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第百二十三話 紅探し


 

 もう十一月も近いのに、真っ赤な大輪たちは枯れる気配など少し見せずに咲き誇っていた。

 黒い芋虫たちも今までどおり、根の周りで勝手気ままにたむろしている。

 

「あの芋虫たちは駄目駄目っすね。やる気をさっぱり感じないっす!」

「そう言えば糸を吐くくせに、ここでサナギを見たことがないな」

「蝶にならねぇ種類なんだろ。一生、芋虫のままって奴だ」

「向上心が足りてないっすね! ようは気合っす! 気合!」


 暑苦しいことを言い出したなと思いつつ、ふと花が枯れてない理由を思いつく。

 何らかの理由でこの場所だけ、他より温度が高いのではないか。

 例えば植物が密集しているせいで、自然の温室みたいになっているとか。

 もしくは、高温を発してる何かが存在している可能性もあるな。


 ここが暑いかどうかなんて、普通の人間ならば足を踏み入れれば即座に気付くだろう。

 だが生憎、吾輩たちは未だ皮膚を持たない骨である。

 そこで疑問を解消すべく、吾輩は前を歩く三体の黒い鎧に声を掛けた。


『ちょっといいか? グニル』

「呼びましたか? ホネ様」


 振り向いた豚鬼たちの顔には、びっしりと汗の玉が滴っていた。

 やはり気温が高いのかと思いつつ、緊張しているだけの可能性もあり得るので質問してみる。


『かなり汗をかいてるようだな。どうしてだ?』

「汗? 汗かいてます。ごめんなさい」

『責めてはいない。理由を知りたいだけだ』

「えっと、ここアツいです。あとすごくコワイです」

『そうか。ここは危険な場所だから気を抜くなよ』


 吾輩の返答に、豚鬼のグニルはブンブンと首を縦に振った。

 どうやら両方の理由だったか。


 豚鬼たちとの会話だが、彼らを捕虜にした最初の夜、猪の肉を焼いて食わせてやったのだ。

 それであっさり言葉が通じるようになった。

 全く現金なものだ。


 それまでは話が済めば殺されるものだと、ずっと覚悟を決めていたらしい。

 だが殺す相手にわざわざ飯を食わすのは、おかしいとやっと気付いたのだとか。

 あと肉が滅茶苦茶美味かったのも良かったようだ。


 それと似たような骨ばかりで、区別がつかなかったとも言っていたな。 

 骨通信は、こちらの存在を認識していないとただの雑音だから仕方がない。


 豚鬼たちの名はグニル、ゾト、ルグ。

 本名は長いから、略称だそうだ。


 三人とも小鬼の戦闘用奴隷だったが、一応階級的にグニルが一番偉く、ゾトとルグは部下に当たるらしい。

 奴隷になった経緯を尋ねてみたら、興味深い話が聞けた。


 豚鬼というのは、小鬼の国のもっと奥の西の山間で部族ごとに別れて暮らしていた。

 昔は商売好きな小鬼たちとも、たまに喧嘩はあったが、ほぼほぼ友好的な付き合いをしていたらしい。


 だがグニルの先々代あたりから、それが次第に変わってしまった。

 小鬼たちがいつの間にか、"たいへんすごいもうれつ"な土の精霊使いになったのだと。


 それで段々と土地争いに負けて、最終的に西の豚鬼オークや南の石鬼トロール、北の大鬼オーガの一部が傘下に入って出来がったのが鬼人帝国である。

 そして配下に収まった豚鬼の氏族は、違う氏族の捕虜を帝国への貢ぎ物として差し出すようになる。

 それがこの三人であった。


『精霊の強さって、そんなに違うのか?』

「はい、小鬼のはスゴイです。俺たちちょっとだけです」


 だがそのおかげで命拾い出来たのだから、十分に誇れるとは思うが。

 試しに彼らの金属の硬度を一時的に上げる精霊術を見せてもらった。

 

 見たところ、土の精霊たちを一箇所に集めて、ぎゅうぎゅうと詰め込んだ感じだった。

 これなら吾輩でも、すぐに出来そうだな。

 

