表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/178

第百二話 別れ道



 吾輩たちが何かを選び取っていく以上、必ず分岐点というものは存在する。

 目に見えてハッキリと分かる状況も多いが、たまに何気なさ過ぎて、その時には全く気付けなかったりする場合もある。


 そんな気まぐれだったり好みの問題で選んだ選択が、得てして大きな転換点だったりするのはよくある話だ。

 もっともこの時の選択肢の重要さを吾輩が知ったのは、随分と後になってからであるが。  


 黒棺様に現れた新たな機能、霊域拡大であるが、これにも実は選択項目が存在していた。

 コウモリを呼び出してからもう一度確認してみたところ、文字が増えていたのだ。


「これは偽魂生命の召喚が、解除条件だったということか」 

「本当に面倒ですよね、黒棺様って」

「倒す!」

「俺っちも手伝うっすよ、チッコイさん!」


 棺を押したり叩いたりし始めた二体を放置して、吾輩たちは文字の解析を試みる。

 霊域拡大の下に新たに現れた文字は二つ。

 

「上昇と下降……、どういう意味だ?」

「そりゃ拡大についてる項目だし、広がる方向だと思うぜ」

「僕もおっさんの意見に賛成ですね。ただ向きだとしても――」

「それがどう違ってくるかが、今ひとつ分からないな」

 

 予想としては霊域を上に広げた場合、地上部分をより遠くまで覆うことが出来る気がする。

 そうなると逆に下、地下部分に霊域を広げるメリットについてが、さっぱり思い付かない。

 

 地下にも、生き物が多く潜んでいるということなのか?

