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第百十二話 渦巻く流れ


 

 吾輩たちが一人の人間の少女を助け、その集落に辿り着いたのはもう数ヶ月も前の話だ。

 そこからちょっとした経緯があって、なんだかんだと村に手を貸すこととなって……。


 今やみすぼらしかった村の様子は、大きく変わろうとしていた。

 あばら家しかなかった並びには、立派な建物が増えつつある。

 貧相な平屋建ての教会も建て直し、宿泊施設として遜色のないものになった。


 村を守る立派な柵と堤防も完成し、畑の面積は二倍以上に広がった。

 黒絹糸や毛皮の生産業も少しずつ軌道にのり、人の行き交いも増えて村はより豊かに転じた。

 

 そしてとうとう流民たちの寄せ集まりだった場所は、教会領として認知されるまでに至った。

 全ては良い方向へと、向かっているかのように思える。


 うむ、確かに村は順調に発展して行ってるな。

 移住者もちびっとばかし増えたし、何より鍛冶屋や大工なんかの職人が来てくれたのが有り難い。

 このままどんどん人口が増加してくれたらと願うのだが、そうそう上手く行かないのが世の常というものだ。


 今のところ、呪森の村は安泰そのものである。

 しかし村の外からは、危うい噂が日に日に流れ込み始めていた。


 それは橋造りを見学中のニーナが、向こう岸で何かの気配を捉えたことが発端だった。


「――あそこ、何か居るっす!」


 ニーナの歯音と同時に、剣を抜いたロクちゃんが動き出していた。

 作り掛けの橋を瞬時に駆け抜け、次々と川中の橋脚を足蹴にしていく。


 川向うはかなり切り開いたとはいえ、まだまだ樹々や下草は多く残っていた。

 その内の一つに、高く跳躍した小柄な骨が音もなく飛び込む。


 怯えたような悲鳴と気配が、密集した茂みの奥から伝わってきた。

 しばらくしてガサガサとわざとらしく音を立てながら、ロクちゃんがピョコッと顔を出す。


 その両の手にぶら下がっていたのは、剣ではなく手足が生えたズタ袋であった。

 よく見るとまだ幼い子供のようだ。


 子供を掴んだままロクちゃんは軽々と宙を跳び、吾輩たちの側へと戻ってきた。


「倒した!」

「よく捕まえたな、ロクちゃん。えらいぞ。ふむ、見覚えのない顔だな……」

「何か匂うっすね。あと死にかけてるっす」


 ニーナの指摘通り、二人の子供の魂力は大きく減っていた。

 垢染みた顔は頬がこけ目も虚ろで、手足を動かす元気もないようだ。

 服と呼ぶには無理があるボロ布だけの格好といい、明らかにこの村の住人ではないな。


「取り敢えず、教会へでも持っていくか」

「俺っちも付いていくっす!」

「倒す?」


 動き出そうとしたニーナの服の袖を、ロクちゃんがキュッと引っ張った。

 そしてさり気なく、顔を子供たちが居た茂みへ向ける。


「まだ何かあるのか。ニーナはそっちを頼む」

「分かったっす!」


 グッタリと抵抗する素振りもない子供を吾輩に渡すと、ロクちゃんはまたも素早く作り掛けの橋を渡っていく。

 その後をニーナが、体の大きさに似合わない身軽さで続いた。

 生き物の大きな気配は感じなかったので、この子たちに関係のある持ち物だろうか。

 しかし幼子だけで、あんな場所に潜んでいたとは考えにくい。

 だとすれば、残念な可能性が――。


 茂みに入っていったニーナの視界を覗いて、吾輩の悪い予感が当たったことを知る。

 草むらに転がっていたのは、誰かの肉体だった。

 

 薄汚い布から突き出している手足は、枯れ木にように細い。

 地面にべったりと伏せているため、顔は見えないが髪の長さからして女性だろう。

 魂力は完全に消えており、ただの抜け殻であることは即座に分かった。


 ……勿体ないことを。

 死体はそのままで戻ってくるようニーナに伝えてから、脇に居た石工の親方に断りを入れる。

 

