三日目の拍動―― 焼き切れぬ心臓のために
※こちらは、しいなここみ様主催『やきにく短編料理企画』と公式『夏のホラー2026』のの一品です。m(_ _)m※
当初|;・ω・)<おかしい……「最高のステーキわっしょい!」の予定だったのに……?
この物語には、大きな驚きも派手な怪物もありません。
ただ、小さな音が鳴り続けます。
できれば静かな場所で、お読みください。
それだけで十分です。
──それは、国家が討伐を諦めた最後の災厄だった。
その肉に宿る『頑健』の効能は瞬く間に世界へ知れ渡り、切り分けられた巨躯の九割は、絶対的な権力を持つ冒険者ギルド主導の競売へと消えていった。
『死闘の末に討ち取られた、伝説の巨竜。』
そう歴史には記されている。
だが、討伐に立ち会った者は誰一人として、『あの心臓が止まるところを見た』とは書き残していない。
命を賭した、わずか四名に授けられたのは、「功労賞」……四等分された『心臓』。
──古より伝わる『竜類解体録』第七巻・心臓の項より――
「心臓は分割後も心臓。三昼夜、絶えず火に置けば静まる。されど途中で火を絶やせば――(以後の記述は消失)」
一、義務と血脈:騎士団長アルドリック
国に忠誠を捧げ、高潔で私生を持たずに戦ってきた男。
彼の肉は当然『王家への献上』か『騎士団長である自身の延命』に使われると誰もが疑わなかった。
だがアルドリックには、幼い頃から離れず耳の奥に居座り続けている記憶があった。
妹は昔、兄に抱きついて「お兄様の心臓って、大きな音がしますね」と言ったことがある。
当時アルドリックは笑った。
「生きているからだ」
妹も笑った。
「ああ、よかった」
「わたくしが長生きしても、お兄様がいない世界だったら、意味がないもの」
そんな戯言が、彼の胸の奥で錆びずに残っていた。
誰にも告げず、アルドリックは辺境の療養院――治療法の無い胸の病で床に伏す、実の妹のもとへ肉包みを運んだ。
──。
炉にかけた瞬間、微かな脈の音が病室に満ちた。
看護に慣れた修道女でさえ、最初はそれを妹の心音だと思い込んだという。
三日三晩、アルドリックは妹の寝台の脇に膝をつき、その音を聞き続けた。
──。
──。
次第に彼は、二つの響き――肉のものと、妹のもの――が、微妙にずれていくことに気づいていく。
妹の脈が弱まるたび、肉の音だけが規則正しく、変わらぬ間隔で打ち続ける。
まるで、置き去りにする側が誰であるかを、あらかじめ決めていたかのように。
片方の音が消えた。
──三日目の夜明けまで、彼は妹の寝息を一度も聞かなかったことに、その時初めて気づいた。
あの朝、どちらが先に止まったのか。
アルドリックは、一度も口にしていない。
以来、彼は誰かの寝息を聞くことができなくなった。
ただ、彼が佩く剣の鞘には、妹の言葉を刻んだ小さな真鍮の板が、誰にも気づかれぬまま留められている。
二、知の無限、命の有限:魔術師エルゼ
「人の寿命は、世界の真理を解き明かすにはあまりにも短い」
エルゼは迷わず炉に火を入れた。
三日三晩、書斎に籠もり、羊皮紙にその様子を記録し続ける――何のことはない、彼女にとってそれは単なる観測対象、精緻な実験に過ぎなかった。
──。
だが二日目の夜、彼女は妙なことに気づく。
魔術のペン先が紙を打つ速さが、いつの間にか肉の刻む間隔と同じになっている。
三日目の朝、羊皮紙を見返すと、二日目まで書き留めたはずの記録が、最初から自分の脈を記録していたことに気づいた。
──。
──。
指先の脈と、肉の音と、部屋の隅で刻む古時計の音までもが、いつからか寸分の狂いもなく重なっていた。
そしてその夜半、音が一瞬遅れた気がした。
エルゼは慌てて羊皮紙へ顔を近づける。
――違う。
遅れたのは、肉ではなかった。
自分の心臓だった。
竜は変わらない。
三日間、寸分違わず同じ速さで打ち続けている。
変わっていくのは、いつも人間の側だけだった。
どれが自分の生きている証で、どれが「すでに死んだはずのもの」の残響なのか、彼女にはもう判別がつかなかった。
