第百九話 久々の遠征……先探し
吾輩が開墾事業に精を出している間、他の骨たちは別に遊び回っていた訳でもない。
五十三番たちも、黙々と周辺の調査を続けてくれていたのだ。
結果として床に描かれていた地図は、さらに広がりを見せ――。
と言いたいが、実は床の方の周辺図は、ロクちゃんとちびニーナのせいで結構前に土の山に変わってしまっていた。
まあ、尺骨倒し遊びは楽しいから仕方ないか。
なので現在の地図は、平らな石盤と石筆へと変わっていた。
この石の板は、元は屋根瓦に使う物だったらしい。
石筆の方は滑らかな白っぽい石を棒状にしたもので、床や壁に印をつけたりするのに便利な道具である。
両方とも村に呼んだ石工の親父から、無理やり譲り受けたものだ。
おかげで前よりも、見やすい地図が描けるようになった。
それに悪戯っ子たちに、消される心配もないしな。
「さて今日の目的地だが……。お勧めはあるか?」
「俺は北が良いな。そろそろ強い奴を食いてぇ気分だぜ」
「それ前から気になっていたんだが、魂力って味がするのか? 相手によって、美味いとか不味いとか変わってくるのか?」
まだ味覚と皮膚感覚だけは未習得のはずなのだが。
吾輩の問い掛けに、タイタスは顎に手を当てて考え始める。
「うーん、味って感じじゃねぇな。ただ手強い相手ってのは、こうビビッと来るんだよ、骨の髄にな」
「ふむむ、そういうものなのか。なら要望を取り入れてやりたいが……」
視線を向けた途端、五十三番はかなり渋い顔に変わった。
「北方面は思った以上に厳しそうですよ。今の僕たちでは、ある程度の損害は覚悟した方がいいですね」
まず甲虫の生息地がある北東方面であるが、黒い樹々が密集しており腐葉土も多く思うように進めないと。
この辺りは前に聞いたのと変わっていないな。
それとかなり強い気配を感じるのだが、姿がハッキリ視認できない有り様らしい。
こっちは花園の巨大カマキリのようなパターンっぽいな。
次に崖の上の北西方面であるが、溜池周辺の狼どもはそれなりに狩り尽くしたらしい。
問題はさらに奥に進んだ地域だった。
まばらな木の集まりが、なぜか急に密林へと変わってしまったのだと。
あと気温もいきなり上がってしまったとも。
多分、その辺りは火吹き山に近いせいで、影響が大きいのだと思うが……。
見慣れない植物が密集しており、その上尋常ではない気配が漂ってきたので探索の継続は断念したらしい。
「……全力で行けば何とかなるかもしれんが、今の吾輩たちに無理は禁物だな」
男爵の手下の一部を始末出来たとはいえ、まだ油断できる状況とは言い難い。
他の勢力が手出ししてくる可能性も考えて、冬までは無難に行動すべきだろう。
寒くなると人間の活動はかなり制限されるし、それまでの我慢だな。
「となると残っている中で、有力そうなのは……」
東方面は延々と続く丘陵地しかなく、必ず途中でニーナが飽きて文句を言うに違いない。
それにタイタスとロクちゃんが乗っかる未来が、ありありと頭骨内に浮かぶ。
よって東は却下だな。
「西はどうなんだ?」
「こっちは広範囲に足を伸ばしてみましたけど、剣歯猫と犬が少し居たくらいでした。罠も一応、増やしてはみたんですが……」
そこで五十三番は、やや曇った表情を見せた。
「僕の勘違いだと良いんですが、ちょっと気になる点がありまして」
「何があった?」
「実は今週、仕掛けた罠が一つ壊されてました。最初は猪の仕業かとも思ったのですが、違う可能性もあり得るなと」
人為的な原因かもしれないと。
これは不味いな。
確定前に動くのは愚かかもしれないが、うっかり見過ごせるような相手ではない予感もする。
「鍛冶屋には連絡を入れておこう。装備の強化を急がせんとな。それとしばらくは、西方面の巡回を増やすよう頼む」
「分かりました」
「よし、次からは俺もついていこう。グリンブルに乗ってけば早いしな」
「感謝しますよ、おっさん」
そうなると今日のところは、西方面も止めておくか。
元より獲物が少ないってのもあるしな。
「消去法で残ったのは南か」
「なぁもう面倒だから、男爵んとこまで攻めに行こうぜ」
「僕は街道の馬車を襲った方が、効率が良いとは思いますね」
「こらこら、物騒なことを言うんじゃない」
実は商人の馬車については、逆の依頼が増えていたりもする。
つまり襲うのではなく、守って欲しいとの話だ。
どうも呪いの森の獣に立ち向かえる修道騎士なら、追い剥ぎ如き物ともしないだろうという評価だそうだ。
護衛料はそこそこの収入になるようだし、賊を生け捕りにすれば魂も回収出来る。
問題は通訳が必須なことと、正体がばれたら任務失敗となる点だな。
もちろんその場合は、口封じを兼ねて商人ごと黒棺様に捧げると言う意味合いになるが。
「結局、どこにも行けないという結論になってしまったな」
「あ、南でしたら、手頃な場所が一箇所ありますよ」
そう言いながら、五十三番は石盤の下の方を指差す。
洞窟からやや離れた南西の位置に描かれていたのは、楕円形に塗りつぶされた印だった。
「それなんだっけ?」
「やっぱり忘れてましたね。沼ですよ、真っ黒沼」
「あ、ああ、あったな。火吹きトンボが居たって場所か」
「お、何か強そうな名前じゃねぇか。気に入ったぜ」
今となっては雑魚だと思うのだが、ゴネられると面倒なので黙っておくか。
「よし、今日の遠征地は南の沼で決定だ。ムー、ロクちゃんとニーナを呼んできてくれ」
「ガー!」
吾輩の肩で居眠りしていたカラスは、一声上げると洞窟の外へと飛び出していった。
しばらくして騒々しい声が響いてくる。
「これで俺っちの勝ち越しっすね」
「倒した!」
「良いっすよ、次は十畝連続種まき勝負でどうっすか?」
「倒す!」
どうやら昨日の勝負を、まだ続けていたようだ。
ま、麦の種まきが早めに終わりそうなので、それはそれで良いことだな。




