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第百十六話 地味な勝利



 棘亀や小鬼の時にも感じたが、精霊を使う相手は魂力以上の強さを発揮してくる傾向があるな。

 火吹きトンボみたいな例外もあったが、あれは火という使いにくい媒体のせいか。

 何にせよ、今回も厳しい相手だというのは間違いない。


 矢の射程圏にようやく入った吾輩は、急いで状況を確認する。

 対象の水棲馬たちは、川の中央に固まっていた。

 一頭は手負い、残りの五頭は無傷。


 向こう岸にはロクちゃん、こちら側にはニーナと吾輩、盾と弓装備の守備隊八体が現在の戦力だ。


 水棲馬たちは到着した吾輩たちに気付いたのか、傷を負った一頭を除いてこちらに揃って向きを変えた。

 おそらくではあるが、動くモノを獲物だと捉えているのだろう。

 

『ニーナ、少しばかり守りを頼む!』

『あんまりは持たないっすよ!』


 そう言いながら長身の骨は、頭の横まで持ち上げた両手剣の先を馬たちへ向ける。

 殺気に反応したのか、五頭の水棲馬たちが次々と水中から跳ね上がった。

 強烈な水の攻撃が吾輩たちを襲う。 


『ヤバイっす! 無茶っす! キツイっす!』


 騒々しい歯音を立てながら、ニーナは大きく踏み込んで最初の水の槍を切り下げ、返す刃でもう一本を切り飛ばす。

 流れるように頭上で剣を回して遅れて飛んできた水の塊を両断しながら、さらに残った二本の水槍を続けざまに弾いて向きを変えた。

 

 見事な動きだが、感心している場合じゃないな。

 先ほどから観察していたが、水棲馬は水の槍を放った直後、着水して水面を叩くことで即座に水の壁を生み出すという隙のない動きをしていた。

 だからこのまま狙って矢を放ったところで、壁に防がれて意味をなさないだろう。


『矢を噛んでから弓構え! 仰角四十五度、放て!』


 しかし水の壁が地壁と同じであるならば、その弱点もまた同じであるはずだ。

 垂直に立てられた壁には、当然ながら高さの限界がある。


 要は壁を迂回すれば良いのだ。

 角度をつけて放たれた矢は、山なりの曲線を描いて水の壁をたやすく飛び越えた。

 そのまま水棲馬たちに降り注ぐ――はずが、角度が浅かったせいで川を通り越し、向こう岸まで飛んでいってしまった。


 そこに運悪く居合わせるロクちゃん。

 しかもロクちゃんに顔を切られて怒った一頭が、ちょうど水の槍を放った瞬間に重なった。


『た、倒すーー!』


 水槍を後方転回して華麗に躱しながら、ロクちゃんは両手の剣で飛来する矢を切り落としいく。

 だが最後の一矢がこれまた運悪く、左足首に命中してしまった。

  

『うう、すまん、ロクちゃん。訂正、仰角六十度、放て!』


 下僕骨に命令を下しながら、急いで前に出て川原の土を突く。

 矢を射たことで、馬たちは攻撃されたことを理解したようだ。


 再度、空中に跳ねた水棲馬の尻尾から、新たな水の槍が飛び出してくる。

 一瞬で盛り上がった土の壁は、ニーナが討ち漏らした水の槍の前に立ち塞がった。


 が、あっさりと貫通されて、弓を構えていた骨を吹き飛ばす。

 ううむ、相性もあるが、土と水の密度の違いが影響しているようだな。

 ちなみに川底で地壁を出そうとすると、水の流れのせいか上手く形成できずに崩れてしまったりする。

 

 下僕を一体失ったが、今度の弓の角度はバッチリだったようだ。

 水棲馬の群れのど真ん中に、七本の矢が水の壁を飛び越えて襲いかかる。


 矢に貫かれた馬どもは、けたたましい鳴き声を上げて暴れた。

 その肩や背中から吹き出した青い血が、流れを鮮やかに染めていく。 

 よし、このまま麻痺してくれれば――。


『なんか全然、元気っすよ! あいつら』 


 動きが鈍る様子もなく、再び水棲馬たちは大きく水面を蹴り上げた。

 飛来した水の槍は、さらにもう一体の下僕骨を跳ね飛ばす。


『……このままでは、先にこっちがやられてしまうな』

『そろそろ厳しいっすよ!』

『倒す!』


 向こう岸のロクちゃんも苦戦しているようだ。


 弱点を見破ろうとした吾輩の視界が、水棲馬の矢傷から濁った青い液体が吹き出したのを見い出す。

 途端に流血は治まり、傷口は盛り上がった血の塊に覆われてしまう。

 今のはまさか、麻痺毒を排出してたのか?

