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第百六十八話 笑う過度には



 何をしでかすか分からない吾輩の分身であるが、監禁案が通らなかったのは仕方ない。

 結局、五十三番の監視付きで、ある程度の自由を認めることにした。

 

 呪紋の説明に関しては、一部を伏せてはいたようだが、概ね正直に話していたと感じた点。

 それに捕まえてきた農奴を、さっくり黒棺様に捧げた点も評価できる。

 あとは一見無謀に見えた行動もそれなりに裏付けがあったようだし、ロクちゃんと小ニーナの関係性をよく考えていた点もなかなかだ。

 

 性格が吾輩とかなり変わってしまったのは、混沌神とやらの影響と捉えても良いだろう。

 だが根本的な部分では、まだ共通している箇所が多いとも思えた。

 この辺りは嘘が混じっている可能性もあるので、まだ信じるのは少し早いか。


 まあ単独行動を禁止しておけば、騒ぎになるようなことも出来ないだろうしな。 

 それにタイタスが言っていた予想外のアイデアなりには、吾輩も少なからず興味はある。

 現状は吾輩がほぼ一体で、全体を仕切っているような形だからな。


 それと今回の件で強く懲りたので、『分裂』は二度と使うことはないだろう。

 容量というモノについては、痛い教訓だと思って受け入れるとしよう。

 しかし素の状態だと、吾輩たちは他の影響を受けやすいというのは、大きな盲点だったな……。


『さて春来節の件もこれで片付きそうだし、四月からは滝の裏の洞窟攻略にそろそろ本腰を入れるとするか』

『おお、そりゃ良いな。これで白鰐野郎にとうとう借りを返せるぜ』

『いや、アレはもうしばらく放置で良いだろう。勝てる構図が思いつかん』

『俺っちは同じ武器を持った相手と戦ってみたいっす。出来れば超強い奴、希望っす!』

『また難しいことを言い出したな。他領を攻めるのは、今はまだ不味いだろう。そのうち商人どもから情報が回ってくるはずだから、もう少し我慢しておけ』

『倒す!』

『うむ、春になったらいっぱい倒そうな、ロクちゃん』

『倒す! 倒す!』

『五十三番は何か――』


 意見を聞こうと思い視線を向けると、五十三番は黒棺様を熱心に調べているところであった。

 

『――気になることでもあったのか?』

『はい、呪紋の説明が足りないように思えまして……』


 そのまま五十三番は、ネズミたちの上に寝そべる小さい骨へ顔を向ける。


『ちょっと良いですか? ワガチビ先輩』

『チッ、気付かれたか。黙ってた方が面白そうだったのにな』

『どういうことだ?』

『僕が知る限り呪紋はあと二つあったはずなんですが、それについての言及がなかったので……』


 慌てて吾輩も黒棺様を覗き込む。

 段階が付いた呪紋は五つ。

 だが前々から名前の上がっていた"幻惑"と"乱心"が、その中に含まれていない。


『おい、まさか!』

『ガッガッガッ。うむ、そのまさかだ。肝心の"幻惑"だが、実はまだ使いこなせておらんのだ』

『理由を教えてもらおうか。あと隠していた方の理由もな』

『"乱心"もそうだが、呪紋の形式がどうやら立体構造になっておるようでな。ちょっとばかり、解明に手こずっている状態だ。黙っていた理由か? ちゃんと吾輩の使える呪紋は説明してやったろ』


