第百二十九話 冬支度
そんなわけで、大きな煉瓦を作ってみた。
縦に二つづつ、横に二つづつと計八個分をくっつける。
これは思った以上に集中力が要るな。
それに時間も掛かる。
何とか白く乾燥させて、ひっくり返してみた。
…………うーむ、細かいヒビが入ってしまっているぞ。
大きな煉瓦は出来なくはないが、小さなのをたくさん作って組み合わせたほうが効率は良いようだ。
作る時間も短くて済むし、何より持ち運びしやすい。
あと細かく造りを変更出来るのも便利か。
『小さいので固めたほうが、強いし融通が効くという点は面白いな』
『ええ、やはり大きいだけってのは駄目ですね』
『言われてるっすよ! デッカイさん』
『お前も十分、デカいだろ!』
『倒す!』
『なんかチッコイさんが勝ち誇ってるっす! 最強の座はそう簡単には譲らないっすよ!』
この煉瓦だが、家の壁だけでなく地面に敷き詰めればかなり歩きやすくなるのでは。
外壁や階段にも応用が効くだろう。
ただ水気が多い橋には無理そうだな……いや、もっと硬くすれば良いのか。
『焼くと硬くなると言っていたな。よし、試してみるか』
開墾の時に大量に出た木の根っこ、切り株が同じように畑の横に山積みになっている。
その一つに煉瓦をぎっしりと乗せて、火打ち石で火花を飛ばす。
瞬時に集まってきた火の精霊を捉え、切り株に押し付けて燃やし始める。
むむ、煙が激しいな。
そうか、水分を抜けば良いのだな。
急いで切り株の中に潜む水の精霊に、吾輩の手元に集まるように命令する。
瞬く間に乾燥した切り株は、威勢よく燃え始めた。
――待てよ、これ普通の材木を乾かすにも使えないか?
現在、開墾のために引き抜いた樹木は、枝と幹、根っこに切り離してある。
枝や葉は焚付や堆肥、あと料理や掃除にも使ったりするらしい。
幹は干して、材木として家の建築資材に回している。
だが、この乾燥時間は意外と長くて面倒なのだ。
抜けきるまで数ヶ月は余裕でかかり、半年以上経っても乾き切らない種類もあったりする。
しかしそれが一日で仕上がるとしたら、煉瓦に並んで資材問題に貢献してくれそうだぞ。
おっと、考え事をしていたら、火力が上がってしまった。
急いで火の精霊を散らして温度を下げる。
あとは集まり過ぎないよう注意して、熱が万遍なく行き渡るように調整してと。
気がつくと豚鬼どもが、小さな目をキラキラさせて焚き火に手をかざしていた。
まあ、すっかり日が落ちて、かなり冷えてきたようだしな。
吾輩たちには、寒さはさっぱり分からんが。
『五十三番、吾輩はしばらくこの煉瓦作りと丸太の乾燥を優先しようと思う』
『はい、僕とおっさんは引き続き西の森の見回りですね』
『ニーナとロクちゃんは、村の警戒を頼むぞ。あ、あと麦踏みと丸芋の収穫も頼む。霜が降りる前にやっておかんと不味いらしい』
『了解っす!』
『フーとムーは連絡係を頼むぞ』
『ギャッギャ!』
「俺たち、どうします?」
『お前らは煉瓦作りの手伝いだ。覚えていることを残らず吐き出して貰うぞ』
そんな感じで、二週間が過ぎた。
遊びに来たアルとロナに聞いたところ、村では丸芋の他に秋に植えたカブや白葉の収穫が終わり、保存のために塩漬けや酢漬け作業の真っ最中らしい。
「あと最近は黄縞鱒がよく釣れるので、燻製にしてますね」
この鱒は村の川を少し上流へ行くとよく釣れる魚である。
近頃は生き物の皮があまり手に入らないので、もっぱら燻し小屋は食べ物作りに使われているようだ。
「私はダルトンさんの家で、塩漬け豚肉のお手伝いしてました」
今年は冬越し用の飼料に余裕ができたので、あまり豚を潰さずに済んだらしい。
そういえば吾輩たち、猪やニワトリの餌を考えてなかったぞ……。
冬になると甲虫あたりは減りそうな気がする。最悪、ネズミを砕いて食わせるか。
『双子たちやニルは元気か?』
「はい、今はブランコに夢中になってしまって……」
『ああ、ロクちゃんとニーナが作ったやつか』
村の鎮魂樹である大木の裏に、蔦を使って大きなブランコを吊るしたと言っていたな。
なんでも小ニーナの特訓のためらしい。
本来なら畏れおおくて怒られてしまうような行為だが、あの二体には誰も文句はつけれないようだ。
今は子供たち同士で、取り合いになるほど大人気らしい。
『他の様子はどうだ?』
「また橋の向こうから人が逃げてきて……。父さんが頭を抱えてました」
『懸念していた通りか。だが何とか間に合いそうだな』
「ええ、びっくりしました。凄いですね、この家」
吾輩が二人と会話していたのは、実は煉瓦で造った家の中であった。
家の奥には大きな窯があり、熱気を部屋中に伝えている。
根を詰めて煉瓦を焼き続けた結果、様々なことがわかった。
まず最初から乾燥させておいたほうが、綺麗にむらなく焼き上がること。
さらに高温で焼いたほうが、赤みが濃くなって頑丈になること。
ただ粘土に不純物が多いと、割れたり穴が空きやすい。
これは下僕骨たちにより分けさせることで解決した。
それと初期の煉瓦で、石混じりでも綺麗に焼けたのがあったので豚鬼に調査させたところ、泥岩というのが含まれているせいだとわかった。
この岩の粉末を混ぜると、赤黒く丈夫なものが出来た。
火にもそれなりに強いようなので、この赤黒煉瓦を積み上げて煉瓦用の炉を作ってみた。
これでより火の精霊を逃がしにくくなったので、焼き時間を短縮できるようになった。
それとついでに、その周りに焼き上げた煉瓦で壁を作り豚鬼たちの家にしてやる。
煉瓦を焼かない時は、暖炉代わりに出来る仕様だ。
すでに焼きあがった煉瓦は、下僕骨たちに命じて橋の向こうの空き地へ運ばせている。
乾燥させた丸太も同様だ。
そして煉瓦の組み立ての指導に関しては、豚鬼たちを村へ行かせることにした。
仮面と帽子で変装させたので正体がバレ難いと思うが、何かあった場合は村長の家か修道騎士用の家に逃げ込むよう言い聞かせてある。
まあ、ニーナが監視役でついているから大丈夫だろう。
いや、本当に大丈夫なのか……。心配になってきたぞ。
本来なら吾輩も付き添うべきだと思うが、まだまだ焼かねばならない煉瓦と、水気を抜く丸太が控えているからな。
やはり当分は、ここから動くことは出来なそうだ。