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第百六十話 糖蜜作り



「ふぇっふぇ、いつもありがとうございます。骨の方」


 馴染みの歯抜け笑い浮かべた老婆は、大きく戸を開いて吾輩たちを招き入れてくれた。

 すでに土間のかまどには、赤々と薪がくべられている。


「さ、寒かったぁぁあ!」

「凍っちゃうかと思ったよ」

「さむい!」

「うう、急に冷えてきたな。平気か? ニル」

「……うん、もう大丈夫だよ、兄ちゃん」

「ほらほら、こっち来て火にあたんなせぇ」


 子供たちは抱えていた手桶をそそくさと床に置くと、次々と飛び付くように焚き口へ手をかざす。

 ギュウギュウと押し合いながらかまどに群がる姿は、どことなく小屋の止まり木で身を寄せ合うニワトリたちに似ているな。

 ここ数日の暖かな日和が嘘のように、本日は厳しい冷え込みが来ている……らしいから、無理もないか。

 

『婆ちゃん、これ借りてきてやったっすよ!』

「おやおや、これはまた骨が折れたでしょう。ご苦労様です」

『俺っちと婆ちゃんの仲っすよ。骨臭いことは言いっこなしっす!』


 そう言いながらニーナは、教会から借りてきた大きな鉄鍋をドンとかまどの上に置く。

 この大鍋は、祭時に皆に振る舞う料理を作るための物らしい。

 確か種まき祭りの時に、ダルトンが豚の煮込みを作っていたやつだな。


「では、早速取り掛かるといたしますかのう。まずはここに樹液をお願いします」


 桶に波々と入っている白桃の木の樹液を、こぼさないよう気をつけながら鉄の鍋に流し込んでいく。

 二週間でかなりの量が取れるものだな。


 透明でサラサラした液体を、鍋の縁いっぱいになるまで注ぎ終えると火力を上げる。

 まずは水分を飛ばし、二割ほどになるまで高温で煮詰めるのだそうだ。


 ドロっとしてきたら一旦、きれいな布でこしてゴミなんかを取り除く。

 その後は小さい鍋に移して、コトコトと煮込めば糖蜜の完成である。


 今回は二十四桶分の回収で、一回に処理できるのは六桶分。

 あと三回、同じ工程を繰り返す必要があるわけか。

 まぁ、薪は大量に用意したので、大丈夫であろう。


 作業が始まると、たちまちのうちに甘ったるい匂いが小屋の中に充満しだした。

 一仕事終えた子供たちはエイサン婆に暖かな香茶を入れてもらい、溢れる香りに包まれながら満足そうに吐息をついていた。 


『少し人数が多くて空気が篭っているようだな。暖まったら外で遊んでくるといい』

『倒す!』

「たおーす!」

『じゃあ特訓、行くっすか!』


 今日のお手伝いはロナ姉妹とアル兄弟に加え、大工や鍛冶屋のとこの子供たちも参加している。

 甘いものを作るという噂を聞きつけて、寒さを押しのけてやってきたらしい。

 

 この国では塩に比べると、砂糖は思った以上に流通していない。

 南の地方に生える甘茎草というのを煮出して作るそうだが、かなりの高級品だと村長が言っていたな。


 この糖蜜が安定して作れるようになれば、村の特産物がまた一つ増えるかもしれん。

 よし、完成までつきっきりで、火の面倒を見てやるとするか。


『火加減は吾輩に任せると良い。エイサン婆は調整の指示を頼むぞ』 

「ふぇっふぇ、頼りにしておりますよ」

『ところで少し気になったのだが、どうして明日は雪になると分かったのだ?』


 予想では長年の森暮らしの経験から気候の変化を察しているのだと思うが、分かりやすい予兆があるのなら知っておいて損はなかろう。

 吾輩の問い掛けに、婆さんはひょうひょうと言葉を返す。


「それはですのう、ここのところ耳がよく尖っておりましたからですよ」

『尖る? 雪が降りそうになると、耳に変化が来るのか?』

「ええ、雨が降る時はキュッと縮まりますよ」

『それは何とも変わった特技だな』

「ほんに風の申し子とは、よく言ったものですね」

『うん? …………誰の話だ?』

「そりゃ、もちろん――」


 小ニーナのことだったか。

 たまに耳の羽がパタパタしてると思ったが、あれに意味があったとは……。


 そういえば初めて羽耳族の子を見た時に、村長が話していたな。

 嵐の前触れが分かるから、船乗りに高く売れるだとか。

 てっきり危険を察知する能力かと思ったが、もしかして風自体の変化を読み取っていたのか。

  

「ふぇっふぇ、かなり正確ですからのう。重宝いたしております」


 大風や雪、雨が数日前に分かるとなると、だいぶ、いや物凄く役に立つのではないか?

 作物を育てていく上で大変有能だというのもあるが、他にも色々と――。

 むむむ、これは難しいな。


 小ニーナとエイサン婆の予想通り、翌日から天候が乱れ風に雪が混じりだした。

 白く染まっていく外の景色を横目に、吾輩はひたすらかまどの火を燃やし続ける。


 その間に、ちょこちょこと雑事をこなしていたが。 

 

 まず五十三番に頼んでいた蛙の体液であるが、罠で捉えたネズミで試した結果、やはり痺れ毒であったらしい。

 それと以前に仕掛けた地下通路の罠は、半数以上が壊されていたそうだ。

 次は毒入り餌を試してみると言っていたな。


 次に壁面吸着の調査だが、ロクちゃん曰く壁は倒せたが天井は倒せなかったらしい。

 名前にわざわざ壁面と付いていたのは、ちゃんと理由があったのか。


 ちなみに吸着が使えるのは、ロクちゃんだけである。

 以前は全て能力を網羅していた吾輩であるが、なぜか分裂以降の物は使用不可となっている。

 うーん、まさかな……。


 それと雪が降ったせいで、予定していた燻製小屋などを併設した皮なめし工房の建設も延期になった。

 これは三月に入ってから作業しても、十分に間に合いそうなので焦る必要はないか。

 それとエイサン婆さんのこの庵も、もう少し大きなものに建て替えてやらねばな。 


 予定外の時間が出来た大工であるが、練習を兼ねて弟子たちに洗濯板を大量に作らせると言っていた。

 商人どもに売り払うと意気込んでいたが、吾輩の見立てではあまり売れはしないだろうな。


 あとはニーナの話だと、雪のせいで外出を控えた子供たちは、家の中で吾輩(分)と仲良く遊んでいるらしい。

 それとタイタスが、吾輩(分)が猪やニワトリの世話をよく伝手立ってくれるので助かるとも言っていたな。

 うむ、流石は吾輩だけのことはある。

 

 三日後、空気は冷え込んだままだが、ようやく雪が止む。

 そして濃い茶色の液体に仕上がった白桃の木の樹液は、十個の大瓶に収まることとなった。


 一つは婆さんに、もう一つは教会へ。

 そして三個の大瓶は、小分けして近所組に配ることにした。


 残りの五個は、吾輩の手元に残しておく。

 これは村に何らかの貢献をした時に、報奨として出すとするかな。

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