第百五十話 問題の発覚
熱泉や地底湖、蜘蛛の巣といった障害が発覚したので、滝裏洞窟の調査は一旦中断することにした。
ただし、キノコやトカゲの回収自体は続けるつもりである。
本格的な探索の再開は、梯子が完成して下僕骨部隊を連れて行けるようになってからだな。
五十三番には気にするなといったが、やはり吾輩らの誰かが欠けることはどうしても避けておきたい。
下僕骨がいれば緊急時の損害をある程度、負担させることが出来るだろうし。
正直、この前の五十三番欠片事件のようなのは、もう二度と勘弁して欲しいからな。
この判断に関して、タイタスとニーナは少し不服そうであった。
どうも吾輩たちとは違い、あの二体にはより強い魂を集めろ的な命令が刻まれているような気がする。
無茶はしてほしくないが、かと言ってやる気を削ぐわけにいかず悩みどころである。
もっともそれについては、今回持ち帰った黒い泥が解決策になるかもしれん。
命数らしきものはなかった生き物だが、代わりにとんでもない能力をもたらしてくれたのだ。
まだどれほど使えるかは検証中であるが、ことによっては吾輩たちの戦力が数倍に――。
「骨王様、そろそろ始めてもよろしいでしょうか?」
『うむ、では村長から何かあるか?』
つい考え事に没頭してしまったが、今は第三回目の村会議の最中だったな。
まずは、こちらの方に集中するとしよう。
「はい、十二月の村の収入ですが、まず品物の売上から黒絹糸二十巻納入で金貨五枚となります。それと灰色狼のなめし革には銀貨三十枚、一角猪のなめし革は金貨一枚の値がつきましたので、合わせて金貨六枚と銀貨三十枚です」
黒絹糸は一巻銀貨十枚の固定買い取りのせいで、収入の要となっているな。
それと木材の方は現在、売り払うのを止めている。
村の人口が増えたことや、公共の窯を作ったことで薪がまったく足りてないのだ。
あと大工に色々と作って貰う機会が増えて、そっちに綺麗な材木を回しているのも大きい。
そういえば今さらだが王国の貨幣単位は銅貨百枚で大銅貨一枚、大銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨四十枚で金貨一枚という計算だ。
ただし銅貨辺りはよく使われてすり減ってる場合、両替ルートはやや下がったりもするが。
銀貨や金貨も、発行された年代で価値が少し違うのだそうだ。
貨幣の相場であるが、飯屋なんかで食う食事なんかは銅貨数枚で済む。
麦酒も一杯、銅貨五枚ほどで安いと言えよう。
だが、品物にはそれなりの価格がついており、衣服なんかは普通に銀貨単位である。
だから村人の場合だと、夏用と冬用にそれぞれ一着か二着、あとは晴れ着が一着くらいなものらしい。
今更ながら無料で農奴どもに服をやれという吾輩の命令は、かなり無茶ぶりであったようだ。
道理で新奉祭で服一式を配ってやったのが、大好評だったのも頷ける。
「入村料に関しては、銀貨二枚と大銅貨六枚の収入ですな。次に支出ですが、糸紡ぎの女衆の給金が合計で銀貨三枚、村の門番の給金も銀貨三枚となります。大工への支払いが銀貨八枚、鍛冶屋には銀貨十五枚ずつで合わせて銀貨四十四枚となりました」
「へへ、ありがたいことで」
鍛冶屋のウンドが嬉しそうな声を上げる。
前は畑を耕してカツカツだったのが、ようやく鍛冶の仕事だけで食っていけるようになったのが嬉しいと語っていたな。
入村料、ほぼ橋の通行代と言い換えても良いが、寒い時期とはいえ一月に五十人近くが利用しているようだ。
収益として糸や革には遥か及ばないが、放っておいても金が入るのは美味しい。
それに橋の利用者が、村の施設に色々と金を落としてくれているのもありがたい話だ。
糸紡ぎと村の門番は、一人日給銅貨五十枚で雇っている。
これは相場的にやや高めだそうだ。
