第百二十八話 三匹の大豚と……
完成した石橋の出来を堪能したあと、吾輩たちは畑に戻って麦踏みの手伝いを続けた。
夕暮れ前にさっくりと仕事は終わったので、子供たちと手を振って別れる。
ニーナとロクちゃんは、小ニーナを連れて薬師の婆さんの家へと向かう。
並んで歩く二体の骨に手を握って吊り下げて貰い、羽耳族の子は宙に浮いたまま楽しそうに足をバタつかせていた。
耳の羽までパタパタしているのを見るに、かなりご機嫌なようだ。
だんだんと日中の時間が減り、夕暮れが早くなってきたな。
本格的な冬になると、生き物の大半は姿を隠してしまう。
魂を集めるには、厳しい季節が近付いていた。
『何をやってるんだ? お前ら』
畑の様子を確認しようと半壊した小山を回った先で吾輩が見たのは、三人の豚鬼たちが何かを作っている姿だった。
顔を上げた彼らの顔、いや服の胸元や袖にまで茶色い泥が跳ねている。
「こんにちは、ホネ様」
「えっと、家を作ってます」
「俺たちの家です」
てっきり泥遊びかと思ったが、意外に真面目な口振りである。
覗き込んでみると、何やら作っていたのは長四角の形に整えられた粘土の塊たちだった。
平たい地面の上に、間を置いてずらりと並んでいる。
『これは……?』
「煉瓦といってました」
『誰がだ?』
「えっと、小鬼たちです」
詳しく聞いてみると、小鬼の国ではこの煉瓦を使って家を建てるのだそうだ。
豚鬼たちも一時期、これを運ぶ仕事をやらされていたらしい。
『泥の塊で家をつくるのか。雨が降ったらどうするんだ?』
「本当は煉瓦、焼きます。それですごい丈夫」
「干しても使える。でもずっと雨だととけます」
「草混ぜるととけにくい。でも草ない」
ふむ、粘土を陶器のように焼くということか。
見ると水が入った手桶や、木で作った型がある。
そういえば数日前に色々と道具を欲しがったので、村から取り寄せたことがあったな。
そもそもこいつらの寝床だが、最初は一角猪と一緒に洞穴で寝るよう命じたのだ。
同じような鼻をしているし、相性も良いだろうと。
穴の奥には寝藁もちゃんと引いてあるし、獣同士でくっつけば温かいしで、ちょうど良いと思ったのだが。
なぜか真顔で拒否された。
一角猪に嫌な思い出でもあったのだろうか。
藁の寝床は嫌だと言うので、次は鶏小屋に案内してやる。
三人が入ると狭いかもと心配したが、かなり大きめに作ってあったので大丈夫だった。
うん、これなら雨露もしのげるし、日が昇れば起こしてくれる同居鳥もいる。
文句なしの家だろうと思ったのだが。
涙目になって、勘弁してほしいと言われた。
どうもニワトリの糞の臭いに、耐えられなかったらしい。
木の家も駄目というので、仕方なく地下通路の一室を空けてやる。
しかし今度は暗いだの息苦しいだのと、ブヒブヒうるさい。
それで面倒になって、お前たちで住み家を作れという話になったのだ。
『なるほど、この長方体を組み合わせて壁や屋根を作るのか』
「屋根、むずかしいです」
「木の板置きます」
確か村の家の屋根も、木の板を斜めにして重しの石が置いてあったな。
ふむ、なんとなく感じは掴めてきた。
『ふむふむ、それで粘土の塊、煉瓦か。それを作って乾かしていたと』
「はい、いっぱい作ってます」
『ああ、粘土は嫌ほどあるからか』
彼らが作業していた場所のすぐ側には、高く盛り上がった粘土の山がある。
地下通路を掘った際に出てきた粘り気のある土は、ここに積んで置いたのだ。
畑に撒くわけにいかないしな。
『一度、水を加えて練ってから、その木型に当てはめて四角の形に抜くと』
「さらに仕上げ、あります」
まず粘土の山に水を掛け、こねて柔らかくしておく。
それをルグが踏み鋤ですくって、木製の型に乗せる。
この蓋と底がない長方形の奴は、抜き型と呼ばれる物らしい。
