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第百六十四話 楽しい反乱



 白いローブ姿が落とし穴に消えたのを確認した吾輩は、急いで駆け寄って中を覗き込んだ。

 唖然とした顔でこちらを見上げる骨と、バッチリ目が合う。

 うむ、大変に混乱しているようだ!


『……もしかして、お前の仕業か? 吾輩』

『うむ、もしかしなくても、吾輩の仕業だ!』


 第一段階が上手くいったことで、吾輩の小さな体が思わず弾みだす。

 いやいや、まだ踊るような段階じゃないぞ。

 

 落とし穴の底で、吾輩の顔が忙しなく動くのが見える。

 脱出方法を懸命に探しているのだろう。


 ふふふ、この落とし穴を作るのには、大変苦労したからな。

 なにせ普通に掘ったのであれば、土の精霊術で簡単に脱出されてしまう。


 それを防ぐためにも、穴の壁は芋畑からわざわざ運んできた精霊が少ない土で覆っておいたのだ。

 さらに念を入れて、壁と床には砦の石を隙間なく敷き詰めてある。 


 その上、穴の底には――。


『これは……、黒粘水かと思ったが、生きた泥の方か』

『そうだ。命数がないので気配が読めなかっただろう。こいつら相手にどうすれば良いか、吾輩なら分かるはずだ』


 黒粘水だと足止めどころか、水の精霊術で一点に集めて脱出されてしまうからな。

 その点、生きた黒い泥どもは、精霊を含んではいるが支配力の関係で吾輩には手が出せない。


 その上、なぜか泥どもは吾輩たち骨を非常に好むのだ。

 そして骨以外でも生物的なものなら、時間をかければ分解吸収してしまう。


 穴の底の吾輩も、その意味を察したのだろう。

 白いローブを脱いで杖の先に巻きつけると、吾輩へ向けて差し出してきた。

 うむ、強欲な吾輩なことだから、そうしてくると思ったぞ。

 杖ごと受け取った吾輩は、裸骨をさらす骨を見下ろしながら言葉を続けた。


『物分りがよくて助かるな。さて、次はどうする?』

『……何か企んでいるとは思っていたが、吾輩を監禁したところで意味はないぞ』

 

 それは分身である吾輩も承知の上だ。

 そもそも吾輩たちは、互いを損なうようには作られていない。

 本気で排除しようとしても、不可能な仕組みになっているのだ。


 だからこそ元となった吾輩には、この行動の意味がさっぱり理解出来ないのであろう。

 …………うむ、実は吾輩にもよく分かってないからな。


 しばし睨み合ったあと、穴の底の吾輩は頭部を外して投げ付けてきた。

 受け取った吾輩は、その顎の素早く布を巻き付けて歯音が出せないようにする。

 よし、これでようやく下僕骨が使えるな。


『ムー、もう演技は良いぞ。あとはこれを持って適当に逃げ回ってくれ、追いかけっこだ』

「ギャギャ!」

 

 指示を与えながら、腕を大きく振る。

 後頭骨に疼くような感触が走り、己の指先から力を持つ線が宙に描かれた。


 どこかよく分からぬ場所から不思議な力が溢れ出し、図形となって空中に出現する。

 これこそが金色蛙の目玉を、長時間見つめさせられた吾輩が会得した技能――呪紋である。


 蛙の眼球には複雑な模様が浮かび上がっており、そこに不思議な力が行き交うことで、あり得ないような効能が発揮される。

 その事実に気づいた吾輩は、こっそりと練習を重ねてきたのだ。


 謎の力は吾輩が望めば、どこにいても指先から溢れ出す。

 後はこれで意味のある図形を描ければ――。


 最初は動物で、次に子供。

 上手くいったので、最後は大人だ。


 結果、様々な効能を発揮する紋様を、吾輩は見つけ出すことが出来た。

 そして同時に、耐え難い衝動にも襲われるようになる。


 カラスを操る"服従"の呪紋を描きながら、吾輩は精一杯、顎を噛み締めた。

 まだだ、まだ早いぞ、吾輩!


