第百四十四話 依頼巡り
舞乱茸を処理した下僕骨たちは、もしものことを考えて入れ替えることにした。
万が一、衣服に胞子が残っていたら、大事になるかもしれんしな。
骨たちにトカゲの肉とキノコの足、それとダンゴ虫とミミズの外皮を持たせて村へ向かう。
畦道を歩いていると、すでに公衆浴場からも黒い煙が上がっているのが見えた。
浴場の窯は夜明けと共に火が入り、二時間ほど燃やされる。
そして日暮れ少し前にもう一度火入れされ、こちらもニ時間だけ燃え盛る。
蒸し風呂の方はその余熱を使い、午前中一杯と日没から夜半まで楽しめる仕組みだ。
パン焼き窯と蒸し風呂に関しては、村人であれば誰でも無料で使えるようにしている。
ただし洗濯や垢擦りなどの仕事は、橋向こうの元農奴たちだけに限定した。
冷たい水で洗濯したくなければ、駄賃を払えということだ。
このお達しで銅貨数枚ではあるが、貨幣のやり取りが村の中で発生しつつある。
特に宿屋もやっている教会が、シーツを何度も洗ってもらうせいで大口の顧客になっているとか。
浴場に近付いてみるとパン焼き窯の周りは、のんびりと焼き上がりを待つ女性たちの雑談場と化していた。
以前は薪に余裕がなかったせいで、パンを焼くためだけに家のかまどに何度も火をおこすことは出来なかったらしい。
そのため、日持ちする黒麦のパンをまとめて焼いておくのが主流だった。
しかし無料の窯が公開されたことで、今は小麦を使った薄焼きパンが流行となった。
焼きたての柔らかいパンは、とても美味しいと各家庭で大好評である。
といっても一度に焼ける量は決まっているので、この時間帯は順番待ちの女衆の溜まり場になっていたりする。
お湯を沸かせるし、長椅子もある。
それとこの時期は、暖かいというのも大きいか。
「おはようございます、騎士様方」
通りがった吾輩たちに気付いたのか、夢中でおしゃべりしていた女どもが立ち上がって、にこやかに挨拶をしてくる。
冬のこの時期は、あまり農作業がないため時間に余裕があるようだ。
『どうだ、不自由はないか?』
「はい、まったくありません」
「いつもお気を掛けてくださって、本当にありがたいです」
元が貧しすぎたので、村の住人どもの幸福満足度はかなり低かったりする。
控え目で扱いやすいと言えば聞こえはいいが、不満を挙げてこないので改善点が見出しにくいのは困りものだ。
「あ、だんちょ、みっけ!」
「おっはよー、だんちょ!」
その点でいえば、こいつら子供の方が欲求がストレートでありがたい。
どうやら双子たちは、道端の水溜まりの氷割り大会を開催していたようだ。
『今日も元気なようだな。腹は空いてないのか?』
「ぺこぺこ!」
「何かくれるの?!」
『ああ、トカゲとキノコが採れたのでな』
「いつもありがとう!」
「だんちょ、大好き!」
べったりと吾輩の足にしがみついてくる双子。
この子たちはあまり厚着はしていないが、寒くはないのだろうか。
両手を伸ばしてせがんできたので、抱きかかえてそのまま教会へと向かう。
『お前たちは、困ったことなどなさそうだな』
「こまる?」
「えーと、あ、あるよ!」
『あるのか?』
「うんと、お手洗いが寒いよ!」
「あと混んでるよね。こみこみでオシッコできなくて困っちゃう」
便所か。
排泄をすっかり忘れてしまった吾輩たちには、あまりピンとこない問題だな。
だが、困ってるかと尋ねたのは吾輩だ。次の村会議の議題に加えておくか。
広場につくと、すでに大勢の人間が動き回っていた。
と言っても冬季なので行商人の数はかなり減り、秋口の半分ほどであるが。
井戸を見ると元農奴の三人の子が、せっせと水汲みに励んでいる。
吾輩に気付くと手を止めて、一斉に頭を下げてきた。
うむ、よく働いているようだな。
「団長様、おはようございます。あ、アンタたち、手伝いもしないでどこに行ってたの!」
「すごいぶ厚い氷がはってたよ!」
「うん、お姉ちゃんも見る? すごかったよ」
『忙しそうだな、ロナ。これをシュラーに渡しておいてくれるか』
トカゲとキノコを受け取ったロナは、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「いつも本当にありがとうございます。団長様のおかげで――」
『客が待っているだろう。礼は良いぞ』
双子を地面に下ろし、吾輩は次の目的地へと足を向ける。
ロナは深々と頭を下げ、双子たちは楽しそうに手を振って見送ってくれた。
広場を横切った吾輩は、そのまま橋を渡り煉瓦の家並みを進む。
去年、豚鬼どもを通りで正座させて説教したせいか、住人どもは吾輩らに気付くと慌てて地面に這いつくばった。