平らな木片をもったグニルが、型の上に余った粘土をこそげ落とす。
そしてさっと型を持ち上げると、綺麗な長四角の形になった粘土が現れる。
待ち構えていたゾトが太い指を伸ばし、出来上がったばかりの塊にそっと触れる。
たちまち茶色がかっていた粘土が白みを帯び始めた。
硬くなった粘土――煉瓦を持ち上げたゾトは、それを並んでる列の端に慎重に置く。
どかした場所には少しだけ水が溜まっていた。
ひたすらこれを繰り返したのが、この煉瓦の並びということか。
『土の精霊を使うのか。考えたな』
「日が沈んだら向き変えます。明日、もっと硬くなってます」
『面白そうだな。どれ、吾輩も手伝ってやろう』
「おお、ありがとうです! ホネ様」
この建築資材、ちゃんと使い物になるなら用途はいくらでもありそうである。
特に逃亡農奴のせいで、住宅不足になっている村には朗報だ。
そのためにも、まずは確認しておかないとな。
三個ほど触って硬くしてみる。
この大きさなら簡単ではあるが……。
『うーむ、圧縮することで水気を押し出しているのか。それなら……』
土の精霊で押し固めながら、同時に水の精霊を集めていく。
当然、その際に粘土の中の水分を持ってくるように命じてある。
う、きつくやり過ぎたせいで、白くひび割れてしまった。
加減が難しいな。
土はギュウギュウではなく、ギュくらいで。
水は一気に抜かないようにと。
『…………よし出来たぞ』
今度は想像通りの仕上がりとなった。
それなりに重く、しかもかなり硬い。
これなら家の壁に使っても大丈夫そうだな。
顔を上げると、豚鬼どもはポカンと口を開けていた。
「なんで完成してるです?」
「どうやって乾かした?」
「ホネ様、やっぱり頭オカシイ」
いや、頭は関係ないだろ。
またもや簡単にコツを飲み込んでしまったようだな。そう――骨だけに!
『よし、吾輩がどんどん仕上げてやるから、お前たちは粘土を型にはめていけ』
「分かりました、ホネ様」
「頑張る!」
三人に型抜きを任せ、吾輩はひたすら水気を抜いて固めて行く。
ああ、この延々と精霊を使いこなす感じは、暖炉番をさせられた頃を思い出すな。
この勢いであっという間に、煉瓦が出来上がるかと思ったら、しばらくしないうちに豚鬼たちがバテて座り込んでしまった。
生身の人間は、これだから不便で仕方ない。
『何してるっすか? 泥遊びっすか』
『倒す!』
そこにちょうど鍋を抱えたニーナとロクちゃんが戻ってきた。
まだ温かい土鍋からは、香草と混じって鶏肉の匂いが溢れ出していた。
「おお! 腹減ったです。早く食べないと死にます」
「ニ、ニワトリのスープ!」
「ううう、ヨダレ止まらない。困った」
こいつらの飯は、最初は吾輩が作ってやっていたが、文句が多かったので止めたのだ。
塩辛すぎるだの、今度は味が薄いだのと、知ったことか。
なので今は薬師の婆さんやシュラーに頼んで、ついでに作って貰っている。
『おう、いい匂いしてやがるな。……俺も腹が減ってきたぜ』
『おっさんも一緒に食べたらどうですか? 空っぽの頭骨でも、何か詰め込めばマシになると思いますよ』
森の巡回に行っていた五十三番とタイタスも、タイミングよく戻ってくる。
その後ろから、ゾロゾロと下僕骨がついて来た。
以前の少数での視察に懲りて、今は一小隊を連れて歩くようになったのだ。
『お、その骨を貸してくれるか』
『はい、どうぞ、吾輩先輩』
早速、ガツガツとスープを貪る豚鬼に代わって、下僕骨たちに煉瓦作りを手伝わせる。
『今度は何を作ってやがるんだ? 吾輩さん』
『この煉瓦という石だ。積み上げて壁にする』
『良いですね。でも村の防壁にするには、ちょっと脆い気もしますが』
『ふっ、俺みたいにデカくすりゃ良いんじゃね。そしたら簡単には崩れねぇぜ』
むむ、その発想はなかったぞ。