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人生は上々だ -人生、山あり谷あり、舞台あり-  作者: 志村けんじ


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トラウマの原因

 そこからみどりさんは、いろんなところに声を駆け回り、そのエイジの仕事をかき集めてきたそうだ。


 そこから週末の土日を中心に、エイジは結婚披露宴や都内と地方の小さなイベントなどの司会に全力を尽くすわけだが、初めは、まぁ、それなりに酷かったそうだ。


 同行したみどりさんの話では。


「えーっ、で、ではこれより、北川家、竹下家の結婚披露宴を始めたいと思います。ご両家の、にゅ、入場となります。ど、どうぞ皆様拍手でお出迎えください」


 と、誰がどう見ても、ハンパない緊張で、かなり酷い状態だったそうだ。


 ただ一つ笑えるとすれば、茶髪の毛をきちんと黒髪に染めてヘアスタイルも整えたことで、とても本業がお笑い芸人だとは見えなかったということだ。


 だから、ファンでもない限り、エイジの正体に気づく人は誰もいない。


 これは果たして、お笑い芸人として良かったことか悪かったことか。


 ちなみにみどりさんも、結婚披露宴に同行するときは式場スタッフに扮して、同じ会場に控えていたそうだ。


 とにかく最初は緊張もあり、当然アドリブを利かす余裕もない。


 司会進行の台本は、最初の頃はみどりさんが事前にもらっていた進行スケジュールに沿って、台本を書いてくれていたそうだが、そのうちにエイジと話し合って台本の内容を決めて書いてくれていたということだ。


 本当に実に頼もしい限りだ。


 しかもエイジの司会の様子を、しっかりとビデオ録画して、そのあとに反省会までするいう念の入れようだ。


「で、エイジくん。今日の反省なんだけど、まずアレはないんじゃない。最初に緊張しちゃうのはしょうがないとして、それでも緊張していることを周りに悟られないようにしなくちゃダメよ。それにはね……」


 これでは反省会ではなく、みどり先生の講義だ。


 しかもこの講義でのエイジへの指摘が適切なことこの上ない。


「じゃ、エイジくんが、なんでこんなに一人だとあんなに緊張してしまうのか、そこのところ考えてみよう」


 これはおそらく、心理学でいうところの「自己認識」の確認ということだろう。


「で、いつから一人だと緊張するって自分ではわかってた?」


 その原因を元から探ろうというわけだ。


「さてー、何処からなんでしょうかー……。あっ、みどリさんみたいなすごい美人を前にしたとか」


 そうふざけてエイジが話をはぐらかす。


「エイジくーん。真面目に思い出してねー!」


 言葉は柔らかいが、おそらくその表情は怖かったはずだ。


「幼稚園のときはどうだった?」


 まずは記憶が残っているとされる幼稚園のときからさかのぼる。


「うーん。特に緊張したっていう記憶はないですねー。もの凄ーく女のコたちにモテてたっていう記憶は沢山あるんですけどー」


 エイジのやろー。そんな幼稚園の(ちいさい)ときからだモテてたのかよ!


「はいはい。エイジくんは小さい頃からモテてたんだねー。じゃ、小学生のときは?」


 そう軽くあしらわれて、次は小学生時代に入る。


「えーっと、小学生……」


 エイジは小学校6年間の記憶を、下から順を追って思い出していく。


 この今更改めてなんだが、エイジがお調子者なのは物心ついたときからである。


 あのお調子者が一人になって緊張するなどということが、本当にあったのだろうか。


 まぁ、そんなトラウマになるようなことがあったから、こうなっているわけだが。

「あの……ありました」


 エイジは記憶の中から封印していた嫌な過去を思い出した。だから意図的にエイジから忘れていたのだ。


「いや……実は小学5年生から6年生になってクラス替えしたときに……」


 エイジはそのときのことをみどりさんに話していく。


 それはエイジが6年生になっての一人ひとりの自己紹介の際、大失敗があった。


 それはみんなの前で教壇に立ち、大きく自分の名前を、カッコつけてローマ字で書いたときのこと。


 その名前のスペルが間違っていることを、新しくクラスメイトになった男子に指をさされて大笑いされた。


 EIJI KUSAKAと書かなければいけないところを、AIJI KUSAKAと書いてしまったのだ。


 そんなことは他人からみたら小さい失敗だったかもしれないが、エイジにとっては凄く大きな失敗だ。


「なんだよ! アイジ・クサカって! AIはエイじゃなくてアイって読むの知らねーの! バカじゃん!」


 その嘲笑の大きな笑いが、まるで同調圧力のようにクラス全体に広がって更に大笑いされた。


 ここでクラスの誰かが助け舟を出してくれれば良かったのだが、ここで止めに入ってくれたのはクラス担任だけだった。


「ごめーんね!」


 そうエイジはおちゃらけて教壇を降りて自分の席に座ったが、内心は口惜くや(くや)しさと恥ずかしさで泣きたいぐらいだった。


 当然だ。これがある程度の成熟した歳なら、笑い飛ばせたかもしれないが、このときエイジはまだ小学6年生になったばかりの11歳である。


 だからこんな大事なことを忘れていたのではなく、ずっと心の奥に隠していたのだ。


 もちろんこれ以降は、この話題にはならないようにと、いつも違う話題をみんなに提供していたということだが、もう大人になったオレが聞いても、凄く嫌な話だ。


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