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第百十八話 欲する望み その二



 先に動き出したのは、大きな骨であった。

 重い盾を構えたままとは思えない速度で、黒鎧の男たちとの距離を一気に詰める。


 だがタイタスの狙いは、壁となっている黒鬼たちではなかった。

 寸前で身を転じた巨骨は、一角猪を持ち上げていた土の柱へ体当たりをかます。 


 派手に土砂が四散して、もがいていた猪は地面に横倒しに落ちた。

 その腹部の毛が、赤く染まっているのが見える。

 

「グリンブル、動けるか?」


 主の問い掛けに、猪は短く鼻を鳴らして立ち上がった。

  

「よし、後ろの守りを頼むぞ!」


 猪を庇うように前に出た大きな骨は、威嚇の歯音を鳴らしながら黒い盾に挑みかかった。

 鉄と鋼がぶつかる音が響き、押し負けた黒鎧の一体が後ずさる。


 しかし脇の二人がすぐさま駆け寄って、両側から長い盾をタイタスにぶち当てた。

 挟み込まれ動きが止まった瞬間、地面が盛り上がり――。


 だが、そのパターンはすでに一度見せていた。

 黒い盾たちを受け止めていたのは、タイタスの両肘から伸びた角であった。

 その太い角を咄嗟に引っ込めて隙間を作ると、大きな骨はスルリと足留めから抜け出した。


 直後、タイタスが居た場所に、先を尖らせた土の柱がそそり立つ。

 一呼吸遅れて、支えを外された黒鎧の男たちが、盛り上がった土に突っ込んだ。


 そして体勢を崩した右側の男の頭部に、凄まじい勢いで連接鎚矛が叩き込まれる。

 ――強打!


 硬音と火花が飛び散り、地面にめり込んだ男は動きを止めた。

 再び距離を取るタイタス。


 それを見た黒衣の小鬼は、倒れた男の鎖をあっさりと手放した。

 黒い鎧たちも、倒れた仲間を助け起こす素振りも見せず隊列を組み直す。

 そのまま圧力をかけるように、またも一歩前に踏み出した。

 

 押し込まれる前線に対し、後方では猪と五十三番のコンビが健闘中であった。

 

 一角猪の怪我は、すでに血止め薬が塗られ流血は治まっている。

 まだ本調子でないものの、ある程度まで動けるほどには回復しつつあった。

 

 前脚を狙って飛んできた矢に対し、猪はブルンと額の角を振るう。

 弾かれた矢は、方向を違え地面へと突き刺さった。

 角で落としきれなかった矢も、脂肪と泥の鎧を貫けずに弾かれる。


 敵の射撃の終わりを見て、五十三番は入れ替わるように猪の陰から身を乗り出した。

 すでに数度のやり取りで、弓を握る骨は森に潜む相手の動きを学びつつあった。


 絞られた弓弦が、空気を揺らす――重ね矢。

 同時に放たれる二本の矢。

 

 一本目は対象が隠れていた場所を貫き、二本目はその逃げる先を狙い通りに貫いた。

 わずかな呻き声とともに、地面を打つ音が響いてくる。


「……これであと三人」

 

 タイタスは小刻みに動きながら、何とか黒鬼たちの前進を食い止めようとしていた。

 今は射程外のようだが、これ以上、距離を詰められると五十三番たちに土の槍が届いてしまう。


 強く踏み込むと同時に、大きな骨は下から盾をかち上げた。 

 激しい勢いに押された鬼の一体がたたらを踏む。

 好機であったがタイタスは追撃せず、急停止から後ろ飛びに身を移した。


 一瞬遅れてタイタスがいた場所に、横合いから新たな男が突っ込んでくる。

 さらに反対側からも、もう一体。

 獲物に逃げられたことで、男たちの盾はぶつかり合い大きな金属音を響かせた。

 

 五人の黒鬼は互いのダメージを気にかける様子もなく、無言のまま横並びへ戻るとまたも一歩進んだ。

 一対五というこの状況は、簡単には覆せないほどの差を誇っていた。


「後ろ!」


 鋭い警告の声に後退したばかりのタイタスは、振り向いて盾を持ち上げた。

 飛来した矢は硬音を発しながら、続けざまに盾に凹みを作って地に落ちる。

 

 間髪入れず五十三番の弓がしなり、茂みの中の射手は静かになった。


「……あと二人」

「助かったぜ、ゴーさん」

「前!」


 すでに膝を曲げて力を溜めていた大きな骨は、今度は横っ飛びに逃げた。

 地面から突き出した柱は、土砂を巻き上げて大きな骨の側面をガリガリと擦り上げる。

 辛うじて躱してはいるが、とうにタイタスの体のあちこちには大きなヒビが走っていた。


 休む間もなくタイタスは、踏み込んできた黒鬼と対峙する。

 一転して攻勢に出た一体を、真正面から受け止める巨骨。

 骨格で勝るタイタスに打ち勝てず、盾をぶつけ合ったまま鎧の男の脚は止まった。


 しかしあくまでも男の目的は、大きな骨の動きを封じることであった。

 再び真下の地面が盛り上がる気配に、逃げようとしたタイタスは男の狙いに気付く。

 盾の下から伸ばした男の足先は、いつの間にかタイタスの足の甲を強く踏み付けていた。

 