 他にも色々と石には詳しいようで、黒い鎧の素材は黒磁鋼、銀の首輪は軽銀だと教えてくれた。

 そういった色々な鉱石を掘って、他所に売る生業をしてきたのだとか。


 反抗的な態度もなく、体は丈夫で土の精霊も扱えるとなれば、そうそう黒棺様に捧げるのは惜しくなる。

 そんな訳で、現在は彼らのお試し期間を兼ねて、この花園にやってきたというわけだ。


 豚鬼たちの装備だが、黒磁鋼の鎧と盾はそのままで頭だけ鉄兜にした。

 信用しきった訳ではないが、正直、あの軽銀の首輪を維持するのは面倒なのだ。


 それに逃げたところで、彼らには戻れるような場所もない。

 故郷に帰るには帝国を横切る必要があるし、見つかれば処刑か戦奴に逆戻りだ。


 かといって王国では、角を持つ種族なぞがホイホイ出歩いていれば袋叩きにされてしまう。

 結局、吾輩たちの側が一番安全であると、豚鬼たちもそれなりに分かってはいるようだ。

 あとここだと肉がたらふく食えるので、とても嬉しいらしい。



「倒す!!」



 不意にロクちゃんの歯音が鳴り響く。

 ――来たか。


 音もなく先行していたロクちゃんは、葉の隙間から突き出された大きな刃の一撃を軽々と躱していた。

 そのまま地面を滑るように後ずさりながら、鎌の持ち主を誘い出す。


 不意打ちを見破られた大きなカマキリは、花たちの向こうからその全身を現わした。


『タイタス、守りを頼んだぞ! ニーナ、ロクちゃん、存分に行け!』 

『任せろ!』

『一番槍は俺っちが頂きっす!』

『倒す!』

『グニルたちは吾輩の前に!』


 息を呑んで立ち尽くしていた三人は、小さな目をまん丸にしたまま吾輩へ振り返る。


「こ、これ……ナンですか?」

『何ってカマキリだ。見たことないのか?』

「あ、あります。でも、ちょっ、ちょっと違います。いえ、だいぶ違います」

『少し大きいが気にするな。ほら、そこは邪魔になるぞ』


 唖然とするグニルたちを横目に、骨三体と大カマキリの激闘がすでに始まっていた。

 黒滋鋼の盾を持ったタイタスが、大きく威嚇の歯音を飛ばす。

 その横を駆け抜ける二体の骨。


 タイタスの盾目掛けて、右の大鎌を容赦なく振り下ろすカマキリ。

 左の大鎌は懐に入ろうとしたニーナを両断すべく、宙を切り裂いた。


 激しい音とともに、カマキリの鎌に両手剣の腹がぶち当たる。 

 軌道を逸らされた鎌は、地面に深々と突き刺さった。

 しかし勢いを殺しきれなかったニーナも、派手に後ろへ跳ぶ。


 反対側では巨骨が、鎌をガッシリと正面で受け止めていた。

 踵に生やした角が大きく土をめくり上げるが、それでもタイタスの体は釘付けになったように留まっている。

 動きが止まったところでタイタスは、連接鎚矛を盾の向こうへと力強く叩きつけた。

 強打された鎌は鈍い硬音を発し、大カマキリはガチガチを牙を打ち鳴らした。

 

 極端に身を低くしたロクちゃんは、素早くカマキリの腹の下へと潜り込む。

 地を走り抜ける刃。

 左右の脚先を交互に斬りつけながら、小柄な影は最後にカマキリの腹部に強く刃を立てた。


 腹部から赤い体液を流しながら、カマキリの首が大きく持ち上がる。 

 よし、こいつの段階では、もう苦戦はないな。


『頭部狙え、撃て!』


 吾輩の背後に控えていた射手たちが、持ち上がったカマキリの顔面目掛け一斉に矢を放つ。

 数本の矢が虫の目を貫き、新たな体液が飛び散る。

 

 あっという間に追い詰められていく大カマキリの姿。

 ここまで血を流させれば、出て来るに違いない。


『そろそろ来るぞ、一旦、距離を取れ!』

『倒す!』

『おう!』

『了解っす!』


 飛び退るタイタスとニーナ。

 軽やかに跳び上がり、茎の一つに取り付くロクちゃん。


 ちょうど骨たちの退避が完了したと同時に、大カマキリの変化が始まる。

 腹部の先から飛び出してくる赤い紐状の何か。

 それは宿主の全身を瞬く間に包み込み、修復していく。


 奥歯を噛んで見守る吾輩の目前に現れたのは、全身を赤く染めた三対の鎌を持つ大カマキリであった。

 あれだけ負わされた傷が完璧に治ってる姿に、吾輩の歯が無意識に大きく打ち合わされた。


 うんうん、これこれ。

 これが欲しかったんだよ。


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