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第百三十三話 子供たちの要望



 もうすっかり馴染みとなった川原だが、今日は見慣れない面子が少しばかり混じっていた。

 枯れ枝が赤々と燃え盛る石のかまどを囲んでいたのは、緑色の服を着た骨と鎖帷子を纏った大きな骨だ。


 その横には釣り糸を垂らす子供たちと、なぜか石のまな板の前でじっと動かないニルも居る。

 いつも騒がしい双子と小ニーナは、積み上げた丸太の方でロクちゃんと遊んでいるようだ。


『こんなところで何をしてるんだ? 五十三番、タイタス』

『ああ、見回りの帰りに、ロク助を迎えに来たところだ。ワーさんこそ、珍しいな』

『吾輩先輩、お久しぶりです。煉瓦の方はもう良いんですか?』

『良いはずだったんが、そうも行かなくなったところだ』


 吾輩の返答に、五十三番はゆらりと背負っていた弓に手を伸ばす。


『……何となく察しました。あの豚どもの仕業ですね』

『豚ちゃんを許してやって欲しいっす! ちょっとチヤホヤされて、やらかしちゃっただけっすよ!』

『いや、ニーナも十分に共犯だからな。まだ許した訳じゃないぞ』

『俺っちは悪くないっす! 全部、豚ちゃんたちの犯行っすよ』

『まぁまぁ、豚がモテたくらいで怒るなよ。ゴーさんには俺がついてるだろ』

『背骨折りますよ、おっさん』


 相変わらず五十三番とタイタスの仲が良いので、ちょっとばかり羨ましい。

 このところの吾輩の話し相手は、もっぱら土と水と火の精霊だけだったからな。

 しかも精霊どもは、返事一つしてくれないし。


「あの、こんにちわ。師匠、先生」

『お、釣れてるか? アル』

「ボチボチです。もう少し上流までいかないと、簡単には釣れなくなってきましたね」

『ふむ。時期もあるが、この辺りは竿を入れすぎて、魚が慣れてしまったのかもしれんな。ところで、その子たちは何だ?』

「はい、僕の釣り仲間です!」


 アル少年の側で釣り竿を握っていたのは、三人の元農奴の子供らだった。

 さっきから懸命に、釣り糸の先を睨み続けている。


「最近、一緒に始めたんですよ。それまで釣りとか全くしたことなかったって聞いて、誘ってみたんです」

『そうなのか?』


 吾輩の問い掛けに、話しかけた子供の一人は目をまん丸にする。

 視線をアルに移し、また吾輩へ戻す。

 そしてまたアルを見てから、吾輩をマジマジと見つめてきた。


「大丈夫、師匠はとても優しい人だから」


 本当は人でもないし、優しくもないがな。

 柔かな笑みを浮かべるアルの表情に、子供はおずおずと口を開く。


「その……、川は近付くと駄目だって言いつけで」

『ふむ。ああ、水棲馬のせいか』

「だから、食べ物があったなんて、びっくりです」

『そうか。ここは安全だから、思う存分釣れば良いぞ』


 大きく頷く子供たち。


「お魚が釣れたら、教母様に差し上げたくて」

「喜んでくれるべか?」

「うん、きっと喜んでくれるよ。ロナのお母さんもお優しい人だから」


 こまめに子供たちの面倒をみてるだけあって、シュラーは中々に好かれているようだな。

 母親代わりというのもあるだろう。

 しかし子供たちの意気込みに反して、釣果はさっぱりのようだ。


 その横でアルがさり気なく、大きめの一匹を釣り上げる。

 流石は、吾輩の一番弟子だけのことはあるな。 


 針から外した魚を、脇で控えていた弟に手渡すアル。

 ニルは受け取った魚の腹を手早く割いて臓物を取り出し、手桶の水でさっと洗い流す。

 そして木の串を器用に突き刺して、塩を丁寧にまぶし出した。

 特に焦げやすい背びれの部分は、熱心に揉み込んでいる。


 火加減の良い位置に木串を立てたニルは、満足気に額の汗を拭った。

