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第百五十八話 瞳の奥に潜むもの



 釣り上げた金色の蛙は、糸の先を切って手桶に落とし素早く蓋を閉める。

 この蓋付きの桶は樹液集めに使ったのを、便利そうだと大工に追加で作らせたものだ。

 そのせいで梯子の制作が一日、遅れることとなったが。


 捕獲されて諦めの境地に入ったのか、蛙はピタリと鳴くのを止めた。

 いや、暗くなったせいかもしれんがな。


 静かになった途端、駆け寄ってきたロクちゃんと小ニーナが、桶の側にしゃがんでツンツンと突き出す。


『倒した?』

「ケロケロ?」


 不思議そうに桶の蓋を少しだけ開けて中を覗き込んでいたロクちゃんだが、吾輩が金色の蛙をあっさり捕獲したことに納得したのか、立ち上がって手を伸ばしてくる。

 久しぶりに頭骨を撫でられていると、小ニーナがパチパチと懸命に手を叩き始めた。

 うむ、悪くないな。


『お見事でしたよ、吾輩先輩。もう少し釣ってから戻りますか?』

『ふふふ、そうだな。普通の蛙との差も確認しておきたいしな』


 顎を持ち上げながら竿を立てると、ニーナがシュタッと音がしそうな勢いで吾輩の前に立つ。

 ほほう、これはまた蛙以上の食い付きぶりだな。


『ワーさん、ワーさん! 俺っちもそれやりたいっす!』

『そうかそうか。よし、まずは竿の振り方から教えるぞ』

『いや、一度見たから余裕っすよ』

『ふふ、これだから素人は。竿と言うものはな、握ってまず三ヶ月はひたすら手に馴染ませ――』

『あ、釣れたっす』

『俺にもやらせてくれよ。おいおい、これ拍子抜けするほど簡単じゃねぇか』

『倒す!』

「たおすー!」 

『ロク助とチビ助もやってみるか? お、上手い上手い』

『…………あ、あの、吾輩先輩?』

『ほら、ゴーさんもやってみろよ。これなら誰でも出来そうだぞ』

『………………せ、先輩、もうお帰りになるんですか? ちょ、ちょっと待って下さい!』


 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。


 なぜか記憶があやふやだが、気がつくと吾輩は黒棺様の洞窟の前にいた。

 いつの間にか手に下げていた桶からは、ズッシリと重みが伝わってくる。

 そっと蓋を開けると、一つ目の蛙どもが大量に詰まっていた。


 ふむ…………あ、そうか、吾輩が釣り上げたんだったな。


『では、早速捧げるとするか!』

『良かった。やっと吾輩先輩の意識が戻ったみたいです』

『よし、この件にはもう触れるなよ。そっとしておこうぜ』

『都合の悪いことは忘れるなんて、ワーさんはダメダメっすね!』

『たおすー!』

「ダメダメ!」


 全く何を騒いでいるんだ、アイツらは。

 放置して奥へ進むと、棺に寄り添うように立つ小柄な姿が目に入る。


 子供用の服を着込み、帽子をすっぽりかぶって、襟巻を目元までグルグル巻きにした骨。

 吾輩の分身である。


 どうも体が貧弱過ぎるとのことで服を借りて着せてみたのだが、子供服に顔だけ骸骨というのが存外に評判が悪かったのだ。

 アル曰く、何だかゾッとするのだそうだ。

 可愛いと不気味の瀬戸際というヤツであろうか……、吾輩にはよく分からん感覚だ。

 仕方なく顔を隠すと、少し子供らしく見えるようになったのは不思議であるが。


『やっと戻ったのか。待ちわびたぞ、吾輩』

『もう、畑仕事は終わったのか? 吾輩』

『土作りなら、たっぷり腐葉土を混ぜて耕しておいたぞ。砦の道の整備の方は半分ほどだ。まぁ、あと二、三週間で出来上がるだろう』

『そうか、なら近いうちに砦の畑の拡張もやっておかねばな』

『いや、それよりも梯子がそろそろ出来上がるのだろう。滝裏洞窟の攻略を優先すべきでは?』

『洞窟は逃げはせんが、種蒔の時期は有限だからな。焦らずとも、まだキノコとトカゲの収穫だけで十分だと思うが』

『今、最優先すべきは四月の春来節への対策だろう。そのためにも――』

『それについては異論はない。だからこそ、見ろ、この成果を』


 蛙が詰まった手桶を差し出すと、吾輩(分)は飛び付くように覗き込む。

 