『親父度、ちょっと席を外すが構わないか?』

「ああ、ここは気にしなさんな。とっとと連れてってやりな」


 何かあっても二体が残っているし、下僕骨の指示もニーナに任せておいて大丈夫だろう。

 しかしさっきの人間離れした骨の動きを全く気にも留めないとは、やはり大らかな性格をしてるな。


 子供をぶら下げたまま、村の中央へと足早に向かう。

 昼飯時を過ぎて人影が減った広場を抜け、教会の扉を押し開ける。

 

 幸いにも食堂の客は、茶を飲んでいた商人らしい二人組だけであった。

 今の吾輩の見た目はかなり人さらいっぽいので、悪い噂になりかねんからな。


「骨さん、いらっしゃい」

「あら、その子、どうしたの?」

「たおした?」

『ロナかシュラーはいないのか?』


 出迎えの双子と小ニーナが寄ってきたので、二人の居場所を尋ねる。


「お母さんなら厨房だよ」

「お姉ちゃんは、水汲み」

「たおした!」

『じゃあサーサと小ニーナは村長を、ビービはロナを呼んできてくれ』


 吾輩の指示に大きく頷いた子供たちは、大急ぎで扉から飛び出していった。

 食事を作る場所に小汚いものを持ち込んで良いものかと考えていたら、やり取りが聞こえたのか教母であるシュラーが奥から顔を出す。

  

 吾輩の手から吊り下げられた子供に気付き、その顔が強く強張った。

 今、一瞬だけだが、手を組み合わせかけなかったか……?


「どうされましたか?」

『川の向こう岸で見つけた。腹を空かしているようで、元気がない』

「食事を何日も取ってないようですね。任せて下さい」


 吾輩から子供たちを受け取ったシュラーは、肩掛けで包んで長椅子へと寝かせる。

 そして調理場へ踵を返した。


 戻ってきた彼女が手にしていたのは、細い湯気を上げる麦粥が入った皿だった。

 そっと匙ですくうと、子供の口元へと持っていく。

 

 食べ物の匂いで正気を少し取り戻したのか、子供は素直に口を開けた。

 優しく差し出された麦粥を、口に含みモグモグと食べ始める。


 もう一人の子も、同様に食べさせてもらう。

 やや血色が戻ってきた子供の様子に、シュラーは静かに息を吐いた。


「お姉ちゃん、連れてきたよ!」

「何かあったんですか?」


 そこにちょうど水桶を抱えたロナが戻ってきた。


「いい所に。この子たちをさすってあげて。随分と体が弱ってるみたいなの」

「はい、母さん。もう、大丈夫よ、安心してね」


 声を掛けながら手を軽く添えて、ロナは子供たちを元気づけていく。

 双子のビービも真似して、ペタペタと撫で出した。

 

 どうやら危険な状態は、あっさり脱したようだ。

 和やかな雰囲気になりかけたところで、またも強く扉が開かれた。


 息を弾ませて入ってきたのは、双子のサーサと小ニーナを小脇に抱えた村長だった。

 吾輩たちの状況に気付いたのか、駆け足で近寄ってくる。


「ほ、骨王様が、子供をさらってきたと聞きまして――」


 衰弱していた子供の方へ顎をしゃくりながら、サーサと小ニーナを受け取る。

 そのまま根も葉もない噂を広げた二人を、罰として逆さ吊りにする。


「川向うに居たそうです。そうなると……」

「子爵領からですか。厄介なことになりそうですな」

『ふむむ、理由を聞かせてくれるか?』

「頭に血が昇るよ~」

「た、たおす!」


 シュラーと顔を見合わせた村長は、声を落として話を続けた。


「ご説明差し上げたいのですが、ここでは少々やりにくいお話でして」

「続きは客室の方でしましょうか。ロナ、この子たちが食べ終えたら、お湯を沸かして体を拭いてあげて。サーサとビービも手伝ってあげてね」

「はーい」


 少女たちに後を任せ、吾輩たちは二階の部屋へと移動する。


「ところで、その、……あの子たちの両親は居ませんでしたか?」

『母親らしい人間なら既に死んでいた。他に人の姿はなかったな』

「そうですか。魂が迷わぬよう、母なる神のお導きがあらんことを」


 哀れみを湛えた瞳で、シュラーはそっと祈りの言葉を口にした。



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