第百五話 強襲! 騎馬部隊
王国歴七百七十二年、十月初週、明朝。
ルバニア家の当主、オーラン・ノルヴィート卿の要請を受け、騎士イーランを筆頭に騎兵十名、歩兵三十名で結成された小隊は、黒森川の上流にある流民の集落へと向かった。
名目は、その集落に紛れ潜む邪教徒の討伐である。
王国の北部、未開の地である黒腐りの森には、かねてより妖かしの術を操る滅神の使徒が潜んでいるという報告が度々上がってきていた。
領主であるノルヴィート男爵は、ついに無辜の民を脅かす脅威に立ち向かう覚悟を示したのである。
木の柵に囲まれた集落に到着した騎士たちは、早速、門を守る黒鎧の二名を弓で仕留める。
死体を検分したところ、肉の体を持たない骨のみという異様な状態だったため、邪術の使用が明白となった。
黒鎧たちの正体を知った村人たちは、直ちに門を開け解放者である騎士たちを迎え入れる。
イーランたちが最初に向かったのは、集落の長の家であった。
扉から現れたゾーゲンと名乗る男は、騎士たちの前にひざまずき涙ながらに訴え始めた。
話によると男は息子を人質に取られ、これまで止むを得ず従ってきたらしい。
この教区の祭司である教母シュラーも男の証言を裏付け、さらに聖印を施して潔白を証明してみた。
その後、以前より探らせていた密偵の話を元に、騎士たちは村の外れにある怪しい一軒家へ踏み込んだ。
だがそこはすでにもぬけの殻となっており、残っていたのは手足を縛られた少年のみであった。
人質となっていたアルデッドという少年から、邪教徒の巣窟は森の中にあるとの証言が得られる。
さらに彼らを従えていた銀色の鎧を着込んだ男が、そちらへ逃げていったとも。
それらは全て密偵の調査と一致したため、一行はそのまま森の奥へと向かった。
そして今、怪しげな洞窟を見つけたイーランたちは、かの悪しき者たちを殲滅すべく意気込んでいた。
「噂に聞いていたよりも、豊かな村でござったな」
「ああ、これは報奨に期待が持てますぞ」
「おふた方、皮算用は後に。今は目の前の敵に気を入れて下され」
「そうは言っても、イーラン殿。もはや逃げ場のない穴ぐらに逃げ込んだネズミどもなぞ、我らの手にかかれば――」
「銀の鎧が居りましたぞ!」
邪教の主をあっさりを見つけた従者の報告に、騎士たちはほくそ笑んだ。
だが事が簡単に進んだのは、そこまでであった。
洞窟の中は左右に曲がりくねっており、障害物も多く簡単に奥へ進めない構造となっていた。
さらに邪教徒たちは弓や手槍などを所有しており、制圧にはかなり手こずることとなる。
脇道や小部屋も多くあり、そこに潜んでいた敵や巧妙な罠に不意を突かれ、従士の中に怪我人も出始めた。
視界の効かない洞窟の中では弓の精度も落ちる上、向こうも盾を使う者が多く居りじわじわとしか前進できない。
それでも凧盾を構えた騎士を前面に押し出して、討伐隊は少しずつ洞窟の奥へと足を踏み入れることに成功していた。
だが肝心の銀の鎧の持ち主は、最初の一度以外、彼らの前に姿を現していない。
焦るイーランは、部下を次々と暗がりの奥へと送り込んだ。
そして気がつけば三十名近い兵士たちが、戦いの場へに駆り出されていた。
朗報を待ちわびる小隊長はふと何かが動いたような気がして、兜のまびさしを持ち上げる。
イーランの眼に映ったのは、洞窟がある小山の斜面を覆う草むらの一つが動く様子であった。
兎でも隠れていたのかと思った瞬間、不意に茂みの中から何かが立ち上がる。
それは不気味な杖を手にした、一体の骸骨であった。
声を発しようとイーランが口を開いたその時、骸骨は杖を足元へと突き立てた。
大地が揺れる。
ついで激しい地響きが湧き上がった。
いきり立つ馬の手綱を慌てて押さえながら、イーランは大きく目を見張る。
何が起こったのか、正確には分からない。
だがあの骸骨が、何かをしでかしたことだけは理解できた。
焦る騎士の耳に、複数の鎧が擦れる音が飛込んでくる。
それら洞窟の奥から、こちらへと向かってきていた。
外の光に向かって手を伸ばす兵士たち。
しかし次の瞬間、洞窟の天井はあっさりと崩れ落ちた。
味方たちが激しく舞い上がる土煙の中へ消えていく様を、小隊長はただ見ていることしか出来なかった。
唖然としたまま動きを止めていた兵士の一人に、どこからか飛んできた矢が刺さる。
次いでもう一人の喉が撃ち抜かれ、そこでようやく悲鳴が上がった。
手綱を握っていたイーランは、咄嗟に自分の馬の鞍へと這い上がる。
そして馬に拍車を掛けると、振り向きもせず逃げ出した。
イーランの頭の中にあったのは、言い知れぬ恐怖と、この現状をいち早く報告すべきという義務感だけであった。
けれども森の中を駆け抜けようとした騎士の狭い視界に映ったものは、真正面を塞ぐ巨大な獣の姿と、それに跨る白い骨が振りかぶる連接鎚矛であった。
後日、討伐隊は全て黒腐りの森で行方をくらましたとの報告だけが、男爵の元へ伝えられた。
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襲ってきた一味を一掃出来たことに、吾輩はようやく胸骨を撫で下ろした。
村人を通じて商人や街道橋の衛士たちから聞き出したところ、男爵が自由に動かせる部下は五十人足らず。
今回でほぼ片付いたと言えるか。
ここからさらに手を伸ばしてくる可能性も考えられるが、この週末、村は教会領へと変わる。
現在、各方面で戦争中の王国は、その多大な協力者でもある創聖教団と事を構えるのは良しとしないだろう。
それに騎士を十名も失っては、そうそう後に続く者も出ないと思える。
この辺りの噂もさくっと歪曲させて、大いに広めて貰わんとな。
吾輩ら修道騎士団は頑張って止めたのだが、騎士たちは聞き入れず果敢にも森の奥に隠れる屍使いを征伐に向かう。
だが戻ってきた者はおらず、全員、消息不明になったという粗筋でいいか。
「お疲れ様です、吾輩先輩」
「倒した!」
「うむ。二体ともご苦労様だ」
「今回は仕込みに随分と手間がかかりましたね」
「だが成果は大きいぞ。正直、これならもっとどんどん来て貰っても構わん気がするな」
「そんなことを言うと、おっさんとニーナさんが大暴れしますよ」
「ああ、そうだな……」
男爵の兵たちがいつ来るかがハッキリしないため、ここ三ヶ月は洞窟の近辺からあまり離れることができなかったのだ。
おかげで畑仕事にはかなり精を出せたのだが、戦闘大好きな二体はかなり不満を漏らしていたりと大変でもあった。
ロクちゃんみたいに、ずっと羽耳族の子と遊んでくれていたら楽なんだがな。
「タイタスとニーナが戻ってきたら、早速、一狩り行きたいところだが……」
「その前に、これの片付けが先ですね」
そう言いながら見事に跡形もなく消え去った洞窟を前に、吾輩と五十三番は顔を突き合わせてから小さく歯を鳴らしあった。