門番に採用した元街道橋の衛士に聞いたところ、向こうでは日給銅貨三十枚ほどであったらしい。
しかもこっちの仕事は、ほぼ危険はないしな。
何かあっても鐘を鳴らすだけで、戦闘は駆けつけた下僕骨がやってくれる楽チンぶりだ。
「あとは公衆浴場ですがロウソク貸し賃で大銅貨三枚と銅貨八十枚の儲け。管理人の給金が銀貨五枚です。こちらはなかなか儲かりませんね」
『人を集めるためにやっておるからな。利益を気にすることはない』
元より薪代やロウソクの仕入れを考えると、大赤字になってしまうぞ。
その他、雑費などを差し引いて、先月の村の金庫に入ってきた額は金貨五枚ほどになるという。
吾輩にはよく分からんが、破格の金額らしい。
馬屋の世話をしたり自分でも行商を始めたダルトンや、客がひっきりなしに入ってる教会あたりもかなり資産が増えているようだ。
このままどんどん豊かになれば、もっともっと住人が増えてくれるだろう。
うむ、素晴らしいことだ。
「それと打診していた革職人ですが、是非来たいという返答がありました。腕の方も保証済みで、弟子取りの件も引き受けてくれるそうです」
『なら急いで、仕事場を作る必要があるな。大工と打ち合わせをしといてくれ』
「それなんですがね、王様。レッジの野郎、もう手が一杯でどうにもならねぇってぼやいてましたぜ。で、何とか人手を増やしたいと」
『それなら元農奴の連中から選べばいい。男手も少しなら余っていたはずだ』
吾輩と居る時は下僕骨が使えるが、そうそういつも一緒という訳にもいかんしな。
『ああ、鍛冶屋は水車の件があったな。村に作ることは可能なのか? 教母シュラー』
「そちらの件については、少し報告があります。よろしいでしょうか?」
吾輩が頷くと、相変わらずキリリとした表情のままシュラーが話し始める。
「この村の人口が百五十人を越えましたので、近いうちに主座である私は助祭に任命されることとなります。そうなれば水車やガラスの使用許可がおりますので、ご希望に添えることが出来るかと」
『おお、それは吉報だな。水車も助かるが、ガラスもとは。何か祝いをしたほうが良いか?』
「お気持ちだけでありがとうございます。叙階の儀が行われますので、それで十分でございます」
『いつ頃の予定になる?』
「春来節の頃に、ナリーバ司教様が視察を兼ねてこの村に参られます。任命はその時になるかと思われます。それで御使い様には是非、この日は村に立ち入らぬようお願いをしたく」
『相当に危険ということか?』
「はい、ナリーバ司教様は、私に祓滅の秘跡を授けてくださったお方ですので……」
…………それは何とも恐ろしい存在だな。
なるほど、これがコールガム子爵の息子サリークルの狙いだったのか。
吾輩たちが村を空けたところで、潜ませていた兵を使って乗っ取ると。
いや、そんなことをして何の意味がある?
司教がいる時に教会領である村を占拠なぞしたら、創聖教会全体を敵に回すと宣言するようなものだ。
わざわざ伏兵を仕込ませてくるような奴が、そんなずさんな計画を立てるか?
頸骨をひねる吾輩へ、シュラーは嬉しそうに笑みを見せる。
「これでようやく御使い様を、本当の修道騎士に叙任できます。永らくお待たせしました」
そういえば吾輩たちは修道騎士と名乗ってはいたが、勝手にそう言っただけで実際には少し違っている。
助祭以上の認可があって、初めて正統な修道騎士となれるのだ。
その瞬間、吾輩の空っぽの頭骨に、一つの考えが閃いた。
そうか、吾輩たちを村から追い出すのではない。
逆にその日、村の教会に集めようとするのが魂胆ではないか。
そのサリークルという男が、どれほどの影響力を持っているかは分からない。
だが司教に提案くらいなら、出来る地位にいるのだろう。
そう、軽い一言だけで、吾輩たちはあっさりと終わるのだ。
「どうせなら、助祭の叙階の儀と一緒に、修道騎士の叙任式をやるのはいかがですか」と。