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第百二十七話 橋の完成



『よし、一旦、こっちは止めて橋へ行くぞ』


 吾輩の呼び掛けに、子供たちがワッと近寄ってくる。

 ついでに上空を旋回していたカラスのフーまで舞い降りてきて、吾輩の杖の先に止まった。 

 

 最近、人前に出る場合は、黒衣の小鬼が持っていた細い杖を使うようにしている。

 前に使っていた骸骨杖は土の精霊を集めやすい利点があったが、この細杖は精霊をあまり呼び寄せることはできない。

 だが精霊の一点集中に関しては、こっちのほうが秀でているのだ。

 

 まとめて大量に動かす地段波なら、骸骨杖。

 絞って硬度を高める土牙なら、細杖。


 まあ、遠征の時には両方を持っていけば済む話なので、普段は見栄えの悪い骸骨の飾りが付いた杖は持ち歩かなくなったという訳である。

 

『どこ行くっすか? ワーさん。草踏みまだ終わってないっすよ』

『橋が出来上がったらしいからな。吾輩も顔を出さんわけにはいかんだろ』

『倒す?』

『折角、完成したのに倒しちゃ駄目だぞ、ロクちゃん』


 村長が声を掛けて回ると、村人たちも作業を止めてゾロゾロと集まってきた。

 吾輩ら骨とそれに集う子供たちを先頭に、一団となって村の広場へ向かう。


「橋出来たら、毎日向こうに渡るんだぁ」

「楽しみだね!」

『向こう岸って、まだ何もないぞ』


 茂みを切り開いて馬車が通れる道は作っておいたが、他は何も手付かずである。

 両手を頭の後ろに組んで歩いていた双子は、吾輩の指摘に揃って振り向くと歯を見せて笑った。


「だぁって、タダなんだもん」

「お金払わなくて良いんだよ!」


 なるほど、村人ならば通行料の銅貨五十枚は免除されるからな。

 

「私も毎日、渡りたいな。ね、お兄ちゃん」

「え、俺もか?」


 鍛冶屋のところの兄妹の会話に、大工の一人息子である赤毛の男の子が興奮気味に頷いている。

 

「渡るのは良いけど、馬車には気をつけるんだぞ」

「え? 僕は渡らないよ……。兄ちゃん」

「ニルも一緒に渡るに決まってるでしょ」

「決まってるの!」


 すでに双子の尻にがっちりとしかれた状態の弟に、兄であるアルは黙って同情の眼差しを向けた。

 ワイワイとはしゃぐ中、最後尾を歩いていた元農奴の子供たちもおずおずと声を上げる。


「オ、オラたちも渡っていいのかな」

「駄目じゃねーのか……」

「怒られるに決まってるべ」

「ううん、そんなことないよ。みんなも渡って良いのよ」

 

 慈愛に満ちたロナの答えに、子供たちはホッとした顔になる。

 ぎこちない笑みを浮かべる子らの様子に、ロナは吾輩の顔を嬉しそうに見上げた。

 

「橋を作って頂いて、本当にありがとうございます。み……団長様」

『そんな感謝されると照れるっすよ。でも、もっともっと讃えても良いっすよ』

『倒す!』

「たおした!」


 なぜかロクちゃんの頭の上で、パチパチと手を叩き出す小ニーナ。

 いや、ニーナもロクちゃんも、ほとんど遊んでばっかりだったような。


 焦った顔になったロナは、吾輩たちを交互に見比べている。

 どう返事を返せばいいか分からないのだろう。

 

『ロナ、この二体の相手は適当で良いぞ』

『そうっす、ワーさんとチッサイさんは、放置で良いっすよ。一番の俺っちだけを褒めると良いっす』

『倒す! 倒す!』


 なんか泣きそうになってるな。

 喧嘩してる訳ではないんだが……、すまなかった。


「ニーナ先生は僕が褒めるから任せておいて! ロナ」

「うん、ありがとう、アル」


 お、珍しくアルが頑張ってるな。


 他愛もない会話をしているうちに、村の広場へ到着する。

 そこにはすでに順番待ちの馬車が、所狭しと並んでいた。

 うーむ、橋の位置をもっと下流にするべきだったか。

 馬車がしょっちゅう、村の中を通り抜けるのはちょっと問題があるな。


 停まっている馬車の横をすり抜け橋の袂へ行くと、祭服姿の教母シュラーと石工の親方が吾輩たちを待ち構えていた。

 その後ろには、きちんと石を敷き詰めた橋が向こう岸へと続いている。

 