──食べ終えたあとも、彼女の耳には長らくその響きがこびりついていた。
数百年を経た今も、静けさに包まれた書斎で羽ペンを止めるたび、あの三日間の音がふと蘇る。
それだけが最後に残った、人間だった頃の彼女の記憶になっている。
三、不老不傷という「呪い」:盗賊シオン
竜の断末魔が山ひとつを揺らしていた。
剣も槍も通らぬ鱗の隙間、心臓の真上――暴れ狂う巨躯の脈打つ胸に、たった一人で飛び乗った男がいた。
僧侶の護りが炎を割り、魔術師が竜を地に縫い止め、騎士が鱗と肉をこじ開けた一瞬、灼熱の血飛沫に肌を焼かれながら、シオンは短剣を、一秒に満たぬ静止の刹那にだけ、正確に突き立てた。
その瞬間、竜の胸の下で、世界が一度だけ静かになった。
咆哮も、炎も、血の音も、すべてが止まり、最後に聞こえたのは、巨大な心臓が打つ、たった一度の音だった。
──それだけが、今でも耳の奥に残っている。
その男は、手渡された肉塊を、一度も炉にかけなかった。
「長く生きて、何になる。仲間が死に、時代が変わり、自分だけが取り残されるだけだ」
――それは表向きの理由だ。
本当のところ、彼は火にかけた瞬間から始まるという、その音に耐えられなかった。
竜の胸の上で聞いた、あの最後の一打が、いまだ耳の底にこびりついていたからだ。
三日三晩、その音を聞き続けた者は皆、変わると噂されている。
何かを諦めた目に。
シオンは、肉を裏ルートで売り払った。
金貨を積み上げた酒場の片隅、彼の奢りで周囲が騒ぐ最中、彼はふと耳を澄ます癖がついていることに気づく。
宴の喧騒の底に、何か規則正しい音が混ざっていないか、確かめるように。
誰かが話すのをやめた、その静けさだけは、彼を今も落ち着かなくさせる。
確かめる癖だけは、金では売れなかった。
毎年決まって同じ酒場へ足を向ける。
理由は、シオン自身も覚えていない。
四、神域への畏れ:僧侶ミリア
神の教えに従い、傷ついた仲間を癒し続けてきた聖職者。
彼女にとってその肉は、『神の秩序を乱す禁忌の果実』以外の何物にも見えなかった。
食べれば、より多くの人を救う時間が手に入る。
しかし死を遠ざけることは、神への冒涜ではないのか。
ミリアは炉に火を入れないまま、三日三晩、祈り、問い続けた。
――それでも、初めの晩から、肉は打っていた。
火にかけずとも、微かに。
彼女の掌の中で、包みごしに伝わってくる、あの規則正しい響き。
止める術を、ミリアは知らない。
焼き切らねば止まらぬのなら、焼かなければ、いつまでも続くのではないか。
三日目、彼女は肉を聖箱に厳重に封じ、教会の地下深くへ埋めることを決意する。
土をかぶせても、あの音が地の底から響いてくる気がして、ミリアは幾度も足を止めた。
一度。二度。三度。
──その夜、地下から戻った彼女の部屋の扉を、控えめに叩く音が響いた。
四度。五度。六度。
その間隔に、ミリアは覚えがあった。
三日間、耳の奥で聞き続けた、あの拍動と寸分違わず同じ速さだった。
ミリアは動けなかった。
声を出すことも、扉を開けることもできなかった。
もし扉の向こうに、誰かが立っていたら。
……いや。
誰もいなかったら。
一度。二度。三度。
規則正しい音は、夜明けまで狂うことなく続いた。
翌朝、恐怖に震えながらミリアが扉を開けると、廊下には誰もいなかった。
誰の足跡も、気配すら残っていなかった。
安堵して深く息を吐き、胸に手を当てた。
一度。
二度。
三度。
一度。
いつから、それが自分の鼓動だったのか。
ミリアには、もう分からなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。m(_ _)m
ひとつだけ、お願いがあります。
私もやってみますから。
──胸に手を当ててみてください。
その拍動は――
本当に、あなたのものですか。
……(感想を受けての追記)
(ノಠ益ಠ)ノ彡┻━┻ <皆さまの心臓おかしいんかーい!(マテ)
かと言う自分の胸で|╹▽╹)<音を感じ肉かったデス!