 うーん、無理がある仮説だな。


 ここは深く悩むまでもなく上昇一択で良い気がするのだが、上という文字が少しばかり気になる。

 上に昇っていくということは、もしかして、いや、でも、しかしな……。


「たおーす!」

「あ、道理で動かないはずっす! これ地面に埋まってるっすよ!」

「なに?!」


 飛込んできた言葉に思わず顔を上げる吾輩。

 その視界に映ったのは、黒棺様の周りの土を踏み鋤でほじくり返すニーナの姿だった。

 慌てて近寄ってみると、その言葉の意味が即座に分かる。


 黒棺様の側面は、地面の中へと続いていたのだ。

 本当に根が生えていたのか……。 


「あれ、地面掘れてます? 前はカチカチで無理でしたよね」

「今、精霊眼で確認したが、普通に土の精霊が存在しているな。前は空白地帯だったのに」

「となると、霊域拡大が開放されたせいじゃねぇか?」


 これも抑制されていたのか。

 それが解除されたということは……。


「…………ちょっと確認してみるか」


 杖を一突き、地中の土を脇にどかしてみる。

 さらに深く。

 もっと深く。って、嫌な予感が的中したようだ。

 タイタスの身長を優に超える穴の底から覗いていたのは、延々と地の底へ伸びている黒棺様の姿だった。


「これじゃ、黒柱様じゃないか……」

「まさかの新事実の発覚ですね」

「面倒だし、呼び名はそのままで良いんじゃねぇか」 

「倒した?」

「全然、倒せてないっすよ! チッコイさん」


 真っ黒な塊が地面に埋まる様は、吾輩の頭骨内に恐ろしい映像が呼び起こした。

 この柱が天高く昇っていき、その天辺に追いつこうと延々と足場を作っていく骨たちの姿だ。

 そしてふと気付き、足元を見た瞬間――――。


「ああああぁぁぁああ!!」

「何してんだ、吾輩さん?!」

「えっ? 勝手に押しちゃったんですか!」


 下降を選択した瞬間、地面を揺らす響きが足元から伝わってくる。

 地響きは数秒間だけ続いたが、不意に何事もなかったかのように収まった。


「どうなったんだ? 棺の場所はそのままだが」

「俺っち分かるっすよ。さっきよりも、下の方に広がってるっす!」

「倒す!」

「一応、この平面図を見ると地上部分も、それなりに広がってはいるみたいですが……」

「……………………ふう」

「いや、なに助かったって顔してんだ、吾輩さん」

「何で下降を選んじゃったんですか? あ、文字が消えてるじゃないですか!」

「いや……だって、危ないだろ。高いところは」

「ワーさん、意味分かんないっすよ。もしかして、高いところ苦手なんすか?」


 取り敢えずさっき掘った穴に、ニーナを埋めることにした。

 む、なんで吾輩を拘束するんだ? タイタス。

 その大きな石はなんだ?! 五十三番。

 止めろ、無理に膝を曲げさせるな! ロクちゃん。


「しばらくそれで反省してて下さい、吾輩先輩」

「まあ、やっちまったもんは仕方ないな。で、どうなってんだ?」

「上昇と下降の選択肢が消えて、霊域拡大の横に段階1って出てますね。さらにその横に魂魄自動回収って文字がありますよ」

「それだけか?」

「まだありますね。段階1の下に段階2の文字も見えます。ただしこっちの文字の色は灰色ですが」

「ああ、理由は多分これだ。総命数が1000減ってやがる。2段階分に行くには、魂が足らなかったってとこだろうな」


 どうやら黒棺様が、断りなく総命数を使ってしまったらしい。

 なんとも自分勝手な行いである。


「石、増やしますよ」

「すまん、反省している。しかし段階2への拡大が、自動で発動されると困るな」

「流石にその時は、選択できるとは思いますけどね」

「ま、魂も集めやすくなったことだし、減った分くらいはすぐに集まるだろ」

「倒す!」

「俺っちも頑張るっすよ!」


 よし、良い方向にまとまってくれたようだ。

 けれども、現実はそう甘くない。 


「実際のところ、そう簡単には行かないと思いますね。まず霊域自体は便利ですが、あまりにも狭すぎます。せめてこの森全体を覆ってくれていたら、話は変わってくるんですが。それに生き物自体が増えたわけでもないですから、結局、遠征して捕まえて戻るという手間はそのままですよ」

「ああ、言われりゃそうだな。俺たちが魂を集めていけば生き物が減っていくのは、どうしようもないって話になっちまうか」

「ええ、縄張りを広げるためには魂が要りますが、その魂を集めるために、もっと広い縄張りが必要となってくる矛盾ですね」

「…………だからこそ、吾輩はあの集落に手を貸したのだよ」


 魂が減ったのなら、縄張りの中にもっと生き物を呼び込めば良い。

 だが野生の生物は、そうそう大きな移動を繰り返したりはしない。

 しかし人間ならば、そこに目的を作ってやれば、意外と簡単に群れたり増えたりしてくれるのだ。


「霊域を広げ村に達すれば、あとは彼らがあそこで生活していくだけで、魂は確実に集まってくるだろう」

「それはかなり気の長い話ですね」

「一度、仕組みが確立すれば、あとは楽なものだと思うがな」

「その前に事が発覚する危険性のほうが、高いんじゃねぇか? 厄介な連中に目をつけられると厄介だぜ」

「うむ、それだが、鍛冶屋に頼んでおいた物がある。おい、入れ」


 吾輩の命令に、一体の下僕骨が部屋に入ってくる。

 その体は真っ黒な鎧に覆われており、骨の部分が外部に露出しないよう工夫がなされていた。


「前に鍛冶屋が、黒甲虫の殻を使って胸当てを作っていただろう。あれを見て思いついた物だ」

 

 とはいえ全身を隠すには材料の数が足りず、布地もかなり併用しているが。

 具体的に頭部は殻で守られているが、顔の下半分をピッタリと覆うのは黒い一枚布だ。


 肩や胸部、背中にも殻が貼り付けてあるが、腕や胴体部分は普通の服だったりする。

 ズボンも膝や股間以外は布で、あとは手袋や長靴で誤魔化している有り様だ。


「おお、カッコ良いっすね。俺っちの分はないっすか?」

「倒す!」

「なるほど、これならかなり誤魔化せますね」

「いや、話しかけられたら、一発でバレねぇか? それにちょっと周りからも浮いてる気がするんだが」

「ふ、それが良いのだよ、タイタス。呪われし森の守り手として、これ以上の姿はないだろ」


 石を抱いて正座しながら、吾輩は自慢げな笑みを浮かべてみせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