 確かに今まで披露した呪紋は、全て平面で構成されていたな。

 それに対し呪紋が浮かんでいた金色の蛙の目玉は、球形に近かったのも事実だ。

 思わず言葉に詰まった吾輩へ、小さな骨は急いで手を振る。


『おいおい、今さら採決取り直しは勘弁してくれよ。それにちゃんと吾輩は、ヒントを示していたぞ。黒棺様に注意しろとな』

『もしかして、わざとらしく黒棺様の上を歩いたり、足をブラブラさせていたのは……』

『うむ。吾輩の得た能力が、反映されているぞという忠告だったのだよ。なにせ一ヶ月以上、近づいてなかったのでな』


 当然のことながらこっそり呪紋の練習をしていても、黒棺様に接近すれば登録されて吾輩たちに筒抜けなってしまう。

 そうなれば企みを実行に移す前に、誰かの追求にあってバレていた可能性が高い。


 おそらく生き物を捧げる時は、下僕骨に命じておけば洞窟に入る必要はないので、それで誤魔化していたのだろう。

 本当に用意周到な奴だな、コイツは。 


『だが安心したまえ、同胞たちよ。どうやら呪紋展開の糸口を見つけ出せそうだぞ、これのお陰でな』


 得意げに吾輩(狂)が指差したのは、先月に会得していた新能力『立体視覚』だった。

 これは普通の大カマキリが所有していた能力である。


 てっきり『多肢制御』がそうだと思っていたら、アレは実は赤カマキリの固有能力であったようだ。

 言われてみれば普通の大カマキリは、鎌の数は二本しかなかったしな。


 元より吾輩たちには額の頭頂眼と両眼窩の暗視眼があるので、視界は立体的に見えてはいた。

 大カマキリの立体視覚でよりその機能が強化されたが、正直大きな変化はなかったので忘れかけていた能力だ。


『距離感を細かく図れるのは非常に有り難いな。容量を大きく使わないのも優秀だ。よし、ギリギリ実用段階に間に合いそうだな』

『その言い分を全て信じろと?』

『吾輩的にはどっちでも良いぞ。間に合わなくても、それはそれで楽しい騒ぎになりそうだしな』

『ならば、必ず間に合わせろ。万が一無理だった場合は、お前に団長役をやらせるぞ』

『それもまた想像すれば愉快だな、ガッガッガ』


 うぐぐ、何とも癪に障る笑い歯音だ。


 やはりコイツ抜きでも、何とかなるように作戦を立てておくしかないか。

 ギリギリまで粘って聖光耐性を上げておくくらいしか、現状での打開策はないがな。


 せめて、もう少し棺でも見ておくか……。

  


