第百四十五話 出発前のあれこれ
出発には少し早いが、村外れの大樹に寄っていくことにした。
空気が冷たいせいなのか、楽しそうにはしゃぐ声が遠くからでもよく聞こえてくる。
噂のブランコは、想像としていた物とは少し違っていた。
二本の縄をお尻を乗せる板につなげたのではなく、縄一本に太めの枝がくくってあるだけだ。
そのため前後だけではなく、左右にも揺れるようになる。
枝に足をかけ縄にしがみついた羽耳族の子は、グルングルンと縦横無尽に振り回されながら大声で笑っていた。
傍らにいるロクちゃんが、ブランコが止まりそうになる度に強く押しやる。
ちゃんと幹にはぶつからないように、縄の長さは考えてあるようだ。
見ているとブランコの速度はどんどん上がっていく。
あわせて小ニーナの口からは悲鳴に近い声と、白い息が続けざまに吐き出され始めた。
そして数分ほどで、耐えきれなかった子供は宙を舞った。
地面に叩きつけられるぞと思ったが、小ニーナの体は軽やかに弾んで転がっていく。
ああ、そのための着ぶくれなのか。
コロコロと転がる幼子は、勢いが止まるとまたも大声で笑い始めた。
近づいたロクちゃんが抱き上げてやると、胸元に顔を埋め首を興奮気味に左右に振る。
『なかなかに楽しそうだな』
『倒す!』
「たおす!」
吾輩が声をかけると、ロクちゃんと小ニーナは声を合わせて返事してきた。
そのままロクちゃんは小首をかしげ、吾輩の来た理由を尋ねてくる。
『うむ、迎えに来たのだが、もう少しなら遊んでいてもいいぞ』
『倒す!!』
なぜかロクちゃんに怒られた。
見られて恥ずかしかったのだろうか。
『それにしても随分、賑やかになっているな』
ブランコの横にも、変わった遊具が作られていた。
長めに輪切りした丸太たちが、間隔を開けて地面に杭のように立てられているのだ。
その上を子供たちが、飛び移って移動している。
どうやら追いかけっこをしているようだ。
遊びには鍛冶屋の兄妹に大工のところの息子、それに村長の末っ子のニルも参加していた。
熱心に丸太の上を行ったり来たりして、捕まえ役のニルから歓声を上げて逃げ回っている。
『ふふん、俺っちが考えた特訓すよ』
自慢気に声を挟んできたのは、アル少年と向き合うニーナであった。
一体と一人は、木の枝を削って作った剣らしきものを握っている。
少年は頭の横まで木剣を持ち上げ、切っ先を対面のニーナへ向ける構えだ。
前に見た時よりも背筋が伸び、足元もしっかり地面を踏み付けている。
吾輩と会話を始めた瞬間、アルは音もなくニーナの左側面へ回り込み始めた。
剣先と目線、肩の位置が水平に動く様子からして、足捌きをかなり練習したようだな。
『ニル坊が小鬼の役っす。つかまれたり地面に落ちると終わりっすよ』
『なるほど、鬼役は固定なのか?』
『全員、終わりにしたら交代っすよ。ただニル坊が小鬼だとなかなか終わんないっすね』
頑張ってはいるが、年の差は如何ともしがたいようだ。
逆に年長組には、かなりの余裕が見られる。
『ふむ、そうだな。それでは決まりを追加するのはどうだ。例えば――』
その瞬間、アルが動いた。
左足を強く踏む込むと同時に、交差するように木剣を握っていた手を真っ直ぐに伸ばす。
結果、捻りを伴った突きが、ニーナの無防備な左肩へと襲いかかった。
吾輩の方へ顔を向けたまま、ニーナは左足をするりと引いた。
その動きに合わせて、体が流れるように半身になる。
目標を失ったせいで、剣先が大きくブレた。
そこを待ち構えていたニーナの右手の枝が、容赦なく少年の木剣を叩き落とす。
いや、触れた瞬間に手首を返したのか、小枝はくるりと向きを変えた。
元より捻るように突き出されていた剣は、さらにひねりを加えられあっさりとアルの握力の限界を超えた。
枝の先で巻き取るように、少年の木剣をやすやすと奪い取られる。
空いている左手で宙に浮いた木剣を受け止めたニーナは、何も言わずアルに柄の方を差し出した。
剣を受け取った少年は、元の位置まで戻ると先ほどと同じ構えを取る。
こちらも仲良くやっているようだな。
