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第百六十九話 来客準備



 どうやら春来節というは、他の祭りに比べてやや静かな傾向にあるらしい。


 思い返すと秋の種まき祭りは、歌ったり芝居をやったりご馳走を食べたりと活動的な一日だったな。

 新奉祭も夜通し飲み明かして騒いだりと、派手な印象が残っている。


 それに引き換えこの春の到来を祝う祭りは、名前の雰囲気に反して地味な祈りの場で軽い昼食が振る舞われるだけらしい。

 てっきり暖かくなった喜びを、酒盛りでもして実感するような集まりかと思っていたが。


「町によっては、派手なところもあるらしいですよ。噂に聞くと、王都じゃ旗を振った行列が練り歩いたりもするそうで」

『そうなのか。なぜこの村ではそうしなかったのだ?』

「ええっと、その……先立つものと言うか、余裕が全くありませんでしたからね」


 村長は申し訳なさそうに、事情を打ち明けてきた。

 改めて聞くと昔のこの村の状況は、結構ギリギリであったようだ。

 冬季は目立った収穫物がなく、秋に収穫した黒麦を備蓄しておいて何とか食いつなぐのが精一杯であったらしい。


 だから春になったからと言って、直ぐに羽目を外せるような有り様は到底なかったのだとか。

 冬を越した小麦の収穫は龍の雨季の後となるから、まだそれから一ヶ月以上も先だしな。

 目の前の森に入れば色々と食べられる物もあったかもしれないが、残念ながら恐ろしい呪いの噂のせいでそれも無理と。


 思い返すと腹を空かせた妹たちのために、ロナが森に入ってきたのもちょうどその辺りだったな。

 それが転がって、今はこんな事態になっているのは、何とも奇妙な感じではある。


『そういえば去年の春といえば、男爵から無理矢理な土地代を請求されていたな』

「そんなこともありましたね。まだあの騒ぎから一年も経ってないと思うと、意外に思えてきます」

『村はあれから色々と変わったようだし、仕方あるまい。まぁ今年の春来節は、長く記憶に残る気がしないでもないぞ』

「はい、しっかり準備いたしますよ、骨王様!」


 一週間後に控えた春来節と、それ出席するナリーバ司教のために、吾輩たちは現在進行系で大忙しであった。


 実は今回の祭りであるが、意外と来客が多そうなのである。

 やはり有名な司教の来訪や、叙階の儀や修道騎士の叙任式が同時にあるのは人目を引いたようだ。


 教会の二階のベッドは関係者で埋まるのが確実なので、商人どもや見物客の宿泊場所がどうにも足りないらしい。

 折角の機会なので、村人たちの家を宿として貸し出せるか調査中である。

 将来的には、もっと本格的な宿泊施設を作っておかねばならんな。 


 儀式を行う場所も最初は教会の一階を想定していたが、人が増えすぎたのでで急遽、広場で行われることになった。

 そのための準備で、大工どもが広場のあちこちを走り回ったりもしている。


 当日の天気に関しては、晴れであることを祈るしかないな。

 もし崩れるようなら、小ニーナの羽耳具合で二日ほど前には分かるようだし、連絡して延期で対応すれば良いだろう。


 あとは見栄えのための石畳舗装だが、村を横切る本通りだけは何とか間に合いそうである。

 と言ってもギリギリになりそうなので、手が空いた村人たちにも手伝わせており、出来栄えがやや微妙だったりもする。

 

 他にも当日に食事を振る舞いやすいように、ダルトンたちも何か用意していると言っていたな。

 さらに楽器の練習に励む村人も数人居るようだし、祭りに向けての備えは抜かりないようだ。


 そして要である聖なる光対策であるが、吾輩(狂)から"幻惑"の呪紋が使えるようになったと連絡があった。

 ただコイツに頼り切りになるのは避けておきたいので、吾輩の方でも色々と準備中である。


 まずは聖光防御であるが、とうとう5まで上げることが出来た。

 この忙しい時期にシュラーには少しばかり無茶をさせてしまったが、おかげで一分ほど耐えれるようになった。

 たかが一分であるが、されど一分である。


 ま、一分もあれば、色々と動くことは出来るだろうしな。


 そのために、以前にも実績のある子供たちを、儀式の手伝いに採用しておいた。

 もっとも手伝いなので大袈裟なものではなく、花びらや聖水をまいたり前に出て聖歌を歌うくらいであるが。


 今も村外れの大樹の下に集まって、一生懸命に予行演習をしているとニーナが言っていたな。

 もちろんであるが、子供たちにはいざとなれば人間の盾として吾輩たちをかばうように指示してある。

 それ用の練習も、バッチリ練習中らしい。


 話はややずれるが、吾輩(狂)は五十三番の監視がついたせいでかなり大人しくしているようだ。

 今も二体で、祭りの準備の手伝いを真面目にしてくれている。


 だが、たまに村長の家に集まって、何かの話し合いをしているのがどうにも怪しい。

 五十三番に理由を尋ねてはみたが、なぜか上手い感じにはぐらかされてしまった。

 商人どもから色々と、村長経由で仕入れていたのも気にかかるぞ。

 

 当日のお楽しみだと言っていたので、悪巧みではないようだが……。

 

 そんなこんなで慌ただしく日々は過ぎ去り、祭りの日は近付いていた。

 三日前にノルヴィート男爵から、当日の食事などはこちらで調理するので材料だけ用意してくれと連絡があったりしたが。 


 いきなりであるし失礼な話でもあるが、毒などを警戒する気持ちも理解できる。

 散々、嫌がらせをしてきた自覚があるのだろうな。


 そしてとうとう、春来節を迎えたその日。

 朝早くから続々と豪奢な馬車が村へ到着し始めた。


 真っ白な八頭立ての車体からは、薄絹で顔を隠した白衣の女性たちが次々と降りてくる。

 とことん白ずくめだなと感心していたら、最後に腰を折り曲げた老婆が姿を現した。

 顔などは全く見えないので、老婆というのは吾輩の予想でしかないが。

 たぶんアレがナリーバ司教だろうな。

 

 次にやって来たのは、数名の騎士が随伴した派手な馬車であった。

 先陣を切る二頭の大きな馬にそれぞれまたがっているのは、白い騎士羽織サーコートを着た髭面と赤い鱗鎧を着た髭面である。

 うん? あの二人はどこかで見た記憶があるぞ。

 

 そして最後。


 明らかに商人たちの荷馬車とは違う、四頭立ての大きな馬車が村の門を抜けてくる。

 その車体の扉に描かれていたのは、ツルハシと剣が重なった奇妙な紋章だった。

 さらに馬車の背後には、物々しい騎兵の一団が付き従っていた。


 首をひねる吾輩に、そっと村長が耳打ちしてくる。



「まさか……、あれはコールガム子爵様の紋章ですよ!」


 


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