『おお、でかした。命数は1か。さて能力は――お、壁面吸着か』

『せっかちな吾輩だな。背中のイボの体液を調べておきたいから、少し残しておいてくれよ』

『蛙だからくっつくのか。…………ふむ。ふむふむ』

『かなり使い勝手は良さそうか。しかも、今回はコレで終わりじゃないぞ』


 吾輩が指を鳴らすと、ロクちゃんがもう一つの手桶を持ってくる。

 またも急いで覗き込んだ吾輩(分)は、大きく眼窩を開いた。


『な、何だこれは! 金色に光って見えるぞ!』

『おそらくだが特殊な個体のようだ。さて、どんな能力持ちか調べるとするか』

『いや、待て!』


 桶の周りで小ニーナと仲良く奇態な踊りを繰り広げていた吾輩(分)が、慌てたように歯音を上げる。


『どうかしましたか? 小さい吾輩先輩』

『少し気になることがあってな。……そうか、上がったのはこいつの奇妙な影響力のせいか!』

『その影響力とやらを早く解き明かしたいので、桶をサッサと渡してくれるか、吾輩』

『慌てるな、吾輩。その前に、黒棺様をよく見てみろ。変わった箇所はもう一つあるぞ』


 吾輩(分)が意味ありげに指摘するので、側面を眺めてみる。

 能力に壁面吸着と……、おっ、呪紋耐性とやらが2になっているな。

 と思ったら3に!

 

 驚いて振り向くと、吾輩(分)が金色の蛙が入った桶に顔面を突っ込んでいた。


『何してんだ? ワガチビさんは。そんなに蛙が気に入ったのか?』

『俺っちも、もっと見たいっす!』

「たおす!」


 ニーナと小ニーナも、横から顔を割り込ませようとジタバタしている。


『お前らは耐性があるから上がりにくいだろう。その点、吾輩のこの体なら、さほど時間は掛からんはずだ』


 なるほど、良い着眼点だな。

 どうやらあの金色蛙は、呪紋という物を使って攻撃を回避していたようだ。

 

 耐性は攻撃を受けた際に上がるが、その時に体が崩壊するとほぼ上がらない。

 だがこの呪紋とやらは、その点の心配がない。

 なので耐性のない分身が受けることで、どんどん上がるということか。


 その後、二時間ほどそのままにして、呪紋耐性は6で頭打ちとなった。 

 これ以上は上がらないだろうと見切りをつけ、金色の蛙を棺へ投げ込む。


 結果、能力が追加となる。

 同じ種族でも特別な個体は、さらに違う能力も保持していることが明らかとなったな。

 能力が個別なのは人間だけかと思っていたが、また違った可能性が出てきたか。


『魔術の心得?』

『精霊術と同じようなモノでしょうか? 僕には無理そうですけど、吾輩先輩はどうですか?』

『……………………いや、それらしい感覚は浮かんで来んな』

『うう、俺っちも無理みたいっす! またまた悔しいっす!』

『たおーす!』

『俺もサッパリだな。しっかし、全能力を網羅してきた吾輩さんでも無理って、まだ何か足りてねぇのか?』

 

 うむむむ、能力を得たものの使い方が分からないとは……。

 棺の文字を偽装出来る能力なら、春来節の時に何とか誤魔化せるかと期待していたのだが。

 やはり地道に、聖光耐性を上げて我慢するしかないのか……。

 

 考え込む吾輩を横目に、吾輩(分)が立ち上がって洞窟の外へ向かい始める。


『どこへ行く? 吾輩』

『砦への道作りに決っている。のん気に休んでいる暇なぞないからな』

『なら一度、吸収して――』

『わざわざ無駄な時間を取る気か? 記憶ならもっと溜め込んでから、同化すれば良いだろう。それよりも砦の畑を広げるなら、道々で仕事の分担を話し合わないか?』

『それは妙案だな。よし、一緒に行くとするか』


 半日の努力が空振りに終わり、やや落ち込みかけていたが、吾輩(分)のキッパリとした態度で切り替えできたな。

 うむ、流石は吾輩の分身だ。



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