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第百三十五話 浴場建設と口減らし


 

 金髪混じりの赤毛に垂れ気味な鳶色の瞳と、大工のレッジは中々に男前である。

 しかしそんな派手な外見とは裏腹に、レッジはとても寡黙な男であった。


 黙々と寸法を測り、木を切っては削り形を整えていく。

 一言も声を漏らさぬ代わりに、その手は片時も休むことはない。


 作って欲しい柱や椅子、扉などは、位置を示しておけば大体の意を察して動いてくれるので大変有り難い。

 正直、凄く有能な下僕骨といった感じだろうか。


 優秀な大工の協力もあり、煉瓦浴場は年の終わりギリギリで完成にこぎつけることが出来た。


 日が暮れれば煉瓦小屋に明け方まで籠もり、朝日が昇る前にまだ熱が残る煉瓦を村まで運ばせる。

 日中はキッチリと土の精霊で固めた土台に、予定通り煉瓦を積ませていく。

 時にレッジと打ち合わせしつつ、必要な木材を搬入し下僕骨にも作業を手伝わせる。

 おまけに今回は煉瓦壁が崩れないように、黒粘水を間に挟んで補強する手間のかけ具合だ。


 そんな厳しい工程を繰り返して作り上げた建物は、かなりの出来栄えであった。


 うむ、吾輩も骨を折ったかいがあったというものだ。

 いや実際には、ヒビ一つ入ってはいないがな!


 煉瓦浴場は三つの部屋に別れた構造となっている。

 北側は、パン焼き窯のある一番大きな部屋だ。

 南壁の端に赤黒煉瓦製の窯を埋め込んであり、さらに煙が通る長い道をその横の壁の中に作ってある。


 煙道は何度も壁の中で折り返すような設計のため、熱が壁中に万遍なく行き渡るという訳だ。

 ただこの構造だと窯に火が入れにくいので、窯の横に小型の空気の取り入れ口も開けておいた。

 ここはウンドに命じて、鉄の蓋を取り付けさせてある。


 北側の部屋には中央に大きなテーブルを置き、さらに薪をおく煉瓦棚も作成済みだ。

 これでパンをこねて焼いたり鍋で何かを煮込んだりと、様々な調理もしやすいはず。

 ちなみに、この窯の仕組みは王都出身の鍛冶屋ロドロの提案である。

 やはり技術的な事柄は、進んでいるところから引っ張ってくるのが便利だな。 


 南側の部屋は東西二つに分かれている。

 川沿いの西側は、天井をキッチリとかぶせ密閉した部屋だ。

 ちょうどパン焼き窯の真後ろに当たる部分には、煉瓦で囲いが作ってある。

 

 ここに熱に強い泥岩をゴロゴロ入れておくことで、窯の熱がそのまま伝わるようになっているのだ。

 熱せられた石に、手桶の水をかけると蒸気がモワモワと発生する。

 あとは木製の長椅子に腰掛けて、熱気に耐えながら汗を流してサッパリするという感じになる。


 もちろん、そのままだと息が詰まって死んでしまうので、空気の取り入れ口を床の上辺りに開けておいた。

 少しだけ床に傾斜をつけたので、この穴から排水も出来るという優れ物だ。

 熱された空気は天井に溜まり、重い空気は床の水と一緒に穴から川へ追い出されると。


 ただ、この蒸し風呂部屋には問題が一つあった。

 明かり取りの窓がないため、非常に薄暗いのだ。

 なので利用者は、受付でロウソクを借りて入るようになっている。

 外部の人間は、この時に金を払うという仕組みだ。


 最後に東側の部屋は、煙道のある壁に面して煉瓦製の大きな水溜めが設えてある。

 ここに川の水を入れて置くと湯に変わるという仕掛けで、洗濯の際はその湯をタライに移して洗う。

 大工の息子であるベルスが作った刻み付きの洗濯用の板もセットで置いてあるため、これで冬場はかなり楽なはずだ。

 そういえば無口なレッジが、その板を見た時だけ嬉しそうに口元を綻ばせていたな。


 こっちの洗濯部屋は脱衣場も兼ねており、洗濯女に金を渡すと一緒に入って垢を擦って貰えるサービスまであったりする。

 その辺りは、取りまとめであるサイモンの妻のミネスに任せておいた。


『さて、風呂場も出来上がったことだし、年越し前の大掃除に取り掛かるか』 

『ではグニルに連絡しておきますね。ロクちゃんは手筈通りに』

『倒す!』


 何者かが意図を持って、難民たちに潜り込んでいるのは明白だ。

 普通ならそいつらが事を起こそうとした時を狙って捕まえるか、もしくは泳がして黒幕を探ったりするのだろう。


 だがそんな面倒、いや手の込んだことが出来るほど、吾輩たちには骨材も時間もない。

 なので、さっさと片付けることに決めた。

 食料が足りないのに、延々と無駄飯を食わしていく訳にもいかんしな。


『今、最初の二人が風呂へ向かったそうです』


 グニルの報告では、鉄の臭いがした男は十四人。  

 部屋に踏み込んだり村の中で捕まえようとすれば、無駄に暴れられることになりかねない。

 なので武器を持ち込めない、かつ少数で人目のない場所で狙おうという算段である。

 新奉祭の前に村人全員に風呂を使って身を清めるよう命じたので、部屋に篭ってやり過ごすわけにもいかないだろう。

 