 即座に状況を見抜いたタイタスは、連接鎚矛を男の脚の裏へ巻きつけるように振り下ろした。

 裏打ち――近接した状態で、相手の後頭部か膝の後ろを狙う技だ。


 鎖の先の鉄球が男の脚に絡みついたのを見取ったタイタスは、無造作に真上へと引き抜いた。

 足を取られた男は、バランスを失い仰向けに倒れる。

 そこからさらに巨骨は力を込めた。


 強引に引き上げられた男は、盛り上がってきた土の槍にぶつかる。

 鋭い柱先は男の鎧を歪めながら、タイタスではなく空を貫いた。


 後頭部から地面にずり落ちた黒鬼は、無様にひっくり返ったまま動かなくなる。

 盾を四人に減らせたことは僥倖であったが、その代償も大きかった。


 土の柱に巻き込まれたタイタスの右腕は、肩の付け根から消失していた。

 当然であるが、武器も失われている。


 末端再生でじわりと上腕骨が生えつつあるが、体が大きいせいで非常にその速度は遅い。

 相手の魂力を吸えばあっという間に元通りだが、黒い鎧に阻まれてはそうもいかない。

 タイタスはしつこく空腹を主張してくる背骨を軋ませて、盾の向こうの小さな鬼を睨みつけた。


「チッ、……そろそろグリンブルも動けるだろう。ゴーさん、行け」


 片腕を失った大きな骨は、一体と一匹に撤退を命令した。


「そうしたいのは山々ですが、吾輩先輩がきっと凄く嘆くので却下です」

「せめて相方を見捨てるわけには、とか格好いい理由にしとけよ」

「ハァ?」


 奥歯をわざとらしく鳴らしながら、五十三番は驚くべき速さで矢を放った。

 わずかに遅れて飛んだ二本の矢は、樹上に伏せていた射手の喉を鮮やかに貫いた。


「あと一人。あ、そろそろアレが来る頃ですよ」

「うん? ああ、定時連絡のか。来てもどうにもならんだろ」

「そうでもないと思いますよ、ほら」


 左腕の盾を水平に構え直し、タイタスは迫ってくる二人の男を同時に受け止めた。

 残った二人の黒鬼が、その側面に回り込む。

 逃げ場を防がれ、ついでに足元の揺れまで感じ取ったタイタスが覚悟を決めたその時。


 

「カァー!」 


 

 空から舞い降りた黒い影が、黒衣の鬼へと嘴を突き立てた。

 これまで表情を崩すことのなかった小鬼も、この不意打ちには驚きを隠せず慌てた顔で杖を振り回す。


 隊長格が襲われたことに動揺したのか、最後まで気配を完全に隠していた射手が急ぎの一矢を放った。

 それはカラスを速やかに射落としたが、同時に自らもまた五十三番の狙い定めた矢の前に倒れ伏す。


 射手を全て始末した五十三番は、カラスの魂力が残っているのを素早く確認して小さく歯を鳴らした。

 そして身を挺してくれた戦友に、感謝の言葉を伝える。 


「……ご苦労様でした、グリンブル」


 矢をひたすら受け続けていた一角猪は、酷い有様になっていた。

 頑丈だった背中や肩には複数の矢が突き刺さり、鼻先や目の近くにも折れた矢がぶら下がっている。


 残った血止め薬を振りかけながら、五十三番は猪の背から刺さった矢を強引に抜き取った。

 強固な猪の鎧を貫いていたのは、真っ黒な鏃を持つ矢であった。

 最初の頃に撃ってきた矢とは、明らかに色が違う。

 隠し玉のような矢であろう。


 新たな矢を手にして、背後を振り返った五十三番は異変に気づく。  

 先ほどのフーの奇襲で、小鬼は手に持つ鎖の一本を手放してしまったらしい。


 その先につながっていた黒い鎧の男が、盾を落としてもがき苦しんでいた。

 懸命に兜と鎧の間に、手を差し込もうとしている。


 だが間に合わず、男の兜は銀の首輪をメキメキと押し潰していく。

 そのまま角をかたどった不吉な兜は、鎧と隙間なくピッタリとくっついてしまった。


 強引に身長を縮めさせられた男は、兜と鎧の合せ目から血を垂らして地面へと倒れ込んだ。



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