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第百五十一話 あぶり出し



 うーむ、今この場にいる人間たちは、吾輩が手助けすることで利益を享受している者ばかりだ。

 その立場をわざわざ捨ててまで、吾輩を排除したがる訳が思いつかないな。

 ま、それを言い出すと、村全体でも生活が楽になった者ばかりで、裏切られるような覚えはないのだがな。


 仮に村人が内通するような理由を考えるなら、一つ目は格差だろうか。

 村に集まる富が、吾輩の役に立つ人間ばかりに集まりだしている。

 これに不満を感じる輩の仕業。


 もう一つは、元農奴を受け入れることに異議を唱えた連中。

 下に見ていた存在が、同等以上に扱われることに耐え切れなかったと。

 煉瓦の家などは、ちょっと優遇しすぎたか。


 ただ理由がそうだとしても、吾輩たちを追い出せばこの村が立ち行かなくなることは明白である。

 裏切りの代償として、自らも破滅するような愚かな真似をするだろうか。

 …………いや、普通はせんだろう。


 しかし、現に内通してるということは、何らかの公算があると考えるべきか。

 例えば子爵の手引きをしたことで、利益にありつける立場になれるような……。

 

 それと子爵側が協力する理由、つまり利益であるが、ちょっとした橋の通行料やちっぽけな農地なぞを欲しがるはずもない。

 ずばり子爵の狙いは、黒絹糸の売上であろう。

 だがここに居るメンバーは、糸は吾輩たちでないと手に入らないと知っている。

 

 現時点で利益を十分に得ている。

 格差や元農奴への不満はない。

 子爵の手助けがあっても、この村の最大の収入源である黒絹糸の確保は難しいと知っている。


 以上の点を踏まえると、やはり村会議の参加者は内通者ではないという結論に至るな。

 もっとも吾輩の考えが及ばない思惑があるかもしれんが、そこを疑い出すともうキリがない。

 いや、一応、確かめておくか。


『少し皆に尋ねたいことがある。心して聞いてくれ』


 明るい知らせに盛り上がっていたテーブルの雰囲気は、吾輩の一言で水を指されたように静かになった。

 神妙な顔になった皆の顔を見回して、吾輩は言葉を続ける。


『よし、まずは目をつぶってくれ』

「いきなり、どうしたんでさ? 王様」

「目を閉じればいいんでしょうか?」

『うむ、全員、閉じたな』


 皆が目蓋が閉じたことを確認して、吾輩は出来るだけ厳しい歯音を立てた。


『この中で吾輩に対し、やましい行いをした者が居るな。心当たりがある者は黙って手を上げてみせろ』


 エイサン婆を除いた全員に、驚いたように身を震わせた。

 緊張で顔を強張らながらも、テーブルの住人たちは周囲の気配を何とか探ろうとしている。

 だが目をつむっている以上、お互いの様子は分からない。


 やがて観念したのか、おずおずと手が動いた。 


『…………全員だと』


 思わず漏らした歯音に、婆さん以外が慌てて目を開く。

 そして隣人が手を上げている様子に、驚きで口まであんぐりと開いた。


『まさか、村長にまで裏切られるとはな……』

「き、聞いてください、骨王様! つい魔が差しただけなのです。どうか、どうかお許しを」

『お前は自分がしたことが分かっているのか? この村を守ると誓ってみせたのは、偽りだったのか?』

「あの誓には俺の魂が篭っております。嘘偽りはないと――」

『ならば、どうしてこの村を失うような真似をした!』

「え?! …………火酒で……村が危ない?」

『火酒……、何の話だ?』

 