 囮の釣り糸からスルリと抜け出したムーは、大人しく吾輩の命令に従ってくれた。

 口を封じた頭骨を掴むと、そのまま空高く舞い上がる。


 よし、これでかなり時間は稼げるだろう。

 急いで落とし穴から離れた吾輩であるが、そこで呆気なく声が掛かる。


『おやおや、怪しいっすね、チビワーさん。どこに急いでるっすか?』

『倒す?』

『ニーナにロクちゃんか。ふぅ、タイタスと五十三番じゃなくて助かったぞ』

『む、なんか地味に傷つく言い方っすね!』

『倒す!』


 吾輩の前に立ち塞がったのは、長身な骨と小柄な骨の組み合わせであった。

 まぁ、こういった役割は暇そうな二体に割り振るとは見越していたが、予想が当たってホッとしたぞ。


『意外と気付くのが早かったな。もしかして感づいていたのか?』

『注意しとけとは言われてたっすけど、それよりもワーさんがヤバイってピピンッと響いてきたっす』


 ふむ…………、あ、危険伝播か!

 地味な能力過ぎて、すっかり忘れていたぞ!


 これも全て、元の吾輩が能力を独り占めしたせいだな。

 分裂して分かったのだが、吾輩らにはどうも容量というものがあるようだ。


 吾輩に全く能力や耐性がなかったのは、元の方の容量に全て押し込まれてしまったせいである。

 その分、空っぽであった吾輩が、呪紋――魔術を使えるようになったのは皮肉でしかないが。


 そして耐性が全くなかったせいで様々な影響を受けやすく、そのせいで今も――。

 うう、我慢しろ、吾輩。


『さ、大人しく捕まって、ワーさんと一緒になるっすよ』

『倒す!』

『まて、その前に良いものを見せてやろう』


 拍子を取りながら、吾輩は腕を大きく動かす。

 体が小さいので、どうしても全身を使う必要があるのがこの魔術とやらの欠点だな。


『その変な踊りは、前にも見たっすよ。ほら、良いから大人しくするっ?!』  

『倒す?!』

『ふはは、これでもうお前たちに吾輩を捕まえるのは不可能だ!』

 

 急にその場から動けなくなったことで、二体は驚きの歯音を上げる。

 "拘束"――対象の行動を一部制限出来るという素晴らしい効果を持つ呪紋のおかげだ。

 ま、単純なほど掛かりやすいから、ニーナとロクちゃん以外には効かない可能性が高かったのだが。


『むぅぅ! これ一体どうなってるっすか?』

『倒す! 倒す!』

『十分ほどで動けるようになるはずだ。もっとも先にすべきことは、吾輩探しだと思うがな』


 骸骨をぶら下げたまま頭上を飛び回るカラスを指差すと、二体は悔しそうに歯軋りしてみせた。


 二体を置き去りにした吾輩は、離れて待機させていた下僕骨に近付く。

 白いローブを着せて杖を持たせると、あっという間にニセ団長様の出来上がりだ。


『よし、お前は村の広場へ行け。そこでひたすら踊ってこい』


 次に出来たての砦そばの畑に向かい、手を叩いて労働中の元農奴どもの注意を一箇所に集める。

 そしてまたも大きく呪紋を描きながら命じる。


『お前たちも団長に続いて広場へ向かえ。手拍子と踊りも忘れるなよ』


 空中に浮かび上がる呪紋の効果は"熱狂"。   

 最初はキョトンとしていた元農奴たちであったが、その目が熱に浮かされたように血走っていく。

 

 うう、これから後のことを想像しただけで、胸骨が弾き飛びそうだ!

 

 だが、まだ終わりじゃない。

 ぎっしりと馬糞を詰め込んだ手桶を、下僕骨五体にそれぞれ持たせて命じる。


『これを村中に投げつけてこい。手加減はしろよ』


 村への道を駆け出した人間と骨どもを見送った吾輩は、最後の仕上げに取り掛かる。

 

 木立に待機させていた下僕骨六十体には、きちんと武装させておいた。

 全身を黒甲虫の鎧で覆い、先頭の八体には豚鬼どもが使っていた黒い兜が被せてある。


 矢には、一つ目蛙のイボから採取した痺れ毒がタップリ塗りつけ済みだ。

 これで無駄に殺さずに、洞窟に持ち帰ることができるな。


『よし、それでは村へ向かうぞ、付いてこい!』

 

 その号令がタガを外してしまったようだ。

 吾輩の顎が激しく上下に噛み合って、止まらなくなる。


 そう、吾輩が望むものは、紛うこととなき混乱だ!

 もっともっと、頭がおかしくなるほど混乱せねばならないのだ!


 

 ガチガチと激しく笑い歯音を上げる吾輩に率いられながら、骨の軍勢は森を抜けまっすぐ南へ向かい始めた。

 


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