了解っす! 俺っちに任せておけば一番、安心っすよ!』


 得意げに胸骨を突き出す長身の骨に別れを告げ、吾輩は洞窟の裏手の家畜小屋へと向かった。

 

『吾輩の分身を見なかったか? タイタス』

『ワガチビさんか? ああ、見たぞ。ちょっと待ってくれ、今、餌をやっちまう』


 そう言いながら巨大な骨は、ゲコゲコと小うるさい手桶を下げて飼育場へ入っていく。

 たちまち寄ってきた猪どもは、タイタスの大腿骨に我先と角を擦りつけて餌をねだり始めた。

 

『ほう、今日の餌は一つ目蛙か』 

『ああ、野菜クズでも文句は言わねぇが、やっぱり肉のほうが喜びやがるな』

『わざわざ、取りに行ってやったのか。ご苦労様だ』

『まぁ、うめぇモノを食いたいって気持ちは、よく分かるからな』

 

 冬の間に交尾を済ませたのか、数頭の雌の腹が大きく膨らんでいた。 

 多分、そのあたりも気遣って、精がつく餌にしたのだろう。

 よく気が利く骨だからな、タイタスは。


 現在、飼育中のニワトリは八十羽ほど。

 一角猪は三十頭ほどになる。

 随分と増えたものだ。

 これも甲斐甲斐しく世話をしてくれたタイタスのおかげと言えよう。


『いつも世話を押し付けて済まないな』

『急にどうしたよ、吾輩さん? って、おいおい慌てるなって。まだまだ、蛙はあるからな』


 秋口に生まれた子猪たちに餌を食べさせてやりながら、巨骨はニヤリと笑ってみせた。


『らしくねぇな。昨日の祭りが終わって、気でも抜けたのか?』

『かもしれんな。しばらくはのんびり過ごしたい気分だ』

『俺はどっちかって言うと、強い魂をもっと喰らいたいがな』

『ふふ、お前は全くぶれないな。…………ところで、そろそろ良いか?』


 一通り、餌を与え終えたタイタスに尋ね直す。


『おっと待たせたな。ワガチビさんなら、上機嫌で川の方へ歩いていったぞ』

『どれくらい前だ?』

『そうだな。俺が沼へ行く時に会ったから、三時間は経ってないな』 

『そうか、手間を取らせたな』


 猪に囲まれる大きな骨に手を振って、川への小道へ向かう。


 到着した川原の材木置場には、ぎっしりと丸太が山積みになっていた。

 建材と薪用に、かなり森を切り開いてしまった結果である。


 最初に来た時は石しかなかった風景をふと懐かしく思い出していると、誰かが手を振っているのに気付く。

 川面に釣り竿を垂らしていたのは、元農奴の子供たちだった。


『お前たち、どうだ? 釣れているか?』 

「団長様だべ!」

「団長様だ、団長様だ!」

「こんにちわ、団長様!」


 近付くと、子供らは吾輩にまとわりついてペタペタと触ってくる。

 昨日の件から、どうも懐かれてしまったようだ。


『そうだ、お前たち、小さな骨を見なかったか? 変な衣装を着てる奴だ』

「踊る骨っこ様?」

「見たべ! おらしっかりと見たべ!」

「あっちに向かっていったべ!」


 勢いよく子供らが指差したのは、川向うの方角だった。

 盗賊の元砦辺りのようだな。


 元気にはしゃぐ子供たちに別れを告げ、吾輩は森の中へ歩き出した。

 この辺りで剣歯猫に襲われたこともあったなと思い起こしながら、まばらになりつつある木立を抜け元砦周りの畑に辿り着く。


 そばに行くと賑やかな声が聞こえてきた。

 どうやら元農奴たちは、一休みして雑談をしているようだ。


 吾輩に気付いた人間どもは、立ち上がって口々に挨拶をしてくる。

 さっきの子供たちもそうだが、積極的に声を出すようになったな。

 前までは縮こまって視線をそらしながら、頭を下げていたのが大半であったのに。


 ふむ、ようやく農奴であった意識が少し薄れてきたのか。

 なら元農奴という呼び名は、もうふさわしくはないな。

 これからは、新村人とでも呼ぶとしよう。


 顔を向けると新村人らの輪の中に、手ぬぐいで角と鼻を覆った豚鬼どもが混じっていた。


『珍しいな、畑に居るとは』

「こんにちは、ホネ様」

「いつも暇そう。うらやましい」

「用事、何かですか?」


 おい、今さらっと悪口が混じってなかったか?


