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第百五十三話 冬の森


 勇気あるダルトンの義弟は、修道騎士団に加入したということになった。

 真相に関しては、村会議の出席者のみに明かしてある。

 王都帰りの気弱そうな青年の選択は、教会の酒場でちょっとした噂になったらしい。


 ま、吾輩たちの正体を知っている村人なら、大きく騒ぎはしないだろう。

 面白いのはこの話が広まって、元農奴からも入団希望者が三人ほど出たことだ。

 気に入ったので、生身のまま見習いとして採用することにした。

 扱いがやや面倒であるが、保険は多いほうが良いからな。


 しかし今回は比較的楽に見つけ出せたが、今後も同じような問題が起こらないとは言い切れん。

 こういったことに時間を取られるのは、あまり愉快な気持ちはせんな。


 …………何かしらの対応策を考えておくべきか。

  

 村会議の三日後、樹液取りの筒と手桶が揃ったと大工から連絡があった。

 筒の先端は斜めになって幹に刺さりやすく、反対側には手桶を引っ掛ける窪みがちゃんとついている。

 手桶の方も樹液用の穴があいた蓋が付いており、満足のいく仕上がりであった。

 すぐさま下僕骨に持たせて、エイサン婆の家に向かう。


 すでに参加者たちは、家の前で吾輩の到着を待ちわびていた。

 着膨れした幼児どもが、押し合いして暖を取る笑い声が畑の方まで聞こえてくる。


『今日の参加者は、……いつも通りのようだな』 

『なんだかよく分かんないっすけど、競争なら俺っちの上腕骨の見せどころっすよ!』

『倒す!』

「たおーす!」

「木の汁がすっごくあっまいらしいよ!」

「ドキドキするね。ほっぺた落ちるかも!」

「ぼ、僕、家で遊んでたいのに……」

「今日はよろしくお願いします、御使い様。あの、お寒いようでしたら、手をおつなぎしますか? 御使い様が下さったこのミトン、すっごく暖かいんですよ」


 吾輩とロクちゃんにニーナ、小ニーナ。

 あとは双子とニルにロナと、馴染んだ顔ぶれである。

 

 アルは来ていない。

 今日はいい加減、地下通路のネズミを駆除しようという話が出て、武器の練習を兼ねてそっちに同行中なのだ。

 いつものごとく、ちょっと運が足りてない少年である。


 実は一週間ほど前に、捉えてきたトカゲを数匹、地下通路に離しておいたのだ。

 餌をたっぷり食わして、太らしてみようという魂胆である。

 だが、結果は逆。


 昨夜、地下通路で吾輩が見つけたのは。返り討ちにあって食い散らかされたトカゲの死体だった。

 どうやら増えすぎたせいで、予想以上にアイツらは凶悪化していたようだ。


 とは言え、所詮はネズミ。

 少年の特訓の成果を見るのは、ちょうど良い相手だろうと参加を許可したのだ。

 それにいざとなっても、タイタスや五十三番、それに吾輩・・がついているから大丈夫であろうし。

 

『婆ちゃん、留守番よろしくっすよ! たっぷり木を絞ってきてやるっす』

『倒す!』

「だんちょ、早く行こうよ!」

「いこー!」


 双子と小ニーナがはしゃぎながら、我先にと森へ入っていく。

 その後に置いていかれまいと、慌てた顔でニルが追いかける。


 油断しきった態度のニーナと相変わらず足音を立てないロクちゃんが続き、最後に吾輩と手を繋いだロナがのんびりついていく。

 あ、もちろん、吾輩の背後には手桶を抱えた下僕骨たちのお供が居るが。


 冬支度で葉がすっかり落ちたせいで、昼間の森はいつもの数倍明るく開けた感じになっていた。

 

 ただ量を増した日差しとは逆に、生き物の気配はほぼ失せてしまっている。

 せいぜい、落ち葉の下でカサカサと動いている程度だ。

 このところ村周りや川沿いばかり移動していたので、改めて感じる森の変化はなかなかに新鮮である。


『冬の森は意外と静かなだな』

「なんだか、気持ちが落ち着きますね」


 吾輩の横を歩きながら、ロナは楽しげに足元の木の根を飛び越える。

 枯れ葉を踏む賑やかな音が響き、少女はびっくりした顔を見せた。


 白い息を吐きながら急かすように吾輩の手を引っ張って、ロナは次々と枯れ葉を踏み始める。

 出会った頃に比べると随分と大人びて見えるようになったが、まだまだ年相応の子供らしさは残っていたようだ。 

 