<能力>


『立体視覚』 段階0→1

『魔術の心得』 段階0→1

『壁面吸着』 段階0→3

『幻覚毒生成』 段階3→5

『麻痺毒生成』段階2→3

『方向探知』 段階2→3

『体幹再生』 段階1→2

『分裂』 段階1→2


『反響定位』5『頭頂眼』5『気配感知』5

『末端再生』5『平衡制御』5『聴覚鋭敏』5

『集団統制』3『危険伝播』3『視界共有』2

『臭気選別』1『腕力増強』1『肉体頑強』1

『賭運』1『角骨生成』1『暗視眼』1

『多肢制御』1『再生促進』1『生命感知』1

『火の精霊憑き』1『水の精霊憑き』1

『精霊眼』1『地精契約』1


<技能>


『短剣熟達度』 段階3→4

『回避熟達度』 段階1→2

『受け流し熟達度』 段階1→2

『罠設置熟練度』 段階6→7

『片手斧熟練度』 段階5→6

『軽足熟練度』 段階4→5

『両手斧熟練度』 段階2→5

『投斧熟練度』 段階1→4

『投槍熟練度』 段階1→4


『盾捌き熟達度』5『両手剣熟達度』5『土の精霊術熟達度』5

『弓術熟達度』5『騎乗熟達度』3『両手槍熟達度』3

『片手剣熟達度』3『片手棍熟達度』1

『火の精霊術熟達度』1『水の精霊術熟達度』1


『火の精霊術熟練度』10『水の精霊術熟練度』10

『指揮熟練度』8『鑑定熟練度』6『罠感知熟練度』6

『投剣熟練度』9『射撃熟練度』5『投擲熟練度』4

『両手棍熟練度』3『骨通信熟練度』3『見破り熟練度』3

『動物使役熟練度』1


<特性>


『斬撃防御』 段階1→3

『聖光耐性』 段階6→10→『聖光防御』 段階0→2

『呪紋耐性』 段階1→6

『冷寒耐性』 段階0→2


『毒害無効』10

『刺突防御』9『圧撃防御』8『打撃防御』6

『溶解耐性』3『炎熱耐性』5『腐敗耐性』3


<技>


片手剣・短剣

『三段突き』 段階9

『三回斬り』 段階8→9

『地走り』 段階3→4

『鋏切り』 段階4→6


片手斧・片手棍

『強打』 段階5→6

『裏打ち』 段階5→6


両手剣

『弾き飛ばし』 段階8→9

『兜割り』 段階6→7

『水平突き』 段階4→5


『精密射撃』 段階2→3

『重ね矢』 段階4→5

『早撃ち』 段階8

『二連射』 段階5


『盾撃』 段階8→9


精霊術

『地段波』 段階9

『地壁』 段階6

『地牙』 段階2

『火燐』 段階4

『水凝』 段階6→8

『水膜』 段階2

『水針』 段階0→4

『水針雨』 段階0→1


呪紋


『拘束』 段階0→3

『服従』 段階0→2

『熱狂』 段階0→3

『恐怖』 段階0→3

『誘眠』 段階0→2


近接技

『痺れ噛み付き』 段階3

『齧る』 段階3


その他

『怒角天』 段階1

『跳躍』 段階1→2

『脱力』 段階9

『威嚇』 段階5

『魂糸結合』 段階1


未分類

『聖光』0『頭突き』0『爪引っ掻き』0

『体当たり』0『くちばし突き』0『棘嵐』0

『突進突き』0『乱心』0『水浄』0

『凶音旋風』0『回転突進』0『吸着』0

『水縮』0『幻惑』0



<戦闘形態>


『双剣士』 段階5

『射手』 段階3→4

『盾持』 段階3→4

『戦士』 段階3→4

『精霊使い』 段階7


 総命数 4022→4782



 前回から能力は三個増えて、既存のもキチンと段階が上がっている。

 皆の働きのおかげだな。


 壁面吸着は段階3になったことで、くっついていられる時間が延びたようだ。

 幻覚毒と麻痺毒生成は効果が上がったようだが、どれほどかは不明。

 方向探知はおぼろげだが、上下の位置も掴めるようになった。


 それと技能の動きも良いようだ。

 斧あたりが上がっているのは、ニーナが最近、ちょっとハマったせいらしい。

 

 聖光耐性がついに防御となり、ロナであればかなり余裕で耐えられるようになった。

 だがシュラーの本気ピカーには、まだまだ敵いそうにないな。


 武器の技は既存の練習が多く、新規は増えていない。

 精霊術は樹液集めで体得した水針が加わり、水槍が消えてしまった。

 将来的に針が槍になるということだろうか。

 あと水弾雨も、水針雨に変わったようだ。 


 総命数はかなりコンスタントに生き物を回収していたのと、先ほどの農奴五人分が加わって5000の大台が見えてきたな。


 この中で役に立ちそうなのは、毒くらいか……。

 精霊術で幻影を作り出せれば、良かったんだがな。


『そうそう気付いていないと思うので、サービスで忠告しておいてやろう』

『まだ何かあるのか? 吾輩』

『"幻惑"の呪紋は、正体がバレている場合は通用せんから気を付けろ』

『どういう意味だ?』

『吾輩たちは黒棺様の側面の文字を読めているだろう。これは文字であると、最初に反響定位で認識できていたおかげではないかと思う』

『それだと先に頭頂眼を得ていたら、気付かなかった可能性があったのか』

『ああ、だろうな。同様に吾輩たちが骨だと知っている相手には、人間に見せようとしても失敗する可能性が高いことを覚えておいてくれ』

『…………それで、先手を打ったのか』

 

