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第百六十一話 不動の滝



 糖蜜作りが終わって一週間、冬の寒さはさらに厳しさを増していた。

 ひらひらと舞っていた粉雪は、いつの間にか地面を覆い尽くし深雪へと姿を変えていく。

 気がつけば生き物の気配はすっかり消え失せて、森は真っ白な静けさに包まれていた。

 

 村でも行き交う馬車の姿はぱったりと減り、通りを出歩く人間はほぼ見掛けなくなった。

 ただし教会の酒場や蒸し風呂なんかは、かなりの賑わいぶりのようである。

 うむ、苦労して作ったかいがあったというものだ。

 折角、集めた魂だ。

 寒さ如きで体調を崩して、無駄死にされたのでは堪らんからな。


 そういえば豚鬼のグニルに聞いたが、農奴どもの中には毎年この時期を乗り切れず、数人が冷たいまま朝を迎えることは当たり前であったそうだ。

 なんと勿体ないことを。


 この村では暖かな煉瓦造りの家に好きなだけ入れる熱い風呂と、元農奴どもには別世界のような環境である。

 なのでもう一生、ここから離れまいと誓う者ばかりらしい。

 もっとも吾輩らを見る度に地面に伏せるのは、そろそろ止めるよう言ってあるのだが……。


 あまり行き過ぎると、吾輩たちが崇める対象になりかねないからな。

 一応、創聖教会に属する村であるから、信仰が別れるのはあまりよくないだろう。

 いや、それならいっそ、新たな宗派を作るのも良いかもしれんな。


 まぁその辺りは、春来節の司教来訪をなんとかしのいでから考えるか。 

 このままだと正体を暴かれて、吾輩たちが消滅しかねない瀬戸際だし。


 聖光耐性は上がってはいるものの、司教の祓滅の秘跡はシュラーとは比べ物にならないほど強いとの話だ。

 まともにピカーを受けたら、今度こそ走馬灯を最後まで見終わってしまう羽目になるぞ。

 かといって司教の訪問を断る訳にもいかんし、上手く誤魔化せるような方法も思いつかん。

 体調不良で欠席も考えてみたが、流石に騎士団全員が休むのは無理があるしな。


 うーむ、最悪、先手を打って黒棺様に全て捧げてしまうという手も……。

 いやいや、ここまで作り上げた村を放棄するのはなぁ。 


 対抗策に煮詰まる吾輩にちょっとした話が持ち込まれたのは、二月最後の週のことであった。

 

『で、滝がどうかしたのか? 五十三番』

『はい、ほぼ動かなくなりました』


 前々から部分凍結していた村の上流の滝であるが、今週の寒波でとうとう全面的に凍ってしまったらしい。


『階段梯子の使用には不便ないのであろう? わざわざ報告に来るような件でもないと思うが』

『ええ、滝裏洞窟には問題なく入れてますよ。お知らせしたかったのは、滝の上のことです』

『滝の上だと?』


 むむ、そうか滝とは水が流れて落ちるものだ。

 それが止まったということは、流れ自体に何かあったということか。


『もしや溜池にも変化があったのか?』

『はい、水面がほぼ凍結したようです』

『ほほう。それは早急に確認しておかねばならんな』


 中々に面白そうな景色っぽいな。

 気分転換には、ちょうど良いだろう。


 翌日、雪晴れとなったので良い機会だと思い、五十三番とロクちゃんに声を掛ける。

 溜池が凍った場合、どのような影響があるか調べておかねばな。


『池が凍るって凄いっすね! 俺っちめっちゃ楽しみっすよ!』

「たのしみー!」

「うん、楽しみだね。ほらビービ、ちゃんと襟巻しなさい」

「息が真っ白だよ! お兄ちゃん」

「うん、そのまま口まで凍りそうだよな。寒くないか? ネリーナ」

「おい、この靴履いてると、雪が冷たくねーべ!」

「ホントだ! この服も凄く暖かいべ!」


 なぜか声を掛けていないニーナと、子供たちまで付いてきていた。

 いつものメンバーや職人の子供らに加え、元農奴の三人の子も加わっている。


『おい、今日は危険性のある調査で、遊びに行くんじゃないぞ』

『だってワーさん、今度釣りに行くときは、俺っちも連れて行くって言ってたっすよ!』

『う、確かに釣り竿を持参しているが、これは湖の水深調査のためであってな』

『そんな言い訳は聞こえないっす! 今日は凍った池で特訓っすよ!』

『倒す!』

「たおーす!」

『まあまあ、吾輩先輩。僕がちゃんと見張っておきますから』


 さり気なく会話に割り込みながら、吾輩へ頷いてくる五十三番。

 うん、いつも本当に頼りになるな。

 結局ここから無下に追い返す訳にも行かず、大勢でゾロゾロと溜池に向かうこととなった。


 滝が凍ったせいで流れが緩やかになったのか、川面のところどころには氷が張っていた。

 滅多にない景色に驚きつつ、騒がしいまま滝へ辿り着く。


 完全にとまでは言わないが、滝は見事に凍りついていた。

 尖った氷柱を幾重にも重ねたまま、白い帯状の塊が崖の側面を上から下まで覆っている。


 いつもは騒がしい滝壺も、音を凍てつかせたかのように静まり返る。

 子供たちもその圧倒的に寒そうな風景を前に、喉まで冷え切ったのか無言で見入っていた。 


 そんな凍結滝の傍らには先客の姿があった。

 軽歩骨兵を引き連れた小柄な骨――吾輩(分)である。


『こんなところで出会うとはな。どこへ向かっている? 吾輩』

『どこって、キノコとトカゲの収穫に決まっておろう。そういう吾輩こそ仕事はどうした? 砦の畑周りの柵は出来たのか』

『いや、まだだが、今日は溜池の調査をしようと思ってな』

『ふぅ、もうあまり時間はないのだぞ。優先すべきことを間違えていないか』


 正論をかざしながら、吾輩(分)は下僕骨とともに階段梯子の奥へと消えていった。


『うーむ。下僕骨と無能力の吾輩の分身で、ダンゴ虫に勝てるのか?』

『大丈夫のようですよ。この間は大ミミズまで捕獲してましたし』

『そうなのか、吾輩もやるものだな。ところでこの洞窟の調査は、五十三番に任せていたはずだが……』

『ええ、通路の調査をしつつトカゲを捕らえていたら時間の無駄になるだろうと、吾輩先輩の分身さんが受け持ちを申し出てくれたんですよ』


 そういう事情だったのか。

 少しばかり気になったので考え込んでいると、滝の上から声が響いてきた。


『おお、これは見事に凍っているっす!』

「凄いですね、ニーナ先生!」

『倒す!』

「たおーす!」


 むむ、もう崖を登り終えたのか。

 吾輩も急がねば!




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