 ちょっとした行楽気分のまま、吾輩たちは最初の白桃の木に到着した。


『まずは穴を開けるんだったな』

『ここは俺っちに任せるっすよ。装備はバッチリっす!』

『倒せ!』


 樹液は幹の中ほどを流れているので、そこまで管が届くよう穴を穿つ必要がある。

 早速、ニーナは大工に借りてきた(キリ)を、樹皮にあてがい回そうと試みるが……。


「ぷふふ、おっきい骨さんがクルクルしてる!」

「ぜんぜん、穴、開いてないよ!」

『何すかこれ? さっぱり回んないっすよ! あとチビどもに笑われてめっちゃ傷ついたっすよ!』


 ニーナの嵌めている篭手は指の関節まで動く精密なやつなのだが、細い錐を回すのにはあまりにも不向きだったようだ。

 空回りして、上手く突き刺さらないのか。


『倒す!』

「たおせー!」

 

 ロクちゃんがニーナから錐を奪い取り、なぜかいきなり幹に突き立てた。

 そのまま目にも留まらぬ速さで、ロクちゃんの腕が前後する。


 鮮やかな三連突が放たれ――錐の先が見事にへし曲がった。

 当たり前だ。


『……たおした』 

「まがった!」


 しょんぼりと肩甲骨を下に向けるロクちゃんに、小ニーナがギュッと抱きついて慰めている。

 その頭をポンポンと撫でるロクちゃん。

 それっぽく良い雰囲気だが、道具を雑に扱っては駄目だろう。


『仕方ない。ここは吾輩がやるしかないようだな』

「だんちょ、がんばれー!」

「がんばー!」


 双子の黄色い声援を受けながら、吾輩は白桃の木に手を当てた。

 予想していた通り、樹液に含まれる水の精霊の流れがハッキリ手に取るように伝わってくる。


 まずはこれを一箇所に集めて――水凝。

 次に樹液を塊にしてから、こちらへ引き寄せると。

 

 空っぽの頭骨内に思い浮かべるのは、手酷い損害を与えてきた白ワニの姿だ。

 あの時のように水を球状にして、…………むむ、思った以上に堅いな。


 遠くに飛ばすなら球でいいが、穴を開けるだけなら錐のように尖ったほうが合っているのか。

 イメージを変えて、細く細く伸ばしていく。


 お、これだ。


 サクサクと木の繊維を貫きながら、吾輩の手元まで樹液が到達する。

 一度貫通したら、後は簡単だ。


 樹液をもっと集めて、穴を少しずつ広げていく。

 よし、仕上げに筒を差し込んでと。

 ポタリと垂れてきた樹液に、食いしん坊どもがすぐに反応する。


「あ、お水出てきたよ!」

「これが甘いの?」

 

 樹液は無色透明の液体だった。どことなく白いのを想像していたのだが。

 急いで手桶を筒に取り付けながら、子供たちに少し味見をさせてみる。


「う、うーん。甘いかな?」

「ちょっと甘い?」

「あまいー!」

「これ、薄い……」

「ほんのりと甘味がします。サラッとしてて、思ったのとは少し違いましたけど、これはこれで美味しいですね」


 このまま二週間ほど放っておけば、桶一杯まで貯まるらしい。

 それを大鍋で半分以下になるまで煮詰めると、茶色い蜜が出来上がるのだそうだ。


 水の精霊を使って一気に樹液を引き寄せれば、すぐに溜まりそうだが、水分を失った木は枯れてしまうだろう。

 時間を掛けてゆっくり集めるしかない。

 ちなみにこの一月の終わりから二月の頭は、少しだけ寒さが和らぐので樹液の出が非常に良くなるそうだ。


『たしか龍の息吹とか呼ばれているんだったな』

『いえ、龍のイビキですよ』


 火吹き山に棲む火龍は一年中眠っているが、寒さが厳しいこの時期は少しだけ眠りが浅くなるのだと。

 その影響で十日ほどだけ、うっすらと陽気が戻ってくるらしい。


 眠っていても天候に影響を与えるとは、そら恐ろしい生き物だな……。

 まぁ今は恩恵をありがたく受け取るとするか。

 やり方は分かったし、サクサクと他の木を回るとしよう。


「やっぱり御使い様が、一番頼りになりますね」

『く、悔しいっす! 穴開けの競争の一番は、ワーさんに譲るしかないっす』


 あんまり嬉しくはない一番である。

 そんな感じで日が落ちる前に、全部の白桃の木を回ることが出来た。


 子供たちも久しぶりに森の中で遊べて、とても満足したようだ。

 手桶の回収日が、今から楽しみになってきたな。

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