 考えてみれば"幻惑"の呪紋で何でも偽装出来るのであれば、わざわざ危険を犯して子爵領にちょっかいを出す必要はなかったはずだ。

 吾輩たちを生身の人間に装うだけで、子爵の嫡子サリークルの言い分はかなりの信憑性を失う。


 そうしなかったのは、そう出来ないと分かっていたせいか。

 吾輩の呆れた視線に気付いたのか、分身はまたも顎を噛み合わせて不快な音を立ててみせた。


 野放しにするのは、本気で不味い気がしてきたぞ。

 しかし、この歯音……。


 笑う骸骨という言葉、前に聞いた気がするのだが、アレはどこだったかな。




   ▲▽▲▽▲




 すっかり馴染みとなった教会の二階のベッドで、吊り目の男は声も出さずに笑っていた。

 背後のルーリア教母のもの問いたげな視線を、全く気にする素振りもない。


 男が手にしていたのは、一月ほど前に届いた迷森の村の密告者からの手紙だ。

 豚飼いの彼からの手紙には、相も変わらず現状への不満と救済を求める言葉が書き連ねてあった。


 それと送り込んだ密偵の兵士たちは、迷森騎士団へ潜入中であるとの旨も。

 いつもなら読み終われば直ぐに燃やしてしまうのだが、その部分が気になって置いておいたのだ。


 先週、最北街道沿いの農奴の村が何者かに襲撃されて、住人の大半が連れ去られたとの報告はすでに配下の兵から受けていた。

 逃げ延びた農奴の証言では、黒い角付き兜の集団がいきなり森の方から襲ってきたのだと。

 それと集団を指揮していたのは、子供のように小柄な存在であったとの声もある。

 もっとも他の証言部分はそれぞれかなり食い違っており、信憑性にやや疑いがあったりもするが。


 ただ巡回の騎兵も襲撃者に黒い兜どもが居たことは証言済みなので、その点は疑う余地もないだろう。

 黒い盾を持つ角付き兜といえば、黒鬼戦役で悪名を轟かせた豚鬼オーク兵団が真っ先に思い浮かぶ。

 それと鎧を溶かす妖術らしきモノを使った点も、小鬼ゴブリンならではと言える。


 この襲撃のせいで、子爵領は大騒ぎとなった。

 いや子爵側だけではない。

 騒ぎは王都にまで波及したのだ。


 鬼人帝国との戦場の最前線であるゲラドール辺境伯領への支援物資は、現在、最北街道経由で運ばれている。

 その補給路の安全性が、いきなり崩壊しかねない出来事である。


 そのせいで急遽、中街道への注目が集まり、人や金の流れが子爵領の中部を通るようになりそうだ。

 王都からの支援も引き出せそうとのことで、父であるロイバッハ卿は喜び勇んで王宮に参内中である。

 

 しかしそんな渦中で、男はある点に引っ掛かっていた。

 それは小鬼らしき襲撃者の逃亡した方角である。


 なぜやってきた黒腐りの森のある北側ではなく、黒森川が流れる東側だったのか。

 川方面へ逃げるなど、軍隊としてもっとも愚かな行為である。


 過去の報告書にも、小鬼たちが水を利用した妖術を使った等の記述はない。

 新たな妖術を創り出したのかもしれないが、それならば最初から川を侵入経路にするのではないか。 


 黒森川の上流には迷森の村があり、死者であれば川底を歩くのに不自由はない。

 そういうことでは、ないだろうか。


 その考えに思い当たった男は、密告者の手紙を改めて読み返してみた。

 文面に不自然さは見当たらない。

 だが一月ぶりに手紙の最後の一枚を見ると、明らかにインクの色が違っていた。

 これだけが他と比べて、まだ濃さを残していたのだ。

 

 考えられるのは、この最後の報告だけが時間を置いて書かれたということ。

 つまり、書き直しか書き足しされたということだ。


 そこまで考えた男は、部下に一つの指示を与え手紙を託した。 


 迷森の村へ行き、豚飼いの青年の所在をこっそり確かめてこいと。

 そして彼の姿が見当たらない場合は、今度の助祭受任の儀には忙しくて出席できないと記した手紙を教母へ渡してくるようにとも。


「ねぇ、そんなに面白いことが書いてあったの? そのお手紙」 

「いいや、たいしたことは書いてないよ。おおむね、世はこともなしってくらいだね」

「その割には、楽しそうに笑っていたわよ」

「ああ、それはね。欠席するはずの客が不意に訪ねてきたら、どうなるのかなって想像していたのさ」




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