うーむ、へりくだるのは良いが、度が過ぎるのはやや問題だな。
吾輩たちの魂集めの命令のように、奴隷意識も時間経過で薄れてくれれば楽なんだが。
豚鬼たちの住み家は、通りに面していて一番大きな造りの奴である。
いきなり戸を開けて中に入ると、起きていたのは一人だけであった。
暖炉の前で丸芋の皮を剥いていたゾトが、小さな目をまん丸に見開く。
「ホネ様。用事か?」
『グニルどもはまだ寝てるのか。気が抜けすぎではないか?』
「い、家造り、頑張った! 疲れてる」
懸命に仲間をかばうのは良いが、奥のベッドからは豚鬼以外の気配も伝わってきている。
はみ出ている手足の肌が露わなところを見るに、裸で仲良く寝ているようだな。
『ま、お前でいい。これが分かるか?』
薄灰色の大ミミズの外皮を見せると、豚鬼の瞳が再び丸くなる。
川の水で丁寧に滑りを落としたところ、かなり厚みが減ってしまったが、おかげである点に気付くことが出来た。
微量であるが土の精霊が残っていたのだ。
そこで得た吾輩の結論は、この皮の独特の感触の正体はどうも鉱物の一種が含まれているのではというものであった。
「泥鉄、こんなに多い。珍しい」
『やはり知っていたか。よし、鍛冶屋へ行くぞ。ついてこい』
「朝飯の準備、まだ」
『後にしろ。ああ、それとトカゲとキノコを持ってきてやったぞ』
「トカゲ! グニル隊長の好物! 俺も好き!」
こいつらを捕虜にして三ヶ月ほど経つが、だいたいの性格は把握できるようになった。
鼻に傷のあるゾトは、一番若いがなかなかの働き者だ。
二番目に若いルグは女好きで口も悪いが、鼻が利く上に土の精霊の扱いは一番上手い。
そして最年長のグニルは隊長を務めていたせいか、唯一敬語で喋れてもっとも腕が立つ。
ただ、あの双子並みに食いしん坊であったりする。
『吾輩の用事が終わってから、調理してやれば良いだろう』
「わかった。トカゲ、すごく楽しみ」
戻ったら全部食われていたとか、平気でありそうだがな。
手桶に入れた肉とキノコと床に置き去りにして、吾輩たちは元来た道を戻る。
橋を渡って川沿いに少し下ると、ここでも煙が上がっているのが見えた。
そばまでいくと、何かを叩く騒がしい音が聞こてくる。
「お早うござっす! 親父、客さんだぞ!」
「馬鹿野郎、ここじゃ親方と呼べつってんだろ!」
容赦なく息子の頭をぶっ叩いたウンドは、汗だくの顔を拭いながら吾輩のもとに駆け寄ってくる。
『朝早くから、精が出るな。何を作っている?』
「今は蹄鉄作りの練習をさせてるところでさ。筋が良いのか悪いのか、さっぱりわかんねぇって感じで」
前掛け姿で鉄床を囲む三人の息子は浅黒い肌をしており、父親と見た目はそっくりであった。
ただ腕の太さに関しては、まだまだウンドには敵わないようだ。
『新しい素材を持ってきた。防具に使えるか試してくれ』
「へぃ! これは虫の殻ですな。なら大丈夫でさ。で、こっちは……」
『泥鉄というらしい。かなり珍しい特性があるようだ。説明できるか? ゾト』
吾輩の呼び掛けに、熱心に火炉を見つめていた豚鬼が顔を向けてくる。
その鼻の頭には、深いシワが寄っていた。
「ここ、無理。泥鉄、叩けない」
「おう、うちの窯にケチつけようってのか! この豚っ鼻」
『そのまま過ぎて、あまり罵りになってないぞ、ウンド』
「怒った、すまない。この炉、火力足りない」
「うぐ、それに関しちゃ言い返せねぇぜ。豚野郎の言うとおりだ」
『いや、十分に言い返してるぞ。ふいごもあるようだが、あれでは駄目なのか?』
火炉の前には、足踏み式の大きなふいごが据え付けてある。
ゾトは何も言わず首を横に振った。
「ロドロにも言われたんですが、人力ではどうしても限界だって」
『ふむ、その言い方だと、代価案があるように聞こえるな』
「ええ、水車を使えば良いって話なんですが……」
『そうか。では大工に頼むとするか』
「あ、その! 水車は勝手に作るわけにはいかんのでさ、王……団長様」
少しばかり聞いてみると、水車の作成権利というのは創聖教会にあるらしい。
勝手な話だとも思うが、この村の成り立ちからして敵に回していい相手ではなさそうだな。
『わかった。その件は村会議で話し合うとしよう。ダンゴ虫の殻の加工は任せたぞ』
「へい、任されやした!」
ゾトは鍛冶屋が気に入ったらしく、しばらく残って話を聞くということで別れた。
最後に大工の家によって、梯子の依頼を済ませる。
他と違い無口なおかげで、話はすぐにまとまった。
現地で寸法を取りたいというので、昼前に迎えを寄越すという流れになる。
よし、これで村の用事は全て片付いたな。
次は洞窟攻略の準備だ。