第百五十九話 余寒の候
当てが外れたからといって、立ち止まっている時間はない。
なにせ、やるべき仕事が山積みなのだ。
特に畑仕事は農閑期とはいえ、冬の間にやっておくべきことはかなり多い。
その中でも重要なのは、春の作付けに向けての土作りだ。
去年、大量の丸芋を育てた裏の畑であるが、同じ作物を作り続けるとどうも土が痩せてくるらしい。
言われてみれば、確かに土の精霊が減っている。
なので今のうちに畑を全て掘り返し、寒気によく晒してから、腐葉土を埋め込む作業を施した。
ついでに村の畑の方にも、腐葉土を運ばせておく。
なんせ黒樹林の辺りには、まだまだ足が埋まるほどにあるからな。
以前の村では各家庭で出た生ゴミを豚の餌にして、その豚のウンコに藁を混ぜて肥料を作っていたのだとか。
だが圃場の面積が二倍近くになり、それだけでは足りなくなってきたのが現状だ。
もっともウンコ自体は、目に余ってると言ってもいい。
商人の馬車が頻繁に出入りするせいで、道端によく馬糞が落ちているようになったのだ。
それと話が少しそれるが、現在の村は川に突き出す感じで公衆便所が設えてある。
うむ、全て川に垂れ流し状態だ。
この便所がかなり寒い上に、数が少ないので不便に感じている人間が多いらしい。
便所の状態や馬糞の件は、衛生的にあまりよろしくないと教母シュラーから話が来ている。
あと利用者が増えて、川下の男爵領から苦情が来るかもと村長が心配していたな。
この辺りも春までに何とかしようと、色々構想を練っているところだ。
また話を畑に戻すが、現在、盗賊どもが使っていた砦周りを開拓して圃場を広げていたりする。
ついでに村との柵付き道まで、作っていたりもしている。
これは元農奴たちのために準備をしているのだ。
なんでそんな場所にわざわざ作っているのかというと、三つほど理由がある。
一つ目は、川のこちら側を開拓しすぎると、黒棺様の洞窟近くまで開けてしまうという難点だ。
いつかは洞窟を建物に変えて村に紛れ込ます予定であるが、今はまだ早いと思われる。
二つ目は、前からの村人たちと差をつけるためだ。
言うなれば、使い勝手の悪さをあえて出した感じか。
村から少し歩かねばならないし、水源である川からも距離がある。
利便性の高い耕作地を、ポンと煉瓦通りの近くに作ってしまうと、また不満の声が出て来るかもしれんしな。
三つ目は、盗賊どもが元から畑として使っていたので、手を入れる必要が少なかった点だ。
しかしながら半年以上も放置されていたので、雑草だらけだったりもしたが。
なので今は、吾輩(分)にも手伝ってもらって、せっせと畑予定の場所を深く掘っている最中だ。
これは天地返しとかいうやり方らしい。
深い部分の土を掘り起こすことで、地面の中で冬をやり過ごそうとしていた害虫の卵や雑草の根を退治する法である。
そしてもっとも寒い時季が過ぎれば、次は腐葉土を埋めて畝を作る作業が待っている。
この畝作りだが、以前に村の畑の畝が不揃いだと感じたことがあった。
だがあれは栽培物や太陽の日照時間を考えて、高さや向きを調整して変えていたらしい。
やはりその辺りの経験や薀蓄は、まだまだ村人どもに敵わないようだ。
それを踏まえて、畝作りには農作業指導役を村から何人か出すように命じてある。
最初は村長を呼び出そうかと思ったが、雑務が多すぎて自分の畑でさえもあまり見回れていない有り様だしな。
子爵領の耕作地ではそういった工夫はほぼされてないと、浴場の女衆を通じて判明していた。
元農奴どもも、これからは生産性の高いやり方を学んでくれるだろう。
この畑の拡張とともに、並行して進めている作業がある。
それは住民台帳作りだ。
今までは小規模な村だったので良かったが、人口が百人を越えたのでついにアレが発生したのだ。
アレとは創聖教会への上納金である。
シュラーが助祭となれば、今後は村から毎年、中央会へ一定額を納めなければならない。
もっとも、この金には様々な見返りがついてくる。
水車の設置や、ガラスの使用許可、それに癒やしの術を持つ教母の常時派遣等。
額自体は村の公庫から出せないほどでもないが、良い機会だから義務を背負わせようという話になったのである。
自分たちが働いて得たモノを納めることで、自分たちの村である認識がより強くなるだろうと。
全て吾輩らがお膳立てしてしまうと、愛着も薄れ平気で見捨てることになりかねない。
と、反省したのだ。
それに元農奴たちには、そういった気持が特に薄いと思われる。
