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第百三十四話 第二回村会議


『……では始めるとするか』

  

 吾輩の呼び掛けに、テーブルを囲んでいた参加者は一様に頷く。


 向かって右側には、ゾーゲン村長と鍛冶屋のウンド、馬屋のダルトンが座っている。

 左側には、教母シュラーと薬師のエイサン婆。

 そして吾輩の背後には、石盤と石筆を抱えた五十三番が他を威圧するように無言で佇んでいる。


 最初は公衆浴場をどこに作るか、ちょっとした確認のつもりであった。

 しかしそれ以外にも村人から様々な意見が出てきてますと、村長に困り顔で言われたのだ。

 なので一度代表者たちが集まって、意見を交わし合った方が早いなということで、この会議が開かれたという流れである。

 一回目の村会議では男三人と婆さんだけだったので、今回は教母のシュラーも呼んでおいた。


『まずは現在の村の状況を把握すべきだな。村長?』

「はい、川のこちら側ですが、世帯数は二十二。全員で八十三人ですね。川向こうの住人の数は、二十世帯ほどで人数は五十一人です」


 カリカリと五十三番が数字を書き記していく。

 元農奴たちが世帯数に比べ総人数が少ないのは、片親と子供だけや夫婦だけという構成が多いせいだ。

 賦役などで夫をなくした家庭や、大勢の家族を養う余裕がない家庭が大半を占めていた。


『随分と増えたものだな。前は確か世帯数十七で、総人口は五十二人だったな』


 ざっと二倍以上の増加である。

 これは誇っても良い成果と言えよう。

 だが村長たちの心配事は、増えた人間の質にあるらしい。


「やはり働き手が不足しております。どうも逃げてきたのは、元の村でも……その……」


 まあ、真っ先に逃げ出すのは、その場所でもあまり必要とされていなかった連中だろう。

 共同体に労働力を提供できなければ、爪弾きにされるのも仕方あるまい。


 もっとも吾輩からすれば、単純な労働は下僕骨にやらせれば良いという考えだ。

 それよりも女が多いという点の方が有り難い。

 子供をどんどん増やしてくれれば、それだけ魂の回収は早くなるしな。


『前にも言ったが、村に来る人間を選り好みする気はないぞ』

「それは重々に分かっております。ですが、どうしても不満が隠せない者が多いようで……」


 ふむ、ちゃんと働いて自らを養っている人間からすれば、元農奴たちの扱いは納得がいかないということか。

 人の集団というものは、この辺りがやはり面倒だな。


『手に職をつけさせれば良いだろうという話はどうなった?』

「鍛冶屋に女は無理ですぜ、王様。大工も同じでさ」

「馬丁も力仕事が多いので厳しいですな」

『皮なめしや絹糸の方はどうだ?』

「ふぇっふぇ。皮は肝心のなめし元がございませんからのう。糸紡ぎは、村の女衆で十分に事足りておりますよ」


 それを言われると痛いな。

 ちらりと五十三番を見ると、無言で首を横に振られた。

 どうも寒くなったせいで、生き物の多くは冬眠したか、暖かな場所へ移動してしまったらしい。

 罠の方もサッパリだそうだ。


 皮の供給は駄目だが、粘糸に関しては継続的に補給はできている。

 しかし冬のこの季節は農閑期にあたるので、どの家庭でも臨時収入は見逃せない。

 結果、稼ぎの良い糸の加工手伝いは取り合いになってしまったので、今は持ち回りで担当になっているらしい。

 そこに新参を割り込ませろは、無理があるか。


「教会の宿も、子供たちだけなら受け入れておりますが……」

『どこも余裕はないということか。……ならば増やすしかなかろう。実は川のこちら側に風呂を作ろうと考えている』


 吾輩の歯音に、村長とエイサン婆を除く三人が目を見張る。


「風呂とはまた張り込みましたなぁ、王様」

「それは大変有難いお話です、流石は団長様だ」

「お、お風呂……!」


 女はやはり風呂好きなのか。

 いつもは自制的なシュラーの眼の色が変わるとは、思ってもみなかったぞ。


『と言っても、吾輩が作るのは建物だけだ。浴場の運営に関しては村の方に頼みたい』

「そういうことなので、皆の意見を募りたいのだが」

「まず薪代が馬鹿にならねぇぜ。うちの炉だって、それが泣きどころになってるしな」

「皆が使うための風呂ですか。大釜に湯を沸かして、湯船に取り分けるというやり方しかしりませんが、ちと難しいのでは……?」

「王都では大きな浴槽にお湯を流し込む浴場を見たことがあります。ただ人手をかなり使うようですね」

 

 雇用を生み出すための風呂場であるのだから、労働力と費用がかかるのは正しいのだが、どうも贅沢だという意識のほうが先にくるようだ。

 もっと気軽に利用して貰わなければ、こちらとしても造る意味が薄れてしまうな。

 