『それで? 続き待ってるんすけど』
『ああ、すまない。追いかけ役だけ地面を歩けるというのはどうだ?』
『それだと小鬼のほうが、簡単になりすぎないっすか?』
『実際に敵のほうが強いというのは、多々あるからな。まぁ釣り合いが取れないなら、地面を歩ける歩数を制限すればいい。五歩以内なら良いとかな』
『む、それ良いっすね。少しだけ先回りできるというのは面白そうっす!』
吾輩の提案を気に入ったのか、立合いを中断したニーナは追いかけっこ中の子供たちに説明に行ってしまった。
その横では羽耳族の子が、またも笑いながら地面をコロコロと転がっていく。
ちらりとアルを見ると、目をつぶったまま剣を構え、一心に頭の中で何かを思い描いているようだ。
『昼前に洞窟集合を忘れるなよー』
邪魔し辛い雰囲気なので、一声だけ掛けて吾輩は退散することにした。
なんだか思っていた以上に、立派な遊び場になっていたな。
黒棺様の洞窟に着くと、すでにタイタスと五十三番は森の見回りを済ませて待機していた。
『おかえりなさい、吾輩先輩』
『大工には話をつけておいたぞ。昼からの調査の際に、滝のところまで同行する手筈になっている』
『ご苦労様です。はい、石筆と石盤、用意しておきましたよ』
『何を記録する気なんだ? 吾輩さん』
『うむ、どうせなら地図を書いておこうと思ってな』
折角、方向が分かるようになったので、活用しようという狙いである。
きちんと地形を把握しておけば、それだけ無駄が省けるからな。
『それと荷物の持ち運び用に、久々にこいつの出番だな』
やや大きめのカゴを取り出す。
以前にツタを編んで作ったもので、手足の骨が組み込んであり、いざとなれば分解して交換に回せたりする品だ。
『それとこれも使えそうか』
小鬼たちが羽耳族の子の持ち運びに使っていた鉄の檻だ。
生き物を捕獲した場合は、こちらのほうが便利だろう。
『おいおい、二つも背負えねぇぞ。背骨をもう一本生やす気か?』
『それに関しては下僕骨を使おうと思ってな』
『梯子はこれから作るんだろ。どうやって洞窟内に連れ込む気だ?』
『骨どもは装備を外せば、そんなに重くはないからな』
『ああ、カゴに入れて持ち込むのですね』
武装しないので完全に荷運びと、いざという時の交換要員である。
そのためにタイタスには、少し往復してもらう必要があるが。
『前から思ってたが、その背負う紐の部分、二本にしたほうが安定しねぇか?』
『左右の肩にかけるということか。動きを邪魔しないか? 咄嗟に外せないぞ』
『荷運びだけなら有効じゃないでしょうか。安定しますし、片方の紐が切れても落ちないのは良いですね。おっさんにしては中々に良い目のつけどころですよ』
『ふ、ゴーさんはもっと素直に褒めたほうが可愛げがあるぜ』
『本気で勘弁してください。そうだ、紐の部分は丈夫な革で作るのはどうでしょう。いや、それならいっそカゴごと――』
『背負いカバンになってしまうが、面白そうだな。近々くる革職人に相談してみるか』
その後、あれこれ武装を選んでいると、満足しきった顔のロクちゃんとニーナが戻ってきた。
裸体の下僕骨三体と、軽歩骨兵十体を引き付けれて皆で滝へ向かう。
到着するとすでに大工は、下調べを始めていた。
村へ使わせた下僕骨たちは、無事に仕事を果たしてくれたようだ。
「……………………どうも」
『どうだ、作れそうか?』
吾輩の問い掛けに、ハンサムな赤毛の男は少し考え込んだ後、静かに頷いた。
『そうか、どれくらい掛かりそうだ?』
「……………………一週間ほどで」
『うむ、頼んだぞ。ああ、すまんが樹液集めの木の筒を優先してくれるか? カラスに数えさせたら白桃の木は二十四本もあってな』
「……………………なら、ニ週間で」
こいつも頼りになる男だな。
先に洞窟に飛び移ったロクちゃんが、結び目の付いた縄で長さを図るのを手伝う。
その間にタイタスが往復して、荷運び用下僕骨を洞窟に運び入れてくれた。
吾輩も革袋に水を詰め込んでおく。
準備が整った吾輩たちは、再び暗闇の奥へと進み始めた。