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第百六十六話 呪紋説明会 



『では、吾輩の素晴らしい研究成果を発表しておくか』 


 黒棺様の縁を得意げに歩きながら、小さな骨は偉そうに指を振ってみせた。

 

『そういってまた変な踊りを見せるつもりっすね! もう、その手には乗らないっすよ!』

『倒す!』

「たおーす!」


 先日、いいようにあしらわれたのがよほど悔しかったのか、ニーナとロクちゃん、小ニーナが声を揃えて反応する。

 いや、小ニーナを含めた子供たちは騒動時は村に居たから、呪紋の影響を受けなかったはずだぞ。

 ただし村の広場に駆けつけた時、なぜか力の限り踊っていたが……。

 

『遠慮することはない。是非、楽しんでいってくれたまえ』

『ふっふーん、俺っちたちも学習したっす! 来るなら来いっすよ!』

『倒す!』

「たおす!」


 歯音を荒くしながら二体と一人は、素早く両手で顔を覆って隠す。

 なるほど、あの不思議な模様を見なければ効果はないということか。

 ただ、その作戦だと――。


『まずは一番、基本のきの字から』


 スイっと差し出された吾輩(狂)の指先が、気ままな感じで宙を走り出した。

 同時にその動いた跡が、淡い光のような線となって残っていく。


 ふむ、なるほど。

 これは気を強く持たないと、意識をつい向けてしまうな。


 見ていると顔を覆っていたニーナとロクちゃんの体が、吾輩(狂)の指の動きに合わせてピョンと跳ねる。

 そりゃ頭頂眼も併せて塞いでおかないと、そうなるだろうな。


 小さな骨の腕が左右に振られると、二体もユラリユラリとつられて動き始めた。

 猫や犬の前に餌をぶら下げた感じであろうか。


 二体の体が揺れるのを空気で感じ取ったのか、小ニーナもそっと指の間から覗いてしまったようだ。

 たちまち羽耳族の子も、お尻を左右にフリフリし始める。


 途端に吾輩の分身は、ニヤリと底意地の悪い顔になった。

 本当に吾輩の写し身なのか? こいつは。


『これは"誘導"といって、呪紋を見てもらう第一段階だな。単純な生き物なら、これだけで十分に遊べるぞ』 


 そう言いながら、小さい骨はヒョイと手前に戻した腕をクルリと裏返した。

 合わせて二体の骨も、グルンと鮮やかにその場で縦回転する。

 一拍子遅れて小ニーナが、でんぐり返しからコテンと尻餅をついた。


『と、遊びはこれくらいで。ほら、呪紋の完成だ』


 吾輩(狂)の手の動きが止まると同時に、空中に言葉では言い表し難い複雑な模様が浮かび上がった。

 くっきりと光の線で描かれたそれは、数秒も保たずかき消すようになくなってしまう。


『グギギ! もう許せないっす! とっ捕まえて、逆さ吊りの刑にしてやるっす!』

『倒す!』

「たおーす!」


 と言い放ちながらも、ニーナたちはその場から一歩も前に進めないようだ。

 上半身だけを懸命に動かしてはいるが、それが両足に全く伝わっていない感じである。


『この呪紋は身体への動作命令を途中で止める効果がある。今は大雑把に上半身と下半身にしか分けられないが、もっと精度を上げれば片手の小指だけ止めるとかも出来そうだがな。で、吾輩はこれを"拘束"と名付けた』