 吾輩と村長のやり取りを、固唾を呑んで聞いていた鍛冶屋のウンドがポンッと手を打つ。


「ああ、あの新奉祭で飲ませてくれた酒か? えらい美味かったな、あれ」

「確かにあの酒は別格でしたな。喉が焼けるかと思ったら、カァッと酔いが回って」


 ダルトンの補足に、村長は嬉しそうに相槌を打つ。

 そして吾輩の視線に気づいたのか、慌てて真面目な顔に戻った。


『さっぱり分からんが、その火酒というのが後ろ暗いことなのか?』

「すみません! どうしても手持ちの金が足らなくて」


 どうも商人に勧められた最高級の酒を、皆と新奉祭で飲みたくて村の金庫からこっそり金を借りたらしい。

 全くもって、心底どうでも良い話である。


『返す必要なぞない。雑費で処理しておけ。何かと思えば下らん』

「あ、ありがとうございます、骨王様」

『まさかと思うが、お前たちのは全部似たような話じゃなかろうな。ウンドは何だ?』

「へ、へい。こないだのダンゴ虫ですが、意外と硬くて。その全部、失敗しちまったんで……」

『それか。道理で報告にないと思っていたが。明日にでも新しい殻を届けさせる。今度は工夫してみせろ』

「任せてくだせぇ! 王様」


 調子は良いんだがな、調子は。

 ジロリとテーブルの面々を睨むと、シュラーがビクリと身を震わせた。


 そしてチラチラと、横に座るエイサン婆へ視線を向ける。


『怒らないから話してみろ、シュラー』

「…………はい。そのこっそり、御使い様の秘密について……、そのエイサン様に、ご相談を」

『吾輩の秘密だと!』


 まさか、黒棺様の存在が知られたのか?

 焦りでわずかに下顎骨を震わせる吾輩へ、シュラーは申し訳なそうに言葉を続ける。


「御使い様の頭骨内にある紋様についてです。昨年、カラスが咥えてきた欠片の――」


 五十三番が消えかけたと焦った事件か。

 そういえば欠片を受け取った時、シュラーもあの場に居たな。


「エイサン様も以前に御使い様のお仲間の方のお世話しておられたので、心当たりを尋ねてみましたら、違う紋様があったとのお話がありまして」

『なるほど、吾輩に黙ってそれを調べていたと』

「申し訳ありません! その……少しばかり、見覚えがあったもので」

『ふむ、それで?』

「はい?」

『あの模様について何が分かったのだ?』

「そ、それなんですが。結局、よく思い出せなくて……」

 

 以前に何かの書物で見たのは、確かなのだそうだ。

 それで今度来る司教に、手紙で創聖教典を何冊か持参して頂くようお願いしたらしい。

 なかなかに探究心が旺盛だな。


 これに関しては吾輩も是非知りたいので、今回は許すことにしよう。


『エイサン婆のもそれ絡みか?』

「いえいえ、頼んでた樹液取りは、どうなされたかお聞きしたいと思いましてな。早うせんと、暖かくなってしまっては良い蜜が採れませんからのう」

『う、大工に桶と筒は注文してある。今週末には取り掛かる予定だ』

「ふぇっふぇ、それを聞いて安心しました」

 

 全くもって後ろ暗い話ではないな。


『ダルトンも似たような話か?』

「えっ、あっと、その、はい…………、似たような話です」

『なら後で聞こう。それよりも大事な話がある。内通者の話だ』


 吾輩の一言で、皆が一斉に真剣な表情に戻った。

 尋問辺りは適当にぼかしながら、かいつまんで状況を説明する。

 

 農奴たちに混じって、子爵の手先が潜り込んでいたこと。

 次の春来節の司教の来訪の際に、何かを仕掛けてくる可能性が高いこと。

 そして村の中に、子爵側に通じる裏切り者が存在すること。


 吾輩の話が終わると、一同はショックを受けたのか一様に黙り込んでしまう。

 もっとも婆さんだけは、いつも変わらぬひょうひょうとした顔をしていたが。 


『それで尋ねておきたい。この村で文字を書ける人間はどれほど居る?』


 口頭で村の情報を細かに伝えるというのは、少し無理があるだろう。

 緊急時に手紙を商人に託すというやり方を聞いて、内通者も同じ手段を使っているのではと思い付いたのだ。

 

 そういえば連絡用の手紙だが、宛先は子爵領のニッジレアという街の教会になっていた。

 宛名はなく、中身も創世の母神に感謝するといっただけの当たり障りのない文面であった。


「私と娘のロナは読み書きができますね。でもあの子、勉強はサボってばかりで……」

「俺は少し読めるだけで、書くのは無理でさぁ。ロドロやエッジも似たようなもんだと思いますぜ」

「私と妻も読み書きには不自由はしませんね。あと義弟も王都へ働きに出てましたので……」

「少しなら俺も読み書きはできます。実は息子のアルの方が得意なんですがね」

「ふぇっふぇ、最近はとんと目が悪くなりましてのう」


 む、アルとロナは読み書きができたのか。

 なんだか、ちょいと引っ掛かるような……。

 ふむ、後で確認しておくか。


 話を戻すと、他の村人はほぼ読み書きはできないらしい。

 手紙などは、とうてい無理だそうだ。


 農奴どもはさらに不可能だろうな。

 目立って怪しい人間は居ないと。いや、何か知ってそうなのが一人居るな。

 

 心当たりを見つけた吾輩は、空っぽの眼窩を小太りの男へ向ける。

 吾輩の素振りに気づいたのか、ダルトンはゴクリと生唾を飲み込んでみせた。



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