第百四十二話 地下温泉からの帰還
『む、どうした? ムー』
『ギャッギャギャ!』
突然、カラスが騒ぎ出したので、吾輩の肋骨の中から開放してやる。
黒い鳥は地面の上を軽く羽ばたくと、そのまま広場の外へと逃げ出してしまった。
出入り口のすぐ外に留まったムーは、そっとこちらを覗き込んでくる。
しかし手を伸ばすと、プイッと横を向かれてしまった。
『一緒に行きたくないということか……』
『やっぱ臭いから嫌なんすよ。可愛そうっす』
『おい、なんで俺の方を見るんだよ! 屁じゃねぇって言ってるだろ』
『じゃあ、おっさんだし加齢臭でも出てるんじゃないですか』
『いやいや、歳でいえば、吾輩さんが一番年上っぽいだろ』
『でも雰囲気的におっさんが最年長かと。ほら、吾輩先輩にはない貫禄がありますし』
『倒す?』
どうでもいいことを話し始めた三体を無視して、ロクちゃんが次の行動を尋ねてくる。
『ふむ、先に臭いの元を調べてみるか。出来るだけミミズを避ける道を探してくれるか? ロクちゃん』
『たおーす!』
白い柱に成りすました大ミミズたちだが、さほど数は多くないので意外と簡単に迂回することが出来た。
といっても面倒な場所もあり、結局追加で三匹ほど倒す羽目になったが。
しばらく進むと独特の臭気がさらに強まり、おまけに白いモヤのようなものが立ち込めてきた。
それと水が滴り落ちるような音も聞こえてくる。
やがて水音に浮かび上がってきたのは、グラグラと煮え立つ濁った池であった。
臭いと湯気の出どころは、どうもこの地底の池のようだ。
いや湯気が立っているので、地底温泉というべきか。
『かなり熱そうだが、さっぱり分からんな』
『生き物の気配も全くないですね』
池の周囲は天井まで白い岩に覆われており、雫をポタポタとこぼしている。
いやよく見ると、黄色みを帯びた岩も混じっているな。
『左の通路はここで行き止まりか』
『いや、迂回すれば、もう少し奥にも進めそうだぜ』
確かに湯気の奥に何かありそうだが、そこに行くために温泉の脇を横切る必要が出てくる。
手袋を外した吾輩は、滴る足元の水に指先を浸してみた。
『やはり進むのは危険だな。見ろ』
持ち上げた指先の骨は、少しだけであるが短くなっていた。
少し待つと、溶けた末節骨はゆっくり再生されて元の長さに戻る。
『なるほど、さっきの大ミミズの唾と同じようなもんか』
『推測だが、周囲の空気も危険だろうな。ムーが来たがらない訳だ』
『もしかして、そのために連れてきてたんですか?』
『ああ、豚鬼どもが急に倒れでもしたら、かなり勿体ないからな』
地下通路を作った途中で気付いたことだが、どうも地面の下は空気が篭りがちになりやすい。
なので変化に敏感なカラスをお供にして、その辺りの調査も兼ねていたという訳だ。
『よし、今回はここまでにして、一旦引き上げるとしよう』
『ええ、もう終わりっすか?!』
『ああ、荷物がかなり増えてきたしな。今回は突発的な探索だったので、色々と準備が足りてなかった。次はもっとしっかり装備を整えよう』
痺れさせたまま放置していた大ミミズを回収しつつ、やってきた道を戻る。
ムーを肩にとまらせ、手土産のトカゲも忘れず捕獲して滝の裏に辿り着く。
すでに日は落ちており真っ暗な中、落水の音だけが響いていた。
『相変わらず、荷物の持ち運びが面倒な場所だな』
『倒す!』
『俺っちも手伝うっすよ! チッサイさん』
張り切るニーナとロクちゃんにお任せして、吾輩はタイタスの背中にしがみついた。