『今まで御苦労だったな、親父殿』

「ハッ、あらかたの仕事はあんたらのおかげとしか言い様がねぇ。正直、うちのボンクラどもを首にして代わりに雇いてぇくらいだよ」

『残念だが、吾輩たちはあの森から遠く離れることは出来んのだ』

「わかってるさ。ふん、全く惜しいこったな」


 腕組みをしてそっぽを向く石工の親方に、吾輩は右手を差し出した。

 優秀な人間には、敬意を持って接すべきだろう。


 親父殿とがっちり握手を交わしていると、急に人の波が増えてくる。

 どうやら村長たちが、ようやく到着したようだ。

 大勢の人間が橋の袂を取り巻いて、村の代表者の言葉を待つ。


 一歩前に出たゾーゲン村長は、咳払いを一つしてから少し震えた声で話し始めた。


「俺たちが十年前に来た時は、ここにはなんもなかった。あったのは荒地とこの川だけだ」

 

 言葉を区切った村長は、静かに群衆を見回した。


「最初は畑を耕すにはぴったりの場所かと思ったんだが、この川は毎年毎年、龍の雨季になると水が溢れてそりゃもう大変なことになっちまう。本当にこの十年間、泣かされっぱなしだったよ。なんでこんな場所に来ちまったんだって」


 村人だろうか、聴衆から小さな笑い声が湧き上がる。


「手のつけられない暴れ川だったが、それももう昔の話だ。そう! こちらの修道騎士様方が、俺たちに救いの手を差し伸べてくれたんだ。修道騎士様は、冷たすぎて足が凍っちまうような川に入って立派な土手を作って下さった。これで、もう龍の雨季なんて鼻先で笑い飛ばせるぞ。そして見てくれ、この素晴らしい橋を!」


 大げさな手振りで村長が橋を指し示した瞬間、一斉に拍手が巻き起こる。

 皆の反応に頷きながら、村長は言葉を続けた。


「ここはかつては行き場のないはぐれ者が集まった村だった。ちっぽけな畑くらいしかない辺鄙な場所だ。でも今は違う。今、この村は教会に属し、修道騎士様の加護を与えられた迷森の村となった! 信じられるか? あのみすぼらしい村に、こんな凄い橋が架かるなんて」


 口々に賛同の声が上がり、腕を振り回す村人の姿も見える。


「創聖教会様と修道騎士様のおかげで村は変わることが出来た。だったら次は俺たちの番だ! この生まれ変わった村にふさわしい住人になるべきじゃねぇか? 違うか? 俺は……俺は、村長としてこの村の発展に精一杯頑張りたいと思っている」


 握り拳を作って、村長は声を張り上げる。

 確か橋の開通記念祝いだったはずだが、いつの間にか村長の所信表明になってないか……?


「これからも俺はこの村のために、身を捧げていくつもりだ。だから皆も、どうか協力を惜しまないでくれ!」


 村長が深々と頭と下げると、村人たちは一斉に拳を突き上げて喝采を送った。

 

「さてそれでは、この橋の第一功労者である迷森修道騎士団の団長様と、教母シュラーに最初の通行人になって頂こうと思う」


 やっと演説が終わったのか、吾輩たちに話が戻ってきたようだ。

 人間たちの注目が集まってきたので、軽く杖を持ち上げてみせるとどよめきが走る。

 む、カラスを乗せたままでは不味かったか。

 

 急ぎ足で前に出たシュラーが、吾輩へ手を差しのべてきた。

 その手を取って、橋へ向き直る。


 しかし村長は最初の通行人とか、のたまっていたが……。

 橋の向こうで大きく手を振っているのは、ニーナとロクちゃんと小ニーナだった。

 話の途中で飽きたらしく、さっさと橋を渡って向こう岸へいってしまったのだ。


 振り返った村長は二体と一人の姿に気付いたものの、見事なまでに黙殺してみせた。

 何事もなかったように、吾輩たちへ掛け声をかけてくる。


「では、お二方、どうぞお願いします!」


 村長の合図にシュラーの手を取った吾輩は、橋をゆっくりと渡り始めた。 

 その後を子供たちが続き、さらに村人たちもゾロゾロとついてくる。


 ふむ、この人数でも全く揺れる気配はないな。

 振り返ると親父殿が、顎を持ち上げて自慢気な顔で吾輩たちを眺めていた。


 橋の開通式は無事に終わり、我先を争うように商人たちの馬車が橋の上を行き来し始める。

 これで村には黒絹糸と毛皮、材木取引に加えて、新たな現金収入が確保できたな。

 ま、これからが大変だとは思うが、ちゃんと宣言通り頑張ってくれたまえよ、村長殿。



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