『お前らに用はない。吾輩の分身を探しているだけだ』

「小さいホネ様? さっき、チョロチョロしてた」

『お、どっちに行ったか分かるか?』

「村の方。さっきじゃない。もっと前かも。畑仕事してて、時間覚えてないです」

『ふむ。何で急にまた、そんな熱心に働き出したんだ?』


 吾輩のもっともな質問に、顔を見合わせた三匹はなぜか頬を赤く染める。

 

「俺たち子供できた。嫁やしなう」

「畑、頑張って食い物つくる。子供喜ぶ」

「ずっと戦ってばかりで、畑のやり方知らない。教えてもらうの嬉しいです」

 

 そう言って豚鬼どもは、まっすぐ吾輩を見つめてきた。

 おお、やっと出来たのか。

 これで土の精霊術を使える手駒が、どんどん増えてくれれば凄く有り難いぞ。


『そうか。まぁあまり無茶はするなよ』


 こいつらを捕獲してから、もう半年近く経つのか。

 最初はどうかと思ったが、今では立派にこの村の住人になりつつあるようだ。


 幸せなそうな笑みを浮かべて頷く豚鬼たちに別れを告げて、吾輩は村の広場に向かうことにした。

 早く奴を見つけて、色々と問い質さんとな。

 そうか、もしかしてまた現場に戻ってるかもしれんぞ。

 

 村人どもの挨拶の声を受け流しながら橋を渡り、中央広場へようやく辿り着く。

 春の訪れとともに、訪問客も一気に数を増したようだ。

 

 混雑する人の波をすり抜け吾輩が目指したのは、村長の家であった。

 近寄ると中からは熱気のこもった掛け声や、下品な笑い声が響いてくる。 


 その中に聞き慣れた声が混じってるのに気付き、吾輩は溜め歯軋りを漏らしながら扉を押し開けた。


『いらっしゃいませ。おや、吾輩先輩』  

「お、王様……」

「あ、お世話さまです、団長さん」

「…………あ、どうも」


 最初の部屋に置かれた村会議用のテーブルは、血走った目の男どもに囲まれていた。

 その中に平然とした顔で五十三番が混じっている。


 緑色の服を着た骨が手にしているのは、木の椀と二つのサイコロ。

 そう、ここで行われているのはサイコロ賭博であった。

 吾輩の分身と五十三番が村長の家で準備していたのは、道化師の衣装だけではなかったのだ。


『…………昼間っから博打とは、随分と良い身分だな』


 吾輩の言葉に鍛冶屋の二人と大工頭は、わざとらしく視線をそらせた。

 春来節の週は仕事が少ないとはいえ、いくら何でも入り浸り過ぎだろう。


『まぁまぁ、吾輩先輩。ご一緒に楽しみませんか?』

『断る。吾輩は忙しいのでな』


 賭運だけなら互角だろうが、魂糸を巧みに操作する五十三番とでは勝負になる筈もない。

 参加している面子を眺めながらテーブルを確認するが、銅貨しか置いてなかったので安心する。

 ちゃんと決めた上限を守っているようだな。


 生活基盤もある程度確立したので、次に必要となってくるのが娯楽施設である。

 というのが五十三番を説得した、吾輩の分身の言葉であったらしい。


 ――いや、もっともらしいことを言ってるが、絶対に興奮とか混乱が目的だろ。


 しかもこれ、吾輩の手柄にしたらしく、男連中の評判がすこぶる良いのだ。

 なので今更、賭博場を取りやめにも出来ず、仕方なく賭け金や開催時間を調整する方向で妥協したというわけである。  


『全く程々にしとけよ。ところで我輩の分身を見なかったか?』

『あれ、そういえば居なくなってますね。何か用事だったんですか?』

『当然、これについて問い詰めようと思ってな。それと確実にまだ何か、吾輩に隠して企んでいることがあるはずだ』

 

 そう言いながら部屋の中を見回すが、隠れているような気配はないな。

 一応、奥も見ておくか。


 隣の部屋では机が並び、向かい合って座る男どもが机上に置かれた駒盤を睨み合っていた。

 あまり詳しくはないが、石の駒を使った陣取り合戦のような遊びらしい。

 

 ざっと見渡すと、すぐ手前の机に見慣れた二人を見つける。

 見たこともないような厳しい顔をした村長と、だらしなく唇を突き出して勝ち誇るダルトンだ。


『…………何をやっとるんだ? お前ら』

「えっ! あ、こんにちは、骨王様……」

「これはこれは。ご機嫌はいかがですかな?」

『随分と真剣な顔をしてたな、村長。村会議でもそんな顔は見たことがないぞ』

「いえ、これはですな。コイツが汚い手を使ってきたものでして――」

「おい、骨王様に出鱈目を吹き込むなよ、ゾーゲン! そもそも先にハメ手を使ったのはお主だろう」

「何だと! お前こそ二度も待ったをしておいて――」

『良いから落ち着け、お前たち!』

 

 吾輩の制止に、二人はバツの悪そうな顔をして黙り込む。

 平和すぎるだろう、お前たちは。


『少しだけ確認したいことがある。道化師を見なかったな?』

「小さい骨の方ですか?」

「それなら教会に行くと仰ってましたが……」


 また空振りか。


『勝負の邪魔をして悪かったな。続けてくれ』


 吾輩の言葉と同時に、村長とダルトンは盤上へ視線を戻す。

 その様子に少しばかり可笑しさを感じてしまった吾輩は、誰にも気づかれないよう小さく歯を鳴らした。

 

 全く、一年前のコイツらに見せてやりたい光景だ。

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