 考えてみれば血液も、水の一種と言えるか……。


『麻痺毒が効かないとなると、決め手がない吾輩たちが不利だな。ここは一度、距離を開けて――いや、橋の方に向かわれたら意味がないか』

「待たせたな! 団長。注文の品を持ってきたぜ」


 背後から掛けられた声に、吾輩は待ち侘びていた品が到着したことを知る。

 おお、これで何とか出来るかもしれん。


『待っていたぞ、親父殿。骨ども、前傾して盾を構えろ!』


 弓を盾に切り替えた守備隊は、腰を落として水の衝撃に備える。

 これで少し時間を稼げるはずだ。


 下僕骨の背後に回った吾輩は、急いで土の槍を地面から引っ張り上げる。

 今回はいつもの半分の長さで、しかも中は空洞にしてと。


 そして石工の親方から受け取った手桶の中身を、土槍の中に流し込んでから穂先を作って蓋をする。


『何してんすか?! こっちを手伝って下さ――うげっ!』


 振り返ったニーナは、吾輩が槍に詰め込んでいる液体に気付いて嫌そうな声を上げた。

 それもそのはず。

 液体の正体は先日、ニーナが沈みかけた黒沼から取ってきた黒粘水であった。


 このネバネバの黒い水だが、冷えて固まると接着剤のような役割を果たしてくれるのだ。 

 なので試しに橋の中詰石に使ってみたところ、いつもよりも強固な仕上がりになったというわけである。

 橋の次の円弧部分にも使う予定で、村の中央広場に置いておいたのがここで役に立つとはな。

 

 作業用の下僕骨たちが運んできた黒粘水を、六本の地槍に詰め終えた吾輩は新たな司令を下す。


『槍を構え、撃て!!』


 投槍棒はないが、この距離ならば腕の力だけ十分だ。

 それに貫いてダメージを与えるのが狙いでもないしな。


 水の壁にぶつかった地槍は、ボロボロと崩れ去る。

 同時のその中身が、川の真ん中にぶち撒かれた。


 粘着く液体は瞬く間に水棲馬たちを取り囲み、その体にまとわりつく。

 もがく獣たちたが、強力な粘り具合の前に為す術もないようだ。


 何とか水の槍を出そうと暴れるが、黒く変わった水面は小さく盛り上がるだけに留まっている。

 水の壁も同様に出せないようだ。


『弓を構え、撃て!』


 防御手段を失った哀れな馬たちに、矢の雨が襲いかかる。

 麻痺毒は効かなくても、ダメージ自体は与えられるからな。


 しばらく身動きの取れない水棲馬たちに矢を打ち込み続けると、力尽きた奴から川面へ倒れ込んでいった。

 全ての馬が瀕死状態になったのを魂力で確認してから、攻撃を止めて作業骨に回収を命じる。


 まあネバネバが付いてしまうが、元から黒い鎧なので多少の汚れなら目立つまい。

 陸に水揚げした馬どもを、一頭ずつ黒棺様へ運ぶように指示してから、守備隊の方は柵の警護に戻す。

 流石にないとは思うが、また水棲馬を連れてくる可能性も考えておかないとな。


『吾輩はこの馬が黒棺様にちゃんと入るか確認してくるぞ。ニーナとロクちゃんは、引き続き橋の守りを頼む』

『ま、一番強い俺っちがいれば、ここは余裕っすよ』

『倒す!』


 矢で射抜かれたロクちゃんの足も、末端再生ですでに完治したっぽいな。

 ゾロゾロと下僕骨たちと親父殿を引き連れた吾輩は、洞窟を目指し村の広場へと通り掛かる。

 そこには避難した村人たちに混じって、子供たちや村長、教母シュラーの姿があった。

 駆け寄ってきた村長は、下僕骨が担ぐ水棲馬の姿にあんぐりと口を開けた。


『村長、襲来した水棲馬は退治したぞ。皆を安心付けてやってくれ』

「骨王様、ご苦労様でした。早速、鐘で知らせておきます。やはり男爵様の仕業ですか?」

『ああ、断言はできないは、ほぼ確実だろう』

「……そうですか。あ、そう言えばあちらの鳥は、骨王様の飼われていたモノですよね?」


 ゾーゲン村長が指し示したのは、ロナに抱かれたカラスのフーであった。

 何やらまた怪我でもしたようで、大切そうに少女に撫でて貰っている。

 ロナの肩には、つがいであるムーがとまって心配そうに覗き込んでいた。


「御使い様、この子、怪我をしたみたいで、フラフラと飛んできたんです」

『そうか。助けてくれて感謝する』

「あの……、宜しいですか? 御使い様」


 ややこしいが、娘との会話中に話しかけてきたのはロナの母親であるシュラーである。


「そのカラスですが、こんな物を咥えていました」


 そう言いながら祭服姿の女性は、訝しげな顔で吾輩に骨の欠片を手渡す。

 薄さから見て、頭蓋骨の破片だな。


 ひっくり返してみると、骨の裏には紋章のようなモノが描かれている。

 それはハートの形が重なった模様をしていた。



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