『驚いたな。肉体への干渉が可能なのか……。うむむ、どのような感じか体験してみたいところだが』

『ほほう、面白いことが出来るんだな、ワガチビさんは』

『おっさんと僕には、効き目がないようですね』


 後ろで注目していたタイタスと五十三番が、興味深そうな顔付きで近付いてくる。


『残念ではあるが、複雑な思考を持つ者ほど影響を受けにくいようなのだ』

『えっ?! 僕と吾輩先輩は納得できますが…………えっ?!』

『何で二度見すんだよ、ゴーさん。俺から溢れ出る知性に目を見張りすぎだろ』

『…………まあ、おっさんって実は意外と考えてたりしてますしね』

『ふっ、俺のことよく見てるじゃねぇか。愛か?』

『この無駄にでかい骨の頭を、今すぐ逆さまに出来る呪紋とかはないんですか? 小さい吾輩先輩』


 五十三番の問い掛けに、吾輩(狂)はわざとらしく肩をすくめてみせた。

 そしてようやく意味を理解したのか、ニーナたちが勢い良く歯音を立て出す。


『うん? それって、俺っちたちの頭が悪いって意味っすか!』

『倒す! 倒す!』

「たおーす!」


 その反応の遅れが、指摘を如実に現している気がしないでもないぞ。

 あと、この状況で嬉しそうにパチパチを手を叩く小ニーナは、間違いなく頭が悪そうではある。


『一概にそうとも言えんな。だいたいの検証結果から見るに、思考をあまり介さずに動作を行う生き物こそ影響が受けやすいと考えるべきだ』

『よく分かんないっすよ!』

『倒す!』

『つまりだな、言葉より先に手が出るタイプには有効だということだ』

『うーん、アホとは違うっすか?』

『言い換えると状況判断が早く、即行動に移せるタイプだな。むしろ敵に回したら、一番厄介な相手だぞ』

『それなら納得っす!』


 ニーナたちが静かになったので、吾輩の分身は棺の端に腰を下ろして足をブラブラさせ始めた。


『話が逸れすぎたな。次から披露するヤツは、精神を操るものだ。実のところ、こっちの方が簡単でな』


 言葉を重ねながら、小さい骨の腕が忙しなく行ったり来たりしだす。

 休むことなく線が引かれ、十秒ほどでまたも新たな図形が宙に出現した。

 先ほどとは、かなり形が違っているな。 


『これは"誘導"の流れを、そのまま利用した呪紋だ。もっとも、まだ未完成なのか、幼子か小動物にしか効かな――』


 言葉の途中で、ポテンと小ニーナが地面にへたり込んだ。

 そのまま頭をだらんと垂らし、穏やかな寝息を立て始める。

 眠り込んでしまった子供を、ロクちゃんは静かに抱き上げた。


『"誘眠"という呪紋だ。もしかしたら効きやすさには、体のサイズが関係しているのかもしれんな。それと骨には全く効かん』

『吾輩たちは元より眠らんからな。しかし便利なようで、意外と使い途は狭いか』

『同じような系統で、小動物のみを操れる"服従"もあるぞ。こっちは一度掛けると、かなりこき使えるので便利だがな』

 

 そう言いながら小さな骨は、黒棺様からようやく飛び降りた。

 その瞬間、棺の周囲から集まった何かが、骨の足元に影のようにわだかまる。


 吾輩(狂)を軽やかに受け止めてみせたのは、洞窟のあちこちに潜んでいたネズミどもであった。

 一塊となった小動物の上で、小さな骨は何でもないようにあぐらをかく。


『最後に見せる呪紋だが、大人にも有効で使い勝手はかなり良いぞ。おい、連れてこい』


 吾輩(狂)の歯音に、洞窟の外に控えていた下僕骨たちが入ってくる。

 その腕の中には、グッタリとした五人の男が捕らえられていた。


 吾輩の村への移住を拒んだ農奴どもである。

 説得するとは言ったが、時間が無駄に掛かりそうなので手っ取り早い解決法を取る予定だったのだが。


『どうせ処分するなら、実験対象に良いかと思ってな』


 黒棺様の前に連れてこられた人間たちは、口々に喚き声を上げ始めた。

 村に返してくれ。

 俺たちは何もしゃべらない。

 こんな呪われた場所には、一秒でも居たくないと。


 小さな骨はその言葉にふむふむと頷きながら、ユルユルと手を動かして紋様を描いていく。

 そして書き上がった呪紋を見た瞬間、男たちの声が凍りついたかのように止まった。


『よし離してやれ。これは感情の乱れを捕らえ、それを増幅させる呪紋だ。上手く引き上げてやれば"熱狂"となり、逆の場合は"恐怖"となる』 


 下僕骨に開放されたはずの農奴たちは、目を大きく見開き、歯の根が合わないほど震わせながら一歩も動こうとしない。

 いや、これは動けないのか。


『吾輩たちを見て強い恐れを感じたのだろう。その感情がより大きくなり、正常な思考を押しつぶしていく。そして最後には――』


 吾輩(狂)を乗せたネズミどもが、ゆっくりと前に進み出す。

 弾かれたように男たちは、短い悲鳴を上げて飛び退った。

 子供のような小さい相手に、異常とも言える反応である。


 そのうちの一人が、怯えたように喉を鳴らしながら棺へ飛び込んだ。

 残りの四人も互いを押し退けるように、我先と黒棺様の中に消えていく。

 吾輩たちから逃れられる、格好の場所だと思えたのだろうか。

 

 五人を飲み込んだばかりの黒棺様を前に、小さな骨は何事もなかったように振り向いた。



『さて、ざっとこんな感じだが、質問はあるかね?』




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