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第百四十八話 遭遇


 水を裂いて飛び出してきたのは、巨大な白い何かだった。

 飛沫を天井近くまで飛ばしながら、それは水面に勢いのまま倒れ込む。

 

 黒い湖面が大きくうねり、遅れて派手な水音が響いてくる。

 一旦、水の中に沈んだかと思ったそれは、すぐに水面に姿を現した。



 ――大きい。



 横幅はタイタスが両手を伸ばしたほどあるだろう。

 長さは簡単に断定できないが、吾輩ら五体の身長を足したほどか。


 まず流木だと思っていたのは、それの上顎の先端部分だった。

 瘤のように盛り上がっており、水面からそこだけ出していると、本当に木が浮かんでいるようにしかみえない。

  

 全身は濁った白色で、硬そうな鱗のようなもので覆われている。

 長く飛び出した顎には、びっしりと牙が並ぶ。

 

 平べったい頭部にある二つの眼は、膜がかかったよう白い。

 光源が乏しいせいなのか。


 そいつは体を左右にくねらしながら、背中だけを水面に出して泳ぎ始めた。

 小島の一つに辿りついたのか、のっそりとした足取りで、ようやく全身を水から引き上げる。


 トカゲを引き伸ばして、大きくしたようなそれは――。


『ワニか?』

『白いワニのように見えますね。でも……』

『足がいっぱい生えてるっすよ! 俺っちの知ってるワニはあんなんじゃないっす!』

『倒す!』


 ニーナが言う通りであった。

 その巨大な白ワニには、左右四本ずつの計八本の足があったのだ。


 小島に上陸したワニは、器用にたくさんの足を動かして吾輩たちの方へ向き直った。

 どうやら、こっちの存在に気付いているようだ。


 距離がありすぎて分からないが、かなり命数が多そうに思える。

 それともう一つ、吾輩の眼がある変化を捉えていた。


『おい、何か怒ってるぽいぞ。ゴーさん、ちょっと謝ってきた方が良いんじゃねぇか?』

『心配しなくても、向こうから来てくれそうですよ』

『いや、冗談言ってる場合じゃないぞ。油断するな!』

  

 のん気に軽歯音を叩いてた二体に、吾輩は慌てて警告する。

 タイタスと五十三番には見えていないが、吾輩の精霊眼にはしっかりと映っていたからだ。


 白い巨大ワニの尾が高く持ち上がり、その周囲に大量の水の精霊が集まっていく様子を。


『不味い、何か来る!』


 尻尾が湖面に激しく叩きつけられ、水柱が上がり無数の水滴が宙に舞った。

 巻き上げられた水は空中に留まりながら集まり、それぞれが水の塊へと変わる。

 

 一瞬の間のあと、ワニは威嚇するかのように大きく口を開いた。 

 同時にその背中の上に浮かんでいた球状の水塊たちが、一斉にこっちに向かって飛び出す。

 マジか!


 ――横殴りの雨。

 と呼ぶには、その水滴はあまりにも大きすぎた。

 水球のサイズは優にロクちゃんの頭骨ほどもある。


 空気を裂いて飛んでくる、数十個のロクちゃんの頭と考えると……。

 どう考えても耐えるのは不可能である。


 距離が足りなかった水球が、手前の水面に落ちて立て続けに水柱を上げる。

 その合間を突き抜けて、次々と襲い掛かってくる水の塊。


『倒す!』


 勇ましい宣言とは裏腹に、ロクちゃんは真後ろに跳ぶ。

 だが大量に落ちてくる水球の範囲からは、逃れきれなかったようだ。


 着地と同時にロクちゃんは、握っていた短剣で飛んできた水球に切りつける。

 両手がへし折れる音とともに、反動でさらに後ろに吹き飛ばされるロクちゃん。

 だが上手い感じに、入ってきた通路に転がり込めたようだ。


『俺っちに任せ――』


 ニーナの威勢の良い言葉は、最後まで言い切れなかったようだ。

 長剣が唸りを上げ、飛来する水球を鮮やかに弾き落とす。

 高速で刃が返り、二つ目の水球を強引に打ち飛ばす。

 さらに戻された刃が、三つ目を真正面から切り裂き――そこが限界だった。


 避けきれず肩当てに直撃した水の塊は、そのまま腕ごと持っていく。

 腰と膝も続けざまにやられ、ベキベキと嫌な音が響き渡る。


 上半身に着込んだ鉄鎧は水の衝撃に耐えてみせたが、中身の骨は如何ともしがたいようだ。

 十個を越す水球をまともに食らったニーナは、体中の骨をバラバラに砕かれながら、あっさりと吹っ飛ばされていった。


『来い! ゴーさん』


 流石は小鬼戦を二度も戦い抜いた猛者である。

 咄嗟に盾を持ち上げたタイタスは、大きく足を開き飛来する水球どもに備える。


 その広い背中に、五十三番がすかさず避難する。

 くるっと向きを変え背中合わせになると、足を精一杯踏ん張ってみせる。 


 次の瞬間、恐ろしい勢いで盾の上に水球が降り注いだ。 

 押し潰されそうな圧力を、二体は協力しあって耐えしのぐ。

 ガリガリと踵から伸ばした骨角が岩の地面で削られていくタイタスを、五十三番が足を突っ張らせて懸命に支える。


 そんな二体の骨の仲の良さを眺めながら、あっという間に頭骨だけになった吾輩は地面の上をコロコロ転がっていった。


 もちろん頑張って、革袋から水を出して防御しようと試みはしたのだ。

 だが無理無理、これは無理過ぎる。

 せめてもの抵抗で頭骨だけ水に包んでみたが、このおかげで唯一頭だけ割れるのを免れたようだ。

 

 三十秒ほど続いた水音がようやく止まったので、吾輩は改めて周囲を見回してみる。

 ロクちゃんは手を二本、失っただけのようだ。

 タイタスと五十三番は、両足にヒビが入ったようだがほぼ無傷。


 吾輩は頭骨だけ。

 ニーナと下僕骨は、跡形もないほどバラバラ状態である。


 圧倒的な水の暴力をふるってみせた白ワニは、吾輩らの惨状に満足したのか、ゆっくりと向きを変え水の中へ姿を消す。

 ま、骨だけだから美味そうな匂いとかないしな…………。


 しかしちょっかいを掛けた吾輩たちが悪いとはいえ、これはちょっとやりすぎじゃないか。

 火矢一本とじゃ、全く割に合わんな。



『くそ、いつか仕返ししてやる!』



 

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