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第百八話 種まき祭り 宴編



 村の畑を改めて見てみたが、畝の高さや向きが不揃いでどうにも美しくない。

 個人個人で耕しているので仕方がないとは思うが、もうちょっと綺麗にしたほうが作業がしやすいだろうに。


 村人たちは畝に小さな穴を等間隔に掘ると、三粒ほどの種籾を落とし土で軽く蓋をしていく。

 ぎっちりと土を詰めてしまうと、芽が出にくくなって駄目だとアルが説明してくれた。


 昔はこういったこともせず、バラバラと投げて撒いていたらしい。

 そっちのほうが簡単に仕事は終わるが、今のやり方の方が収穫量が多いとわかって主流になったのだと。

 種まき祭りの行事も含め、こういったことも創聖教会が主導で始めたのだと言っていた。

 意外とガッチリ、生活に食い込んでいるようだな。

 

『何かトロ臭いっすね。あんなので今日中に終わるっすか?』

『倒す!』

「たおす!」

『そうだな。少しばかり手伝ってやるか』


 どうも一つ一つ手作業やっているので、存外に時間が掛るようだ。

 開いている奥の畑へ移動して、吾輩たちも種まきをしてみることにした。

 子供たちもゾロゾロとついてくる。


『よし、この辺りで良いだろう』


 吾輩が杖を持ち上げると、気を利かせたロナが腕を離してくれた。

 アルも慌てて少女を見習う。

 

 ようやく身軽になった吾輩は、畝を一突きして適度に穴ぼこを作っていく。

 かなり細かい作業であるが、土の精霊の扱いなら熟達度まで達した吾輩である。

 こんなものは、赤子の手関節を極めるよりも容易いぞ。


「うわ! 勝手に穴が……」

「ふ、不思議だね。お兄ちゃん」


 脇を見ると、ついてきた子供の中に見慣れない顔がいた。

 黒髪に黒い瞳と地味な顔立ちだが、似ているところを見るに兄妹だろう。


 その横では丸顔の少年が、馬鹿でっかく口を開けている。

 こっちは目立つ赤毛だが、愛嬌のある面構えだ。


 新しく村に移り住んだ鍛冶屋や大工の子供のようだな。


「凄いでしょ!」

「骨さんは、不思議なこと出来るんだよ!」


 秘密をあっさりをばらしていく双子。

 まあ、村長から話はいっているだろうしな。 


『じゃあ競争するっすよ! チッサイさん』

『倒す!』


 周囲の状況を全く意に介さない二体が、種麦の入ったカゴを抱えると勝手に巻き始めた。

 長い足を大きく伸ばし、歩幅の広さを活かした動きを見せるニーナ。

 対するロクちゃんは、腕の回転を上げることで数を稼ぐ。


「うわわ、なんて速さだ!」

「び、びっくりだね。お兄ちゃん……」


 新入りの子供たちの反応に、つい新鮮さを覚えてしまう。

 双子やアルの弟のニルは、ちびニーナと一緒にしゃがんでミミズを楽しそうに突いており、二体の様子に全く興味がないようだ。

 ロナも吾輩をじっと見つめるだけで、視線を畑に移そうともしない。

 唯一、アルだけが、剣の先生であるニーナを懸命に応援していた。


 勝負は僅差でロクちゃんの勝利となった。

 負けたことを自覚したニーナは、大人気なく地団駄を激しく踏み始める。


『倒した!』

『今のは俺っちの開始がちょっと遅かったっす! あ、あとこっちの畝の方がちょっと長いっすよ!』

『倒した!!』

『それに俺っちの方が、きれいに撒けてるっすよ! チッサイさんのは、土の被せが雑っすよ!』

『倒したー!』


 何とも見苦しい。

 

『もう一度、競争すればいいだろう。畝はまだまだ残っているぞ』

『そうっすね。次は俺っちが勝つっすよ!』

『倒す!』


 二体に声を掛けながら、少年の手助けを思い出した吾輩は提案を持ちかける。


『そうだな。ここは子供たちも一緒に競争するか』

「とても素敵な考えですね、御使い様」

『一人一畝じゃ競争にならんし、子供は組分けしよう』


 幼少組と新入り組、それとアルとロナで一組にしてやる。

 うむ、このさり気なさが、吾輩の長所といっても過言ではないな。


『では用意、開始!』


 吾輩の合図で皆は一斉に種まきを始める。

 ……やはり競争相手にはならんか。

 圧倒的な速さで畑を駆け抜ける二体を横目に、子供たちの様子を眺める。


 幼少組は早速、双子に土団子を投げつけられたニルが泣き出し、その頭をちびニーナが撫でてやっていた。

 新入り組は頑張ってはいるものの、やや動きがぎこちない。

 そして肝心のアルとロナ組だが、仲良く共同作業中かと思ったら、それぞれ畝の両端に分かれて作業を進めていた。

 いや、確かにそれが一番、効率が良いんだが……。

 もっと、頑張れよ! 少年。


 二回目は、ニーナが穴一つ分先行しての勝利となった。

 ニーナは不味い点を骨に刻んで、即座に修正してくるからな。

 ただロクちゃんも、コツを呑み込んでからの瞬発力は負けていない。

 互いに強くなることには、骨身を惜しまないからな。そう、骨だけに!