「ふぇふぇふぇ、それなら蒸し風呂はどうですかのう?」


 吾輩と同じ結論に達したのは、やはり知恵袋と名高い婆さんか。


『うむ、蒸し風呂なら汚れた湯の張替えなどは、しなくて済むはずだ。石を焼くことで燃費も節約できる』

「ついでに焼くなら、パンもおすすめですぜ。うちの窯なんて熱過ぎて、丸焦げになっちまいますからね」

『ほほう、パンか。なるほど、それならさらに便利になるな』

「暖かい場所があるだけで、この時期はとても助かりますね」

『そうだな、洗濯もしやすいだろう。そこで考えたのだが――』

 

 まずパンを代わりに焼いたり、洗濯や入浴の手助けなどは、川向こうの住人たちの仕事とする。

 そして報酬として焼けたパンの一部や、古着や古靴などを与えると。


 当然、こちら側の住人とて、そうそう余裕がある訳でもなかろう。

 そのため貯蓄してある黒絹糸の売り上げを使って新しい服を購入し、新奉祭の贈り物として村中に配るという案だ。


「それは良いですな。皆もきっと喜ぶでしょう」

「ええ、とても素晴らしいお考えです、御使い様」 

「ま、まあ金は使わないと、意味はないですからね。ただ、ずっと服を買い与えるというのは……」

『最初に物のやり取りをすることで、壁を低くしておくのが狙いだからな。慣れてくれば金銭で払えば良いだろう』


 村人には無料だが、商人どもや旅人からは入浴料を取るつもりである。

 

『宿屋の売りにして、宿賃にあらかじめ上乗せしておくのも有りだな』

「そうなると、一括で管理する人間が必要になってきますな」

『うむ、心当たりはないか? 村長。出来れば女が良いのだが』

「でしたら、女衆のまとめ役をしているサイモンのとこの女房はどうでしょう? ちょうど村の端に住んでますから、横に風呂場も建てやすいかと思います」

『橋からもあまり離れてなくて、川沿いにあるか。よし、決まりだな』


 都合よく場所も定まったので、後は煉瓦を焼き続ければ年内には完成するだろう。

 雇用の問題も当面の片はつきそうだし、これで村人同士の仲違いも湯気を浴びて少しは解消できれば良いが。


『さて、ついでに次の議題にも取り掛かっておくか。今の村の職人の数はどうなっている?』

「えーと、鍛冶屋はうちと隣のロドロの二軒で、大工はレッジのとこだけですぜ」

「石工たちは春になればまたくる予定ですが、今のところはそれくらいですね」


 村がもっと発展していくには、やはり技術的な専門職が不可欠だ。

 住みやすければ、より魂、いや人間は集まってくるものだしな。

 それに畑仕事に不向きである人間なら、職人として育てた方が有益だろう。


『新しい服を八十着ほどまとめて買うんだ。フレモリ商会に多少は無理な注文も言えるだろう』

「えっ、また何か無茶振りを?」

『腕の良い革職人を村へ連れてくるよう頼んでくれ。革をただなめして売るだけよりも、加工して売りさばいたほうが儲けは大きいはずだ』


 弟子を取らせれば技術も受け継げるし、雇用もさらに拡大して言うことなしだ。

 それと本音は、骨の体にあった革装備を作らせたいというのもあったりするが。

 鉄を着込んだ重装骨兵は頑丈だが、移動が遅すぎて運用に問題があるしな。

 

「……分かりました。何とか頼んでみます」

『よし、アテにしてるぞ、村長』


 吾輩が頷くと、村長も力強く頷き返してきた。

 うむ、頼れる男になったな。


 その後、新奉祭の段取りを相談し始めた村人たちを横目に見ていると、五十三番が小さく歯を鳴らしてきた。

 こっそりと会話したい時の合図だ。

 骨通信の指向性を高めて、他人に聞かれないようにする。


『どうした?』

『実はちょっと報告したいことが。先程の川向こうの住人数ですが、昨夜グニルから連絡がありまして、もう十五人ほど増えたみたいです』

『それは良い話だと思うが、そうでもないようだな』

『はい、このまま増えていくと備蓄している食料が確実に足りません。予想以上に消費が早いですね』

『なら商人から、食べ物を買い足すしかないな』

『それですが、服を大量に仕入れる予定になると足が出そうです』

『…………そうくるか』

『至急、何らかの手立てが必要かと。僕としては、役立たずはさっさと黒棺様へ捧げるべきだと思いますが』


 それもそうだが、今は悪評が立つのを出来るだけ避けておきたい。

 余計な介入の口実にされるかもしれんしな。


 風呂の次は食料か。

 村作りとは全く面倒なものだな……。

 


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