第百二十六話 久しぶりの村
五十三番が元通りに動けるようになったことで、吾輩たちにもいつもの日常が戻ってきた。
季節は十一月。
ちょうど村では、麦踏みの時期が到来していた。
生えてきたばかりの麦の芽を踏みつけることで、根の張りを強くして霜害も防げるという狙いらしい。
要するにこれからまだまだ寒くなるので、成長するのはもう少し後にしろという警告だろう。
ふむ、吾輩たちと同じであるな。
急激に強くなれば、当然であるが要らぬ注目まで集めてしまう。
そうなれば吾輩たちを排除したり、利用しようと目論む輩も集まってくると予想できる。
男爵や小鬼だけでも手一杯な状況で、さらに外敵が増えたりするのは流石に不味い。
これ以上、頭骨を出しすぎないよう、吾輩たちも注意すべき時期が来たということか。
一応、それなりに偽装は進めているのだが……。
あとやられて強くなるというのは吾輩たちも同じなので、なんだか親近感が湧いてきたりもする。
うむ、強くなるんだぞ、麦。
「だんちょ、あんまりギュギュッと踏んじゃだめだよ」
「ギューくらいだよ」
『おお、そうか。こんな感じで良いか?』
「はい、ちょうど良い感じですね、み……団長様」
この団長という呼び方も、その偽装の一つだ。
正式には迷森修道騎士団団長ワガ・ハイというのが、吾輩の新たな偽名である。
なので村人たちには、ワガハイ団長かただの団長で呼ぶよう告知済みだ。
もっとも周りに人がいない時は、未だに村長や鍛冶屋は王様、教母シュラーや娘のロナは御使い様呼びをしてくるが。
それと呪森が迷森になったのは、教会領に呪いという表現はそぐわないという理由からだ。
合わせてこの村は迷森の村と呼ばれるようになった。
正式に騎士団として発足したので、吾輩たちも一部衣装を改めることにした。
まずは木製の仮面の着用だ。
これは村人の提案で、兜よりも親しみが湧くという理由からだった。
真っ白に塗られた仮面は、目の部分だけ黒く染められている。
小さな覗き穴が開けてあるが、もちろんただの見せかけで、その奥にあるのは眼球のない空洞だ。
この仮面は修道騎士専用とした上で、無理に取り外されると森の呪いを受け白骨に変わってしまうという話を盛り込んだ。
子供騙しかと思ったが、意外と信じる者も多いと聞いて驚いた。
もっともそれは一般の軽歩骨兵たちの話であり、重装骨兵たちはガッシリと顔全体を覆う鉄兜姿であるが。
当然、それらを率いるニーナも鉄兜を愛用している。
ニーナの場合、それに仕立て直した板金鎧と完全に騎士の出で立ちだ。
『チッサイさん、全然踏めてないっすよ!』
『倒した!』
「たおした!」
「ニーナ先生は踏みすぎですよ。というか踏み抜いてますよ」
そんな重装備で畑に入ったりするから、間抜けな結果になってしまったようだ。
逆にロクちゃんの場合、吾輩と同じ仮面姿であるが、その骨身を包むのは黒いローブだ。
前に種まき祭りの芝居で、森の隠者役が着ていた衣装を直したものらしい。
上はフードだけそのままで、他は身動きしやすいように寸が詰めてある。
下もスッキリとしたズボンに変わっていた。
ロクちゃんの新たな腕は折り曲げて、肘の先は肋骨内に器用に収納している。
なので傍目には、ちょっと胸のある年頃の子に見えてしまうらしい。
服装といえば副団長の五十三番は、吾輩に合わせたのか普段は緑色の服を着るようになった。
滅多に村に顔を見せないが、緑の人で通じるくらいには浸透して来ているようだ。
タイタスの方は、繋ぎ合わせて寸法を合わせた鎖帷子姿だ。
まだなめしは終わってないが、そこに一角猪の革で作ったマントを羽織る予定である。
完成すれば、立派な蛮族の出来上がりといったとこか。
そして最後に吾輩であるが、白い仮面に白いローブと白ずくめの格好だ。
このローブも種まき祭で、吾輩役の鍛冶屋が着ていた物である。
ま、普段から白骨姿なので違和感はあまりないがな。
最初は影武者ならぬ影骨にこの格好をさせて、吾輩が従者のフリをしようかと思っていたが、会話が面倒すぎたので取りやめになった。
一応、白いローブを着せた下僕骨を、村の騎士団駐留所や吾輩らの畑の側の小屋にも立たせているので、いざとなれば入れ替わりくらいは出来るだろう。
そういえば目くらましに使っていた騎士団用の家だが、近いうちに石造りの大きな建物に建て替える予定である。
橋の建材が余ったので使い途にどうかと、石工の親方から打診があったのだ。
目立ちすぎるのは不味いが、みすぼらしい一軒家で騎士団と名乗るのは威厳がなさすぎるといったとこらしい。
「こうだよ、ほら」
「こう?」
「うん、上手に踏めてるよ」
ニル少年の熱心な指導を受けて、元農奴の子らは懸命に麦踏みに勤しんでいた。
麦を踏むという行為が楽しいのか、その口元はわずかに綻んでいる。
子爵領から逃げてきた農奴の子たちであるが、かなり村に慣れてきたようだ。
少しずつあるが、会話も増え笑顔も見せるようになったとシュラーが言っていた。
鳥の声がかすかに響く薄曇りの空の下、子供たちは元気に畑を駆け回っていく。
平和な光景であるが、村の問題が全てなくなったという訳でもない。
あれっきり手出しはないが、男爵は不気味な沈黙を保ったままだ。
商人どもが小舟で水棲馬を誘導した件を噂していたので、悪評に懲りてくれれば良いのだが、そう甘くもないだろう。
それと子爵領からの逃亡農奴だが、日に日に増え続けていた。
すでに彼らのために貸し出した住居は、定員を超えかけている。
急ピッチで新たな家を建築中であるが、寒くなるまでに間に合うかは微妙なところだ。
本格的な冬が来れば、作業は余計に滞ってしまうだろうし。
解決案を悩む吾輩へ、畑の向こうから手を振る人物が居た。
駆け足で寄ってきたのは、額に汗の粒を浮かべた村長であった。
「ハァハァ、ほ、骨王様、あ、団長様、ご機嫌麗しゅう」
『挨拶はいい。何か起こったのか?』
「え、いえ。そろそろでしたので、お呼びに参りました」
『お、もしかして、アレか?』
「はい、…………橋が完成いたします」
そういって村長は、清々しい笑みを浮かべてみせた。