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第百三話 呪森修道騎士団


 

 村長から火急の用とのことなので、一角猪の荷車にアルを乗せて村へと向かう。

 もちろん黒甲虫の鎧を着込んで、骨だと分からないよう変装してからだが。


『村の様子は変わりないか?』 

「今は種まき祭の準備で大忙しですね。今年は盛り上げるぞって、父さんが張り切ってましたよ」

『ああ、それは良いことだな。もうロナは誘ったのか?』

「えっと、その、……まだです」

『ふむ。針を垂らして待っているだけでは、魚は食い付いてはくれんぞ』


 吾輩の仕草に、アルは首元を赤く染めてうなだれた。

 ちょっと内気な少年には、荷が重いようだな。 


『大丈夫だ、アル。釣心あれば魚心という言葉もある。根気よく待っていれば、ロナもそのうち気付いてくれるかもしれん』

「そ、そうですよね、師匠」

『ああ、釣り人にとって、辛抱こそが最大の美徳だからな』


 あとでそれとなく、ロナに声をかけておくか。

 子供たちには、これから頑張って繁殖して貰わないとな。


 軽く会話を交わすうちに、荷車は村の外れの一軒家へと到着する。

 裏口から家に入った吾輩は、偉そうに奥の部屋の椅子に腰掛けていた下僕骨に付いてくるよう命令する。


 銀色に磨き上げられた薄金鎧を身につけた骨は、兜で顔を隠したまま吾輩から少し遅れて歩きだした。

 そのまま表口から出て、村長の家まで徒歩で向かう。


 途中、すれ違った村人たちは、うやうやしく吾輩たちに頭を下げて道を譲ってくれた。

 その様子を余所者である商人やその使用人たちが、遠巻きにして声を潜めている。

 きっと吾輩たちが通り過ぎた後で、ヒソヒソと噂話に花を咲かせてくれるだろう。

 

 呪われた森から村を守るべく、この地へ居を構えた勇士の集まり。

 これが今の吾輩たちの設定である。


 はぐれ村に人を呼び寄せる際に、もっともネックになりそうなのは黒腐りの森の存在だった。

 死者の呪いに満ち溢れた場所に、普通の人間ならわざわざ近付こうとは思わないものだ。 


 だがそこに、代わりに呪いを引き受け、立ちはだかってくれる存在がいるとしたらどうだろう。


 果敢に森を切り開き、獣を追い払ってくれる勇気ある騎士たち。

 だがその代償として、彼らは森の呪いを受けぬよう全身を隈なく覆い隠し、口を閉じる必要さえあった。

 人々のために道を修める敬虔な信徒は、その言葉さえも犠牲にしたのだ。


 と、盛ってみたのだが、これが思ったよりも上手くいった。

 やはり少しばかり毛色の変わった格好をしたのが、話に説得力を出せたようだ。

 教会領への申請中というのも、噂の後押しになった。 


 まれに半信半疑な連中も訪れはしたが、恐ろしい獣である一角猪が家畜のように荷車を引く姿に一も二もなく信じ込んでしまう。

 そうなると後はもう立っているだけでも、揉め事の抑止力になるというわけだ。

 村へ出入りする人間はかなり増えたが、いざこざ等はほとんど増えてないと村長が誇らしげに語っていたな。


 それはまぁ良いのだが、問題は村長たちである。

 村を発展させることが吾輩の要望であると信じ込んだゾーゲン村長は、俄然張り切ったのだ。

 それに欲深いダルトンが肩入れし、鍛冶屋も負けじと鎚を奮った。


 まず彼らは最初に、黒絹糸を持ち込んだフレモリ商会と三年間の専属契約を結んだ。

 糸を他所に持ち込まないかわり、その期間内はずっと一定の値段で買い取ってもらうと。


 多分、最初に持ち込んだ物や二回目の糸の量が、あまりなかったので油断したのだろう。

 そもそも生糸は、そんな簡単に大量生産出来るものではないという常識もある。

 だけど実際のところ、花園へ行ってちょっと芋虫を突けば、簡単にピュウピュウと粘糸を吐いてくれたりするのだが。


 おかげでかなりの量を毎週王都へ持ち込んでおり、村の財政は恐ろしい勢いで豊かになっていってるらしい。

 

 次に村長たちは、その金で大工と石工を雇った。

 村の建物を増やし、新たに人が移住しやすい環境を整え出したのだ。

 さらに毛皮や余った材木を売り、生活に必要なものを次々と仕入れ始めた。


 馬車を停める施設や馬屋も作り、教会の建て直しも済ませた。

 馬などの家畜も増やして、次は牛を買う予定だそうだ。 


 それと新たな鍛冶屋を呼び寄せ、炉も増やして武器や防具の生産にも力を入れている。

 特に刃物の手入れが楽になったのは、吾輩的には大助かりである。


 そして商人どもが集まってきたところで、ゾーゲンたちは次の手を打ち出した。

 それが村に流れる川に、頑丈な石橋を作る計画だった。


 馬鹿高い通行料をせしめる街道橋の利用者を、ごっそりこっちへ引き込もうとするのが狙いである。

 確かに半日ほど遠回りになるが、はぐれ村には他の商人も集まっているため商機が生まれやすい。

 その上、ゆっくりと荷馬車を留めておける場所もある上、食事が美味しい宿屋まであるのだ。

  

 村の方も橋が完成すれば通行料の収入ができるし、宿屋に金を落としていってくれるのも有り難いという話だ。

 当然、村の通行料は、男爵の橋の半分以下の予定である。


 しかしながら、それを黙って領主が見過ごすはずもなく――。


「やはり、それとなく探ってきているようです、骨王様」


 そう言えば村長の家に入る時も、不躾な視線を寄越してきた輩が二人ほど居たな。

 村人の間でも最近、見慣れない顔の商人らしからぬ連中が増えたと噂になっているらしい。


『ふむ。いつ頃、押しかけてきそうか予想はつくか?』

「狙ってくるとしたら、教会領への申請が下りる種まき祭の前でしょうな」

『そうか。洞窟の方の仕掛けも八割方完成しているので、その時が来たら頼んだぞ』

「はい、お任せ下さい!」


 あの怪我の時以来、随分と頼もしくなったものだ。

 

『ところで火急の用というのは、その報告のことか?』

「いえ、実はですな。種まき祭で骨王様たちの活躍をお芝居にしようかと考えておりまして、今日はその衣装についてご相談が――」


 うーむ、これはこれで図太くなりすぎだ。



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