洞窟に戻った吾輩たちは早速、荷物のより分けに入る。
『さて、利用できそうな物は……』
『ダンゴ虫の甲殻も、防具に転用できそうですね。僕の矢が簡単に弾かれましたし』
『倒す!』
『ああ、ミミズの皮もロクちゃんの剣が効かなかったな。剥がして調べてみるか』
分解し外装を引っぺがしたダンゴ虫とミミズの中身は、一旦、地下通路に運ばせて保管する。
生き物に有害な要素があるかどうか、毒味させないとな。
あとミミズの頭部に袋状の器官があり、内部に溶解液が詰まっていた。
これも何かに利用できるかもしれんな。
『キノコは……。婆さんはもう寝てる時間か。夜が明けたら確認に行くとしよう』
『あと横の岩場から下ろせる梯子を作らせるのはどうでしょう? 洞窟側にも突き出した足場を作れば、簡単に昇り降りできると思うんですが』
『よし、それも朝一番に大工のレッジに頼んでみるか』
その方法なら下僕骨も連れていけそうだな。
『そうそう、村へ行くなら鍛冶屋にも寄らんとな』
『このミミズから取れたの、加工できるんですかね?』
ダンゴ虫の甲殻はともかく、問題はミミズの皮の方だった。
ヌルヌルと粘液で滑る薄灰色のソレは、弾力はあるのだが金属のように硬くもなる。
正直、どう扱えばいいか、よく分からない代物である。
『それと折角取れた食料も、皆に届けてやらんとな』
今回はトカゲの皮を剥いて、防具等に使ってみることにした。
肉の方はもちろん、村人たちへ配布予定である。
鶏肉に近い味がする上に、栄養もかなりあるらしい。
コウモリの方は首を捻って、ニワトリと一角猪の餌箱行きだな。
『では、お楽しみの黒棺様の確認と行くか』
新たに発生した能力は、まずキノコは幻覚毒生成。
ただ麻痺毒と違い、霧状にして吹き付けるようだ。
『毒生成は二つ目か。しかし武器に塗るような感じではないし、使えるような状況が思いつかんな』
『俺っち使えないから、つまんないっす!』
次にダンゴ虫は方向探知。
これは移動してきた向きを、かなり正確に把握できるようだ。
洞窟を探検するには、かなり便利と言えよう。
『これは地味に嬉しいですね』
『うむ、まさに今ピッタリの能力だな』
そしてミミズは体幹再生だった。
『おおお、ミミズは大当たりか!』
『ついに来ましたね! 吾輩先輩』
『ああ、これでやっとぶっ壊れても安心できるな』
これと末端再生に再生促進が揃った今、ほぼ隙はなくなったと言っても過言じゃないな。
いや溶解液や聖なる光みたいなもので溶かされると、再生が間に合わないパターンもあり得る。
今後はそれらの方面にも、力を入れていかねば。
『そういえば地味に、そっち系の耐性も増えていたな』
新たに現れたのは溶解耐性。
大ミミズか、もしくは地下温泉の効能のおかげだろう。
キノコ六本にダンゴ虫六匹。
ミミズは四匹で、コウモリ五匹にトカゲ七匹。
皮、肉、甲殻と素材も多く、能力も三つ増加した上に耐性までも付いた。
『今回はかなりの収穫があったな。うむ、これも吾輩が釣りに行こう思い立ったのがきっかけだ。やはり釣りは重要だと言い切れるな』
『いやいや、偶然通りかかって見つけただけだし、釣りはほぼ関係ないだろ』
『次は俺っちも是非、一緒に釣りに行ってみたいっす!』
『いや、ニーナはうるさいから留守番だな』
『は、話が違うっすよ、ワーさん!』
『よし、明日の第二回洞窟探検も、気を緩めずに頑張るぞ!』
『はい、吾輩先輩』
『倒す!』
さて、次は右の通路を進んでみるとするか。