第百七十三話 落とし前
「…………駄目だ。思い出すだけで、笑いが止まらんぞ」
「くく、最高だったな。コイツの真面目くさった顔ときたら――」
「おい! 俺は精一杯頑張ったんだぞ。それを笑うのか? お前らは」
小刻みに肩を震わせていた村長とダルトンに対し、鍛冶屋のウンドが拗ねたような声で反論する。
その顔に塗りたくられていた小麦粉はすでに洗い流されていたが、眉や髭はまだ一部白いままであった。
「だって、お前。なんだ、あのガチガチって歯を噛み合わせたヤツ」
「ああ、あそこはきつかったな。思わず吹きそうになって、堪えるのが大変だったぞ」
「いやいや、迫真の演技だったろ!」
ウンドの主張に視線を交わした二人は、一呼吸おいて盛大に吹き出した。
そのまま腹を抱えて大笑いし始める。
「クヒハハ! た、たしかに、骨王様に、似てたけどな。グヒヒ」
「だから余計に、プッ、面白くてな。プヒヒハハハ」
エッ、吾輩って、いつもあんな風に見えているのか……?
地味にショックを受ける吾輩をよそに、ウンドが腹立たしそうにぼやく。
「くそ、好き勝手に笑いやがって。おい、お前らも少しは怒れ!」
「いや、おらたちも正直、ヤバかったです」
「絶対に笑わせに来てるって思ったよな、アレ」
「あの誓いのところは本気で危なかったべ。もう少し光ってたら、おら絶対に笑ってたべ」
半笑いで答える元農奴の騎士団員見習い三人の顔も、まだ少し白く汚れている。
互いに顔を見合わせた彼らは、一緒になって笑いだした。
その有り様にウンドも、ようやく顔を綻ばせる。
そう、吾輩の仕掛けはすこぶる簡単だ。
祭壇の前に歩み出た五体の骸骨のうち、四体の正体は彼らであったのだ。
これなら叙任の聖なる祝福をいくら受けても平気だし、顔を露わにしなければ替え玉がバレることもない。
仮に兜を取れと命じられた場合でも、吾輩の分身が操る呪紋"幻惑"で、それらしい架空の人間に見せかければその場は誤魔化せる。
というのが、当初の作戦であった。
だが式典に急遽参入してきたサリークルが、この替え玉作戦に横やりを入れてくるのは予想できていた。
ならばそれを逆手に取って、利用することにしたのだ。
まずウンドたちの髪や顔に小麦粉をはたき、白っぽい骸骨に変装しておく。
あとはサリークルが、それらしい言い掛かりを付けてくるのを待つだけだ。
そして会場の大半が、吾輩らを骸骨だと疑い出すのを見計らって素顔を晒す。
そうすると、道化師に扮した吾輩(狂)の描いた呪紋"幻惑"によって、彼らの顔が見事、骸骨に早変わりするという寸法である。
普通であればそうやすやすと呪紋にかからない可能性もあったが、そこはサリークルの巧みな弁舌が補ってくれたというわけだ。
アイツが口下手だったら、失敗していたかもしれんな。
まあ、その場合を考慮して、吾輩が混じっていたのだが。
正直、男爵の護衛の騎士どもが真っ先に反応した時は、胸骨を撫で下ろしたぞ。
後は追い込まれたふりをして、吾輩に扮したウンドが司教の相手をするだけである。
吾輩の真似なら、種まき祭りでやった芝居の実績があるからな。
ただこの作戦には、一つだけちょっとした欠点があった。
村人の一部は白いローブの中身がウンドだと知っていたので、"幻惑"に掛からなかったのだ。
おかげで白塗りの鍛冶屋が、懸命に祭壇の前で演技していたのが丸見えだったらしい。
やけに真剣な眼差しを送ってくるなと感心していたが、実は必死で笑わないよう耐えていたとは……。
村長などは笑いを我慢するために、太ももを強く握りしめ過ぎて痣になったと愚痴っていたな。
しかし無事に終わってみれば、それも些細な笑い話である。
今回の件によって、とうとう吾輩たちは素顔を晒したままでも、大手を振って表を歩けるようになったのだ。
思い切ってやってみたが、これほど上手くいくとはな。
今も頭骨をむき出しのまま広場を歩く吾輩であるが、敵意や怯えといった視線はほとんど向けられていない。
これであとは司教たちに、バッタリ出会わないように気をつけるだけだな。
司教の一団は午後から村の視察をして、教会に一泊して次の目的地に向かうのだそうだ。
男爵の次男坊とその護衛たちも、同じような予定らしい。
ちなみに現在、一行は仲良く教会で会食中である。