なので年貢に加えて、元農奴たちからは、土地代も徴収することにした。
と言ってもこれは最初に無料で土地を下げ渡す代わりに、収穫物の一部を土地の代金として後納させるといった仕組みである。
そのため最終的には、土地の所有権は彼らに移ることとなる。
只で土地を譲渡すると、また簡単に取り上げられてしまうのではとの不安がつきまとってしまう。
それを解消し、さらに多く実れば実るだけ、納めた残りは自分の物にして良いとなれば、やる気も俄然出てくるという訳だ。
もちろん、土地代を含めた租税額は二割程度に収めておいた。
それらを管理するために台帳を作り、同時に村の住民である意識を高めていこうという魂胆である。
さらにもう一つ、この台帳制作に並行してある制度を進めている。
それは村人同士で助け合う近所組という仕組みだ。
隣り五軒を一組とし、各家で困ったことが起きれば互いに助力して支え合うようにしてはと考えたのだ。
なぜ五軒なのかというと、この制度を決める際に骨仲間で話し合った際、五という数字は非常にまとまりが良いと気付いたせいである。
これが四か六だと、意見の対立があった場合、簡単に二つに別れて決定力を失いがちだ。
かといって三だと、今度は別れた際に片方が孤立してしまうという危険をはらむ。
その点で五ならば、少なくとも多数よりの意見を採用しやすくなる利点がある。
この近所組であるが、連帯責任という考えも取り入れている。
どこかの家が問題を起こした場合、それを含む組ごと処罰が行われるというものだ。
そうすればより真剣に取り組むだろうし、互いの動向に目を光らせることにもつながる。
ま、それが一番の狙いであるが。
この村を裏切る大きな理由として、生活の困窮があると思える。
それを村人同士で補い助け合うことで、結束を強固にしていこうという狙いだ。
さらにもう一つ、競争力を高めるという狙いもある。
ニーナを見ているとよく分かるが、競い合うことはより大きな成果に結びつきやすい。
だからこそ競争単位が分かりやすい枠組みを、あえて作ってみせたのだ。
そしてそれらの仕事とは別に、吾輩ら自身のやるべきことも沢山あった。
とうとう、滝裏洞窟に下僕骨たちを搬入できる階段梯子が完成したのだ。
これによって滝裏洞窟の攻略は一気に――進んではいない。
吾輩が忙しくて同行できないため、調査だけに留めるよう言いつけてあるからな。
そんな吾輩の仕事ぶりであるが、朝から日暮れまではひたすら森の木々を引っこ抜いては、乾燥させ薪に変えて村に配る。
空いた土地は土の精霊術で地面を大きくひっくり返したあと、下僕骨たちに土を細かくさせる作業を命令せねばならない。
日が沈めば粘土をこねて、ひたすら煉瓦焼きである。
その合間に、台帳作りや村長たちとの合議もこなす必要がある。
タイタスたちも忙しいようだ。
昼間は花園や真っ黒池で生き物を捕獲し、また侵入者がないか西の森の見回りもしている。
そして夜になると滝裏洞窟の探索と。
五十三番の報告では、東に伸びる蜘蛛の巣道は順調に踏破済みだそうだ。
蜘蛛の大きさは一抱えほどもあり、前に見たのよりも黒みが増していたとか。
当然、空き時間には教母シュラーとの聖光耐性上げや、対戦稽古も欠かしていない。
ただ予想していた通り、後になるほど上がりが悪くなってきているらしい。
そんな感じで二月も半ば過ぎようとしていた。
『おーい、吾輩。こっちの土起こしは終わったぞ。そっちはどう――何をしている?』
『む、ちょっとした訓練だ。道の柵なら七割完成といったとこだな』
吾輩が声を掛けると、子供たちと輪になっていた吾輩(分)が振り向く。
どうもまた小ニーナや双子たちと、踊って遊んでいたようだ。
何が楽しいのかよく分からんが、小さい吾輩は暇を見ては子供たちと戯れてる。
最近はロクちゃんたちが忙しいので、代わりに面倒を見ているとは言っていたが……。
「ちびだん、次なにして遊ぶ?」
「おままごとする?」
「あそぶ!」
「僕、家の手伝いをしないと……」
『よし、猪乗りでもするか』
「猪! 乗っていいの? 行こう行こう!」
「えっ、ニル、かえんないの?」
「帰るなんていってないよ!」
『じゃあ、飼育場まで競争するか!』
おいおい、なんで全力で遊んでいるのだ? 吾輩(分)は。
注意しようと顎を開いた瞬間、先を見越したように小さな骨が歯音を発する。
『そうそう、エイサン婆が言ってたぞ。明後日辺り雪になるから、それまでに樹液の桶を回収しといて欲しいとな』