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第百七話 種まき祭り 昼編



 村長に招待されたので、村の祭りに顔を出すことにした。

 男爵の一件が片付いたので少し時間が出来たのと、村の様子をたまにはゆっくり見ておきたい気持ちがあったせいである。

 それにマメな骨付き合い、もとい人付き合いというものは、良好な関係を維持するために欠かせないからな。


 黒鎧に着替え杖を片手に外に出ると、なぜかロクちゃんとちびニーナ、それと大きい方のニーナが待ち構えていた。

 ロクちゃんはモコッとした厚手の服を、ニーナは板金鎧を無理やり着込んでいる。


「倒す!」

「たおす!」

「俺っちも倒すっす!」

「そうか頑張れよ」


 応援してから村へ向かう。

 その後ろを骨たちと子供が、ウキウキした足取りでついてきた。


「いや待て。どこに行く気だ?」

「俺っちたちも、村に行ってみたいっす!」

「いや待て待て。その格好でか?」


 確かに骨部分の露出は押さえてあるが、ロクちゃんは顔丸出しだし、ニーナに至っては全身鎧姿で不自然極まりない。

 だいたい普通の人間は、そんな重い物を着てホイホイ歩き回ったりしないぞ。


「駄目っすか?」

「倒す?」

「たおす?」

「いや……、別に良いが、ちゃんと吾輩の言いつけを守れるか?」


 ブンブンと顔を上下に振る二体と一人。

 仕方ないな。だが一応、着替えさせておこう。


 ロクちゃんは薄い服に変えさせ、頭には甲虫の兜をかぶらせる。

 ニーナも下はズボンで行けたが、上はサイズがきついので、胸当てと肩当てを付けさせて誤魔化した。

 鉄兜も不審者っぽいので、麦わら帽子をかぶせ日除け布をそれらしく顔に巻いておく。


「これでバッチシっすか?」

「正直、鎧と帽子が全くあってないが、さっきよりかはマシだな」

「倒した!」

「たおした?」


 ちびニーナがぴょんぴょこ跳ねてせがむので、ロクちゃんと同じになるよう黒い布を頭に巻いてやる。

 よし、これで大丈夫……、でもないが、見て見ぬふりくらいはしてくれるだろう。


 種まき祭りとは秋が深まるこの時期、雨のなかった週末に毎年行われている小麦の種まき行事を指す。

 無事に小麦が実ることを創世の母神に祈願して、宴を開く習わしなのだと聞いた。

 

 村の広場に着くと、ちょうど教母シュラーが小麦の種籾に祝福を授けているところだった。 

 白い祭服を身に着けた女性は、胸の前で指を複雑に組み合わせる。


 厳かな顔付きで頷くと、見慣れた光が指の形に一瞬だけ放たれる。

 それは積まれた小麦の種の山に奇妙な形の印を浮かび上がらせると、ゆっくりと音もなく消え去った。

 

 今のが聖印と呼ばれる物らしい。

 滅びの力を退ける効果があるため、病気の予防に有効なのだとか。

 また死者に施すことで、死を忘れた者アンデッドへの変化も防げると。

 

 ただ効果は保って数日なので、病気の予防に関しては気休めだったりもする。

 なので吾輩の畑に撒く種籾には、聖印の祝福は断っておいた。

 下僕骨がうっかり素手で触って、溶けてしまっては大変だからな。


「あれカッコ良いっすね! 俺っちも書いて欲しいっす」

「肋骨がなくなるぞ、止めとけ。いや、黒棺様に登録して貰えるから、一回は受けておいた方が良いのか」

「じゃあ、行ってくるっす!」

「待て待て、後にしろ」

 

 何時もなら、この辺りでロクちゃんが口を挟んでくる筈なんだが……。

 横を見ると周りの人の多さにビックリしたのか、小柄な骨と子供はお揃いで口を開けていた。

 手をしっかりと握り合って、視線を左右にキョロキョロと動かしている。


 小動物っぽいなと思っていたら、急に周りから拍手が巻き起こった。

 ロクちゃんが咄嗟に腰を落とし、その背後にちびニーナが慌てて隠れる。


「お、見たことあるチビたちっす」


 ニーナの呟きに顔を戻すと、広場の中央に現れたのは顔見知りの少女たちだった。

 ロナに双子、それと名前を知らない女の子たちがぞろぞろと種籾の前に並ぶ。


 そして目で合図をした後、一斉に声を揃え歌い始めた。

 どうやら天の神々を賛美する歌のようだ。

 子供たちの元気な歌声は、ちぎれ雲が浮かぶ青い空に吸い込まれるように響き渡っていく。


 村人たちが無言で聞き入る中、歌声はゆっくりと音量を下げていった。

 やがて染みとおるような余韻を残して、聖歌は終わりを告げた。

  

「なんか良い歌っすね!」

「倒した!」

「うん、きっと倒せたっすよ!」


 この場合、祓われる対象は、吾輩たちだと思うのだが……。

 気に入ったのなら、無粋なことは言わないでおくか。

 

 再び拍手が巻き起こったので、吾輩たちも急いでそれに加わる。

 ロクちゃんと羽耳族の子供も、どうやら今ので緊張がほぐれたようだ。

 いつの間にか肩車状態のちびニーナと一緒に、ロクちゃんもカチカチと手を叩いている。

 まあ、手袋をはめているので、正確にはボフボフだが。


 目立つ格好で拍手したせいで、すぐに吾輩たちだとバレてしまったようだ。

 周りにいた村人たちは、大慌てで距離をあけるとうやうやしく頭を下げてきた。

 気付いた村長も急いでこっちに向かって来そうだったので、手の平を向けて押し留める。

 今は行事の進行を優先してくれ。

  

 と思ったら、代わりに歌い終わったロナと双子たちが駆け寄ってきた。


「ようこそ、いらっしゃいませ、御使い様」

「ギャーちゃん、見てた?」

「お歌、聞いてた?」


 双子の問い掛けに、羽耳族の子供は嬉しそうに微笑んだ。

 その返事に二人は、はしゃぎながらロクちゃんの足に抱きつく。

 

『倒す!』

『その子たちは倒しちゃ駄目だぞ、ロクちゃん』

『じゃあ、俺っちが抱っこしてやるっすよ』


 そう言いながらニーナが双子を抱きかかえて、左右の肩に乗せる。

 かなりの高さに驚いたのが、双子は息を合わせたようにニーナの顔にしがみついた。


「……あの、私もいいですか?」

『ふむ、肩車か? 少々厳しいとは思うが』

「いえ、その……、う、腕を組んでも?」

『それなら、好きなだけ組めば良い』


 嬉しそうに吾輩の肘に抱きついてくる少女。

 ふと食い入るような視線を感じた吾輩は、その方向へと顔を向ける。

 

 そこに見えたのは、建物の影からジッとこちらを見つめてくるアル少年の姿だった。

 …………すまん、すっかり忘れていた。


 吾輩が小さく顎を振って合図すると、アルは意を決したのか恐る恐る近付いてくる。

 そしてなぜか早足でロナの反対側へ周り、無言で吾輩の手を掴んできた。

 それ、違うだろぉぉ!

 

「では、皆の衆。種まきを始めるぞ!」

「おう、頑張るべ!」

「ご馳走が待ってるぞ、気合い入れていくべ」


 タイミングの悪い村長の掛け声で、村人たちはゾロゾロと移動を始める。 

 今から手の開いてる村人総出で、夕方までに小麦の種まきを済ませるらしい。


 やれやれと思いながら、両腕に少年と少女を引っ付けて、吾輩もその後についていった。 



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