第百四話 骨腕疾駆
劇の衣装について適当な許可を出した吾輩は、その足で洞窟へと戻る。
何時ものごとく、やるべきことが骨積みなのである。
「あ、吾輩先輩、お帰りなさい。引っ越し作業、あらかた終わりましたよ」
「御苦労。村長の予想だと、種まき祭あたりがどうも怪しいそうだ」
「祭りになると浮き足立ちますし、人の出入りも増えますからね」
「だが裏をかいて早く来るかもしれん。作業は引き続き進めてくれ」
「分かりました。先輩はどちらへ?」
「うむ。吾輩たちの種まきも、そろそろだと思ってな」
洞窟の件を五十三番に任せた吾輩は、丘の向こうへと回り込む。
畑に行く前に、まずは飼育場へ寄らんとな。
柵に近付くと、聞き慣れた声と拍手が響いてきた。
また中で遊んでいるようだ。
扉の前で一角猪を荷車から開放してやると、角で器用に横木を押し開けて入っていく。
吾輩もその後へ続いた。
飼育場が出来て四ヶ月、あれからさらに猪五匹を捕獲して、場内はやや手狭になりつつあった。
そんな柵の中を力一杯走り回っているのは、夏の暑さを無事乗り越えた子猪たちだ。
背中の縞も薄っすらと消えつつあるが、まだまだ大きさ的には成獣の半分ほどである。
子猪たちは互いを追いかけながら、元気に伸び伸びと遊んでいる。
そんな無邪気に遊ぶ一匹の背中に、なぜか子供が一人しがみついていた。
両耳の羽毛を風になびかせて、振り落とされないよう懸命に頑張っている。
だが幼児の腕力では厳しいものがあったのか、子猪が大きく跳ねた際に耐え切れずふわりと体が宙に浮く。
次の瞬間、落下地点に滑り込むように小柄な骨が現れた。
落ちてきた子供を軽々と受け止め、そのままキュッと抱きしめる。
頭を優しく撫でてもらった羽耳族の子供は、嬉しそうにロクちゃんにしがみついた。
「ロクちゃん、タイタスを知らんか?」
「倒す?」
「ちびニーナはどうだ?」
「たおす?」
吾輩の問い掛けに、羽耳族の子供は耳をピコピコと振った後、柵の向こう側を指差す。
あっちは鶏小屋のほうか。
「ありがとう、助かったよ」
「倒す!」
「たおす!」
仲良く手を振る一体と一人に見送られ、吾輩は飼育場に隣接して作られた丸太作りの仕切りへと足を向けた。
エイサン婆さんに預けた羽耳族の子供だが、あれから少しばかり人間の子供らしくなった。
今では片言ではあるが言葉も少しばかり話せるようになり、吾輩たちともそれなりに意思疎通が出来るようにもなったのだ。
あと子供の名前であるが、婆さんにとって小さい生き物は全てニーナであるらしい。
区別するために骨の方はニーナ、子供の方は小ニーナと呼んでいる。
猪の飼育場を出て丸太の仕切りに近付くと、今度は騒がしい声が頭骨内に響いてきた。
そっと覗き込むと、地面にかがみ込む大きな骨の姿が見える。
そして骨の周りをぐるりと取り囲み小うるさく鳴いていたのは、赤いとさかを立てたニワトリどもだった。
「タイタス、探したぞ」
「よう、吾輩さん、ちょっと待ってくれるか。今、餌をやっちまうからな」
そう言いながら大きな骨は、手に持っていた桶の中身を地面に万遍なくばら撒いていく。
雑草に魚や獣の臓物を混ぜた餌を、ニワトリどもは我先にと突き始めた。
このニワトリたちは、村長たちが他所で仕入れてきたものである。
家畜だったせいか能力自体は何も得ることが出来なかったが、命数は確保できたため洞窟の裏手で飼育を始めたのだ。
村人は毎日、新鮮な卵を食べることができ、たまに肉にもありつける。
そして吾輩たちはわざわざ遠出をして狩りをするよりも、少しずつであるが確実に総命数を増やすことが出来るようになったと。
ただ残念なことに有精卵を捧げても、命数の加算は確認できなかった。
やはり棘亀のように莫大な生命力を持つ存在でなければ、卵から魂を得るのは難しいようだ。
「待たせたな、吾輩さん」
「なんだか、すっかり世話係が板についてきたな」
「いい加減、鈍っちまうぜ。……そろそろ、美味そうな相手と一勝負したいんだが」
「それだが、あと三週間以内に動きがありそうだと連絡が入った」
「お、いよいよ来やがるか。関節が鳴るぜ」
「うむ、出番がない可能性も高いが、気を引き締めといてくれ」
忠告を済ませた吾輩が最後に向かったのは、洞窟の北東に広がる丘陵地であった。
ここを来る日も来る日も頑張って、丘を崩し真っ平らにしたのだ。
おかげで兎を、かなり潰してしまったりもしたが。
そして今や何もなかった地に、縦横三千骨歩を誇る巨大な圃場が出来上がっていた。
見渡す限り平らな土地を、鍬を構えた下僕骨たちがずらりと並び一斉に耕しているのが見える。
骨たちが通り過ぎた後には、規則正しく綺麗に並んだ畝が出来上がっていた。
その骨たちに掛け声を浴びせていたのは、麦わら帽子をかぶった背の高い骨だった。
見るとその頭の上に、カラスがとまっている。
相変わらず案山子の方は、サッパリなようだ。
「おーい、ニーナ」
「何すかー? ワーさん」
「あとで鶏小屋に寄って、鶏糞を運ばせておいてくれ」
「分かったっすー!」
鶏小屋には落ち葉が敷き詰めてあり、ニワトリどもの糞と混ざることで程よい肥料になるのだ。
「それと明日は種芋を埋めるから、その準備も頼むー」
「了解っすー!」
盗賊どもが育てていた丸芋だが、二度芋とも呼ばれており年に二回収穫できる。
前回の分は村人にもかなり回してやったが、半分以上を種芋として確保してあった。
冬場を越す猪どもの貴重な餌だし、しっかり育ててやらんとな。
村が本格的に発展しだして、数ヶ月。
なぜか吾輩たちは、農業方面へ邁進しつつあった。