 なお吾輩は目立つので、今回は窯の温度の調整役である。

 主役は蒸し風呂部屋の天井に張り付くロクちゃんだ。


 腰に布を巻いた裸体の男たちが、蒸気渦巻く部屋へ入り長椅子に腰掛ける。

 すかさず落ちてきたロクちゃんが二本の腕で口を押さえ、残りの腕に持った痺れ毒付きの短剣でさっくり背中や肩を斬りつけて終わると。


 あとは動けなくなった男どもを、洞窟の前まで運ばせて一組終了。

 その後はカラスたちが翼をはためかせて豚鬼の元へ知らせに飛び、部屋の掃除が終わる頃に次の男たちがやってくると。


『意外とサクサク終わりましたね』

『魂力が40ほどだし、精々訓練した兵士ってとこだからな。ロクちゃんの奇襲には対応できんさ』

『倒した!』

『偉いぞ、ロクちゃん。部屋もほとんど汚れなかったし、鮮やかだったぞ』


 吹き矢とかを使えば格好良いかもしれないが、生憎骨である吾輩たちは息が吹けないしな……。


『吾輩さん、ちゃんと縛っておいたぞ。村の方は良いのか?』

『御苦労さん。こいつらの家は豚鬼どもとカラスが見張り中だ。何かあれば連絡が来るだろう。ところで腹は減ってないか? タイタス』

『うーん、ちょいと小腹が空いた感じってとこだ』

『じゃあ動けなくなる程度に、こいつから生気を吸ってくれ』


 魂力が一番高かった奴を残し、残りの十三人は口に布を噛ませてから顔に布をかぶせ、後ろ手に縛って洞窟の中に転がしてある。

 あまり乗り気はしないが、一応、尋問だけはしておこうかと。


 そろそろ痺れ毒も抜けてくる頃合いなので、身動きしにくいようタイタスに男の体力を吸い取ってもらう。

 それから火打ち石をぶつけて、半裸で震える男の足に火をつける。

 あとは火の精霊を調整して、じっくりと暖めてやるだけだ。


『吾輩の言葉が分かるか?』


 返事はない。

 男は足の火を消そうと、懸命になっているようだ。

 だが力が入らないせいで、少し足掻くだけに留まっている。


『その火は吾輩が命じるまで消えんぞ』


 吾輩の歯音に、地面に転がる男は目を見張りながら視線を向けてきた。

 聞こえているようだな。


『お前の名前……はどうでも良いか。目的は何だ?』


 問い掛けに答えず顔を歪めたまま、男は燃え続ける右足を必死で地面に擦り付けている。 

 無駄だと言ったのにな。

 

『さっさと答えてくれたら、早く終わるんだが』

「この……化け物め! 俺は何も喋らんぞ、殺せ!」

『うむ、魂を回収するのは当然だ。知ってることを話せば早く死ぬる。話さないとゆっくり死ねる。それだけだぞ』


 火加減をより弱めて、足の甲から爪先をのんびりと炙っていく。

 大粒の汗をにじませながら、男は強く歯を食いしばった。


『痛そうですけど、俺っちたちにはサッパリ分かんないっすからね。さっさと喋ったほうがイイっすよ。後がつっかえてるっすから』 


 ニーナの言葉の意味がわかったのか、男はまたも大きく目を見開いた。

 あと十三人分、これを繰り返さんといかんとはな。

 一緒に、煉瓦も焼いたほうが効率的かもしれん。


 その男は一時間掛けて焼いたところ、ある程度の情報を話してくれた。

 途中で焼くのを止め、違う男に同じことをして情報を聞き出す。

 そして話が食い違った部分を、最初の男を連れてきて改めて聞き出しながら整合性を取っていく。

 初めは男爵や辺境伯の手先だと名乗っていた男たちも、このやり方でだいたい諦めてくれたようだ。 


 結果、分かったのは、こいつらはコールガム子爵の嫡子であるサリークルという男の部下であること。

 サリークルの狙いはこの村を乗っ取ることで、方法は来年の春来節にある司教の視察に合わせての決起だとか。

 この男たちの目的は偽装に使われた農奴の家族どもには知らされてないが、一人の女だけ何か予期せぬ事が起これば手紙を出すように命令されていると。


『じゃあ、その女を押さえてきますね』

『他にも怪しい動きがないか、見張っといてくれ。それと、こいつらも連れて行ってくれるか』


 吾輩の背後に並ぶのは、仮面で顔を隠した黒鎧の下僕骨十四体だ。


『はい、勇気ある十四人の元農奴が、修道騎士団へ新たに入団してくれたという訳ですね』

『これでさほど、事は荒立たんだろ』


 これをどう取るかは向こう側次第であるが、少なくとも十四人がいきなり消えるよりかはマシだと思う。

 

 しかし、こいつら最後に嫌なことを言い残してくれたものだ。

 この村に内通者が居るとはな…………。


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