食事云々は自前で準備する予定ではと聞くと、なぜか晩餐は男爵の次男坊が腕が振るうとの予想外の答えが返ってきた。
毒を盛られる警戒ではなく、単純に料理がしたいから食材を用意してほしいという要望だったらしい。
何とも紛らわしく、はた迷惑な話である。
それはそうと庶民の昼の食事であるが、広場の方もそれなりに盛り上がっていた。
ダルトンたちがこの日のために用意したのは、直ぐに動かせて準備もしやすい食事所――屋台であった。
なんでも王都で流行っているのを、真似してみたのだと。
今日は串に刺して軽く炙ったソーセージの屋台とゆで卵を挟んだパンの屋台、それと麦酒の屋台が並んでいる。
お祭りということで無料配布しており、長蛇の列が伸びていた。
大役を果たしてくれた子供たちも、行儀よく並んでいるのが見える。
なぜかニーナと、羽耳族の子を肩車したロクちゃんまで一緒に整列していたが。
『何をしてるんだ? お前ら』
『何って順番待ちっすよ! こうやって並ぶのも結構楽しいっすね』
『たおーす!』
「たおす!」
『そうか。教会の連中にはくれぐれも気を付けろよ』
『了解っす!』
『倒す!』
こうやって住民に混じっているのも、これからは良い宣伝になっていくかもしれんな。
村長の家の方もなにやら盛況な様子なので、ここは任せて吾輩はそちらの視察にいくとするか。
踵骨を返しながら、ふと言い忘れたことを思い出して振り向く。
『そうそう、あの鐘のタイミングは凄く良かったぞ、ニーナ、ロクちゃん』
▲▽▲▽▲
「なぜ、こんなことになった!」
馬車の揺れに耐えながら、コールガム子爵家の長男は怒りの声を発した。
事前に聞いていた話とは、まるで違っていたからだ。
騎士団にはこちら側の兵が多く忍ばせてあり、団を牛耳る呪われた骨どもを始末すれば、簡単に乗っ取れるはずだと。
だが実際は動く骸骨どもを浄化出来ず、惨めな失態を晒すだけに終わったのだ。
小賢しい妾腹の弟の顔が、サリークルの脳裏をチラチラと横切る。
戻ったら只では済まさないぞと憤りながら、サリークルは横に座るお付きの教母を問い詰めた。
「どういうことだ! ヘレナ。あいつらはなぜ消えなかった?!」
「分かりません。あり得ないとしか……。もしかしたらですが、あの骨たちは祈りに対抗できる何かを得た可能性が考えられます。そうであれば、私の聖印の効果がなかった理由も頷けます。至急、アリラ大司教へ連絡しな――」
そこで彼女の言葉は、不意に響いた鈍い音に遮られた。
いや彼女の発言を止めたのは、音だけはない。
気がつくと、ヘレナの首から一本の矢が生えていた。
目を見開き口を半開きにしたまま、教母は何も言わずうつむく。
その胸元は溢れ出した血で、赤く染まりだしていた。
馬車の外から射抜かれたのだと気付いたサリークルは、立ち上がろうとしてバランスを崩す。
今度は馬車自体が急停止したのだ。
「どうなっている?! ヒューレ!」
「えっ、あ? わ、わかりません」
あてにならない部下を突き飛ばし、サリークルは覗き窓から外を窺う。
その視界に映ったのは、こちら目掛けて走ってくる巨大な角の生えた獣と、それに跨る鎖帷子の男の姿であった。
それと男の背後に群れなす、黒い鎧を着た集団も。
緑の服を着た骸骨は、森の木立に紛れ込みながら小さく歯を鳴らした。
『ふう、上手くいったようですね。久々の全力の射撃なので、当たるかちょっと心配だったのですが』
「ギャッギャ!」
五十三番の肩に止まってたカラスのフーが、会心の一矢を褒め称えるように鳴き声を上げた。
それを気にする素振りもなく、淡々と五十三番は戦場の分析を続ける。
『ふむ、豚鬼たちはなかなかの活躍ですね。あと、おっさんはちょっとやり過ぎかな。持って帰る手間も考えてくれないと。まぁ今回は捕虜を取る必要もないので、少しはっちゃけるのも仕方ないですね。さて全員片付けたら、地面を少し掘って偽装しておきますか』
見ていると馬車から引きずり出された二名の首が、あっさりと刎ねられて地面に落ちた。
残りの兵士たちもさくさく蹂躙されていく様を眺めながら、五十三番はカラスに伝言を頼む。
『じゃあ今度は吾輩先輩に連絡を頼むよ。こっちの始末は無事終わりましたよって』