 ついでに取れたてのハラワタは、カラスたちへ差し出す。

 お返しにムーからスベスベした石を貰った少年は、嬉しそうに目を輝かせたあと慌ててポケットに仕舞い込んだ。


 うーむ、すっかり料理が上手くなったな。

 先に炙っていた魚が焼き上がったのか、串を手に取りながら少年は幼馴染を大声で呼ぶ。


「サーちゃん、ビーちゃん、ニーナちゃん、お魚焼けたよう」

「食べる!」

「もう、ぺこぺこ」

「たおす!」

 

 丸太の山の上から、次々と飛び降りてくる三人。

 それを華麗に四本の腕で抱きとめるロクちゃん。

 地面に下ろされた幼い少女たちは、転がるようにこちらへ近付いてきた。


『遊んでたのか? ロクちゃん』

『倒す!』

『丸太によじ登って飛び降りる特訓だそうです。子供に人気みたいですね』


 わざわざ自ら高い所に上がって飛び降りるとか、意味不明な遊びをするものだ。

 出来れば中止が良いが、ロクちゃんが首を縦に振るとは思えんな。


『そうか、くれぐれも怪我には注意するんだぞ』

『倒した!』

『次は俺っちもやるっす! 一番は頂きっすよ』


 フゥフゥと冷ましてもらった焼き魚に、三人の少女は夢中でかぶりつく。

 その様子を、ニルは諦めきった表情で眺めていた。

 なるほど、奪われるくらいなら、もう先に与えてしまおうという精神か。


 魚を頬張る三人を見ながら、ふと思いついて質問する。


『お前たち、村に出来たら嬉しい物とかあるか?』

「ふぁう? えっと、フハぁ、おっきな塔とか」

「ふふぉん。登ったり滑ったりできたら、きっと楽しいね!」

「ふぁおーす!」


 参考にならんな。


『ニルはどうだ?』

「えっ? え、え、えっと…………暖かいお湯に入るの……やってみたかった」


 ああ、前にここで作ってやった風呂モドキのことか。

 もしかして入りたかったのか?

 ふーむ、だが風呂は良い考えかもしれん。


『アルは何かあるか?』

「そうですね。近頃の村は馬車が多いので、専用の道とかあればとは思います」

『ロナが危ない目に会わないようにか?』

「そ、そんなことありますけど」


 正直なのは良いが、ロナは他の男の子と手を握り合ったりして仲良くしていたぞ。

 のんびりしていて良いのか?


『お前たちも、何か言ってみろ』

「え、おらたち?」


 釣りをしていた元農奴の子供たちは、互いに目を合わせたあと黙りこくってしまった。

 まだ村に来て間がないから、急に聞かれても答えようがないか。

 質問を取り下げようとしたその時、子供たちは小さいがキッパリとした声を出す。


「おらたちは、何もありません」

「もう村に住まわせて貰ってるだけで……」

「最高に素晴らしい場所だで、これ以上文句言ったら罰が当たるべ」

「もったいない。言うだけならタダだよー」

「うんうん、だんちょ、何でも作ってくれるし大好き」

『いや、塔は作らんぞ』

「たおす! たおす!」


 洗濯の件もあるし、温かいお湯が使える場所というのは第一候補に上げても良いだろうな。


『お風呂は難しいかもしれませんね』

『そうなのか? 確かに構造はよく分かってないが、意外と簡単に作れそうな気もするぞ』

『いえ、そっちではなく毎日、水を大量に汲んできたり、薪もたくさん要りますし、それに清掃や手入れも大変でしょう』

『うむむ。言われてみれば厳しいかもな』

『無理に湯に浸かる必要もねぇだろ。暑くて汗が出りゃ、十分じゃねぇのか?』

『…………なるほど。その案は頂きだな』


 ブゥブゥと抗議の声を上げ続ける双子と小ニーナを横目に、吾輩はすでに公衆浴場の場所をどこにすべきか考え始めていた。



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