第百二十五話 復活の夜
大カマキリは呼び名通りデカ過ぎたので、体を分断して捧げることにした。
腕の鎌部分を入れた時に、多肢制御。
腹を入れた時点で、再生促進の文字が現れた。
まずは多肢制御。
「なんて意味っすか? これ」
「多数の手足を制御できるってとこだろう。あのカマキリも前脚が六本あったしな」
「じゃあ俺っちたちも、あんな風になれるんすか? 超カッコ良かったっす!」
「倒す?」
「ふっふ、チッサイさんに、この六本腕の俺っちをやすやすと倒せるっすか?」
変なポーズを取るニーナを見て、ロクちゃんがカチカチと拍手を始める。
ついでに遊びに来ていた小ニーナも、一緒になって手を叩き出した。
「あいつらは放っておこう。……うーむ、腕の骨が生えてくるような気配はないか。ま、急に生えても困るがな」
「制御と手足を増やすのは、別モンとかじゃねぇか?」
「それは十分にあり得るな。腕を生やす生き物と言えばタコとかか。この森には……居そうにないぞ」
「あ、良いこと思いついたっすよ!」
急に歯音を発したニーナは、側にいた下僕骨の腕骨をいきなりもぎりとった。
そして自分の肩関節にギュウギュウと押し付け始める。
「どうっすか、これ? って、くっつかないっすね」
「おいおい、勝手に取ってやるなよ。片腕になったら、もう使い物にならねぇぞ」
「そうだぞ、ニーナ。やたらと無駄骨を増やすんじゃない。だが、その発想は面白いな」
しょんぼりした顔のニーナから腕の骨を受け取った吾輩は、早速、己の肩関節にあてがってみた。
頭骨の中で、腕を自在に振り回していたカマキリの姿を思い起こす。
途端に肩甲骨が、粘土のようにぐにゃりと変化した。
見ると通常の関節部分の下に、新たな凹みが生まれている。
上腕骨の先をそこにくっつけて、念糸で補強してみた。
「脇から生える感じになるのか……。ふむふむ、楽に動かせるな。これは中々に便利だぞ」
「ワーさんだけズルいっす!」
「倒す!」
「たおーす!」
「え、俺は良いって。盾が持ちにくそうだし。……あと見た目も変だし」
驚いたことに、ロクちゃんも腕を増やすことが出来た。
当然だが小ニーナは無理で、強引に押し付けてみたタイタスも接続不可能だった。
腕を外した部分だが、しばらくすると元に戻ってしまう。
必要な時にだけ、骨が変形して関節が生まれる仕組みのようだ。
吾輩は腕が増えても特にやることが思いつかないので、外したままにしておく。
逆にロクちゃんは気に入ったようなので、下僕骨からもう片方の腕を外して左右に一本ずつ増やしてやった。
四本の手でお手玉ならぬ、お手骨を披露するロクちゃん。
腕だけで逆立ち状態になって、走り回ってみせるロクちゃん。
猛烈な勢いで小ニーナを、高い高いし始めるロクちゃん。
うん、楽しそうで何よりだ。
「さて、本命の再生促進はどう――おお!」
棺の縁においてあった五十三番の欠片は、吾輩たちが喋っている間に二回りほど大きくなっていた。
「こりゃ凄ぇな。もうくっつけられるんじゃねぇか?」
「うむ、魂力がたぎってきているな。よし、予備の頭骨を……」
「大きすぎて嵌まらんな」
「何だと!」
「倒す!」
「困った時は、俺っちにお任せっすよ!」
ニーナは頭骨の穴に指を入れて、器用にパリパリと砕いて広げていく。
ちょうど良い大きさになった時点で、五十三番の頭骨を当て嵌めてみた。
「よし、頑張れ! ゴーさん」
「気合っすよ! 気合」
「倒せ!」
「たおせー!」
「戻ってこい! 五十三番」
皆の声に応じるように、五十三番の破片がゆっくりと頭骨にくっついていく。
そして吾輩たちが見守る中、カチリとその顎が打ち合わされた。
「…………ただいま……です」
五十三番が戻れそうだと分かった時から、吾輩の頭骨の中では色々な思いがグルグルと渦巻いていた。
追い詰められながらも最善を尽くし、強敵を打ち破ってみせた仲間への誇り。
冷静に状況を見極め、そのために躊躇いもなく身を差し出した献身への理解。
そして五十三番の骨を受け取った時に、吾輩の中に駆け巡った身が割れそうなほどの怒りと……苦しみ。
正直、大事な存在を失った気持ちのほうが、前の二つを遥かに上回っていた。
そうするしか選択肢はなかったことは理解できたが、納得はできていないと言った感じか。
かといって、頑張った五十三番にいきなり説教する訳にはいかない。
だからといって、素直によくやったとは絶対に言いたくない。
どういう態度を取るべきか、ずっと悩んで決め兼ねていたのだが――。
懐かしい歯音を聞いた瞬間、その全てが消し飛んでしまった。
腕を差し出して、五十三番の頭骨を無言で持ち上げる。
そのままギュッと抱きしめた。
「あの、吾輩先輩?」
「…………うん?」
「ご心配をお掛けして、本当にすみません」
「…………うむ」
「かなりお手数もお掛けしたみたいで」
「…………うむ」
「その……本当にありがとうございます。先輩」
「おいおい、俺らに礼はなしか? ゴーさん」
「俺っちも超頑張ったっすよ!」
「倒す!」
「たおーす!」
伸びてきたニーナの腕が、吾輩の腕の中から五十三番を取り上げてしまう。
「ほら、俺っちも抱きしめてやるっす!」
「俺も抱きしめてやるぞ」
「おっさんは勘弁してください。何の拷問ですか」
「寂しいこというなよ。ニーナ、俺にも寄越せ」
無理矢理に奪い取られた五十三番は、タイタスの脇に抱えられて心底嫌そうな歯音を鳴らす。
「倒す?」
「たおす?」
そんな五十三番の頭を、ロクちゃんと小ニーナがコツコツペタペタと撫で回す。
うむ、やはり皆が揃ってこそだな。
久しぶりの雰囲気に、吾輩は頭骨の中で強く決意する。
このかけがえのない仲間たちを、決して二度と失ったりはしまいと。
あ、でも、頭骨の欠片があれば復活は出来るし、それはセーフにしよう。
無意識の内に笑っていたようだ。
こちらを窺うように見ていた五十三番が、安心したかのか深く奥歯を鳴らす。
ふん、吾輩の機嫌が直った訳じゃないぞ
今回は特別、大目に見てやっただけだ。
そう思いながら、吾輩は言い忘れてた言葉を口にする。
「…………おかえり、五十三番」
「はい、ただいまです。吾輩先輩。……ところでロクちゃんの手が増えてるみたいですが、僕の気のせいですかね?」