 楽しく勝負しながら種籾を撒いていると、歓声に気付いたのか村長を始め村人たちも次々と寄ってくる。

 なぜかその後、大人も加わっての勝負大会となり、気がつくと作業のほとんどが夕方前には済んでしまった。


 ちなみに二体の勝負は、最終的には引き分けで終わった。

 無事、種まきを終えた村人たちは、やりきった顔で村へと戻っていく。

 

 広場に近付くと、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

 燃え盛る薪の上で串に貫かれた大きめの豚が、こんがりと炙られている。


 真剣な眼差しで串を回していたのは、小太りの男だった。

 その横には細身の可愛らしい女性が、男の額の汗を優しく拭っている。


「ご苦労様ですな。こっちはもうすぐ焼き上がるところですよ」


 村人たちが戻ってきたことに気付いたのか、熱心に豚を焼いていたダルトンは大袈裟に両手を広げ歓迎の言葉を述べた。

 村に残った女衆たちが、頑張って食事の準備をしてくれていたようだ。


 よく見ると豚の丸焼き以外にも、燃え盛る丸太の上で鍋がグツグツと煮え立っている。

 なるほど丸太の上部に四分割に切れ目を入れて、火がつけてあるのか。

 これなら長く燃えるし、追加の薪も要らないな。


 麦酒の樽が開けられ、酒杯と切り分けられた豚が村人たちに手渡されていく。

 またも祭服姿の教母シュラーが杯を手に、生の喜びと感謝の祈りを捧げたあと、楽しげな夕食が始まった。


 飲み食いは出来ないが、吾輩たちも席について話に耳を傾けることにした。

 

 鍋は下処理した豚の臓物を、豆や生姜を入れて塩で味付けしたものらしい。

 嬉しそうにパンを浸して食べる子供の姿を、ダルトンはわずかに口の端を持ち上げて見つめていた。

 今日のために、飼っている豚を無償で提供したと言っていたな。


 最近はガツガツした雰囲気が鳴りを潜め、余裕のある顔付きを見せるようになった。

 これも村が豊かになってきた証拠かもしれん。


 夕日が森の奥に沈み丸太の灯りが煌々と輝きだしたころ、何やら広場の一角にある石舞台で劇が始まった。

 この劇場に使われている石の山は、村の橋の作るためにわざわざ下僕骨を使って運んできた来た物だ。


 形が整った石がなぜ大量に準備できたかと言うと、種明かしは簡単である。

 盗賊どもが居た砦の跡地から調達したのだ。

 元の主が消えてしまった今、誰も文句を付ける者は居ないだろう。


「誰か、誰か助けて!」

「バウバウ! バウバウ!」


 舞台では森に迷い込んだ少女が、怪しげな犬もどきに襲われているところだった。

 あわや絶体絶命という瞬間、黒いローブ姿の人物が現れ杖を振って獣を追い払う。


 森の隠者、という設定らしい。


 その後も森の隠者は、雨を退けて川を鎮めたりと活躍していく。

 そして最後は盗賊に襲われた村に現れ、杖をかざしてバタバタとなぎ倒す。


 盗賊の首領を倒し終わった時、教母シュラーが颯爽と登場していきなり聖光を放った。

 ああ、この問答無用な感じは、かなり再現度が高いぞ。


 光を浴びた森の隠者は、急いで黒いローブを脱ぎ捨てる。

 その下から現れたのは、眩しい白衣に身を包んだ鍛冶屋のウンドの姿であった。


 聴衆に向かってやたらと力瘤を見せてくる鍛冶屋に、激しい野次が次々に飛ぶ。

 何だかよく分からないまま、劇は終わりを告げた。

 多分、吾輩の存在を知らしめるのが目的だとは思うが、これでは逆効果じゃないだろうか……。


 憮然とした面持ちで舞台を眺めていると、袖から小柄な姿が颯爽と現れる。

 それは羽耳族の子供を抱きかかえたロクちゃんだった。


 静まり返る中、得意げな顔でロクちゃんが舞台を横切っていく。

 だがその前に、麦わら帽子をかぶった長身が立ち塞がる。


 子供を置いて腰の剣を抜くロクちゃん。

 対するニーナも背中の長剣をするりと抜き放つ。


『昼間の決着、ここでつけるっすよ!』

『倒す!』


 突然、始まった剣戟に最初は呆然としていた村人たちも、二体の骨の華麗な動きに次第に声を上げ始める。

 よくよく見ると本気ではなく、稽古の時の型を互いに繰り出しているようだ。

 それでも素人目には、見分けがつかないのだろう。

 皆、身を乗り出して熱心に見入っている。


 水平に突き出した長剣の上に、音もなく降り立ったロクちゃんが剣を振るう。

 わざとらしく剣を落としたニーナが、もがきながら倒れてみせた。


 分かりやすい決着に、拍手喝采が送られる。

 先ほどの劇とは大違いだな。


 それから誰かが笛や三本弦の楽器で陽気な音楽を奏で始め、浮かれた村人たちが手を取って踊り始める。

 吾輩も袖を引かれたので見下ろすと、ロナが頬を染めていた。

 いやいや、踊るのはやぶさかでないが。


 またもじっとりとした視線を感じた吾輩は、奥歯を軽く噛んで立ち上がった。

 そしてアルとロナの手を取り合うと、二人に手を繋ぐよう命じる。

 一体と二人で輪を形成した吾輩たちは、そのままグルグルと回り出す。


 双子を抱えたニーナと、ちびニーナを乗せたロクちゃんも音楽に合わせて回り始めた。

 村長や鍛冶屋も、一緒に踊っている。

 エイサン婆の手を取るシュラーの姿も見える。


 こんな感じであちこちで声を上げる村人たちに囲まれながら、種まき祭りの夜は更けていった。



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