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人生は上々だ -人生、山あり谷あり、舞台あり-  作者: 志村けんじ


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新しいカノジョ

 あれから2ヵ月が過ぎて、あのとき失ったモノの大きさに後悔しながらも、オレは変わらずに「お笑い芸人」と「サラリーマン」の二足の草鞋を履いたままでいる。


 恵美とのことは隠していてもいずれわかってしまうことだと、別れたことをエイジに話すと、


 「そうかぁ……残念だったな。まぁ、元気出せよ。なんなら、オレが新しいオンナ紹介してやろうか」とも言われたが、


 この「オンナを紹介する」は、さすがに冗談だとわかっていたので、


「どうせ、お前が一回だけ付き合ったオンナを紹介するつもりだろー」


 と、冗談で返した。


 エイジは、「ひでぇー、オレはそんなに酷い人間じゃないぞー」


 と、笑って返した。


 それでも、そのまま特に気分が上がらないまま舞台には立ち続けていたわけだが、エイジは新しい恋に落ちていた。


 いや、新しい恋にハマっていたという方が正しい。


 お笑いライブなどには、必ずと言っていいほど、そのカノジョがついて回る。


「いやー。もう、やめろってー」


 もうエイジは、カノジョにベタ惚れだ。


 そのカノジョの名前は、大園美苑おおぞのみその年齢トシは21歳。


 大阪府出身で、職業は看護師兼コスプレイヤーという、まさに異色だ。


 コスプレイヤーとしても、コスプレ会場にまで足を運ぶファンたちの間では、なかなかなの人気だという。


 エイジがなにゆえに、この大園美苑おおぞのみそのと出会って付き合ったかといえば、お笑い芸人の後輩に連れられて、気まぐれでそのコスプレイベントに参加したことがきっかけである。


 ただエイジがコスプレに興味あったかといえば、そんなことはなく。言い方は悪いが、「エロい衣装を着た女のコたちが集まっているイベント」という認識だった。


 それで、なんでエイジが美苑と付き合ったかというと、美苑みそのの方から声を掛けた。


 それはコスプレイベントにカメラも持たずに、スマホでたまに何枚か写真を撮るだけのエイジを、性犯罪者かなにかだと不審に思ったからだ。


 そのとき美苑みそのは、青い髪のショートカットのカツラに、カラダのラインにぴったりの合皮製の白いスーツで、あの有名なアニメキャラのコスプレをしていたわけだが、それにまったく興味を示さないエイジに凄く腹が立ったそうだ。


 美苑みそのは撮影会の途中で、そのエイジのことが凄く気になったそうで、ずっと目で追っていたそうだが、途中でもう我慢できずに撮影を一時中断して、そのままエイジのもとに真っ直ぐ歩いていくという大胆な行動にでると、こうエイジに言った。


「アンタぁ、さっきから写真も撮らずになにしてんのぉー!? ウチのことは全然写真に撮りたくないわけぇー!?」


 と、すごい剣幕でエイジに詰め寄ってきたそうだが、そもそもあとの方は性犯罪者かもと思っていた男にいうような言葉ではないはずだ。


 この予想外の美苑みそのの行動に、周りにいたカメラ小僧たちも騒然だ。


「あっ……いや……そういうわけでは」


 さすがにこの美苑みそのの剣幕には、エイジもタジタジになったそうだが。


「だったら、早くウチのこと、撮りーなぁー!」


 と、美苑みそのはエイジに強要する。


「はい」そう言われてエイジは素直にスマホを構えて、美苑みそのの顔をはじめ、アップの写真を何枚も撮影したそうだが。


「アンタ、よぉ見たら、結構いい男やん」


 これも、俗にいう「イケメンに限る」というやつなのだろうが。


「あぁ。それはよく言われる」


 エイジは一切照れることなく、「いつもの当たり前のこと」と言わんばかりにそう答えたそうだ。


「エライ自信……。アンタ名前は?」


「ん。日下英慈くさかえいじ。お笑い芸人やってる」


 この「お笑い芸人」という「ギャップ」が、かなり大きなポイントとなったそうだが。


「芸人!? ホンマに芸人!? 噓やろ!? アンタみたいな顔のいいお笑い芸人はなかなからんでー!」


 と美苑みそのの方から「一目惚れ」ならぬ「二目惚れ(ふためぼれ)のギャップえ」したとのことだ。


「う~ん。そこまで言ってもらえると嬉しい」


 と、今度はエイジも照れたそうだが。


「アンタ……。いや、エイジさん。ウチと連絡先交換しよ!」


 それを聞いたエイジと美苑みそのの周りできれいに輪になっていたカメラ小僧たちが、みんな一斉に「えーーーっ!?」と大声を上げたとかなんとか。そういうわけで、今日こんにちいたるわけである。


「なにさっきからブツブツそっちで言ってんの、ハゼー」


 エイジの腕に絡みつきながら、美苑みそのが言う。あの日以来、美苑みそのはエイジにメロメロだ。


「そら、あんた。こんなみんながいる楽屋の中で、そんな蛸みたいに絡みついてたら、そらなにか言いたくもなりますよー」


 オレはいまの美苑みそのの状態を揶揄やゆして、そう返す。


「はぁー!? ウチみたいな可愛いおんなつかまえて、なに言うとんねー!」


 もうはじめの段階でわかり切っていたことだが、はっきり言って美苑みそのは口が悪い。


 じゃあ、誰に対しても口が悪いかといえば、そうではない。そこは上手く使い分けているようだ。


「まぁまぁまぁ、ハゼはオレたちにヤキモチ焼いてるんだってー」


 エイジは、ニヤニヤした目をしてからかい半分のフォローを入れる。


「ホンマやでー。アンタいつまで別れたおんなのこと引きずってるつもりなん? いい加減に諦めーな。なんなら、ウチが新しいおんな紹介しよーか」


 これまた余計なことを美苑みそのが口に出す。 

 

「おっ、良いねー。紹介してもらいなよ、ハゼ」


 この「おんなを紹介する」などという言葉は、この場で迂闊うかつに言うものではない。


 何故なら、この大部屋の控室にいる芸人の半数以上はオンナに飢えている。


 その美苑みそのの穿いていたミニスカートをチラ見していた芸人たちの視線が、一斉にオレに集まる。その鋭い視線を肌に感じる。


 ギラギラした嫉妬の目だ。


 おそらく、美苑みそのがコスプレイヤーだということを少なからず知っている者たちが、どんなオンナを紹介されるのかと、善からぬ妄想をしているのだろう。


「バ、バカいってんじゃないよ! 余計なお世話だってーの!」


 そのオレの言葉を聞いて、一斉にオレへの視線が退いていく。これだから男の嫉妬心とは怖いものだ。「おんなを紹介する」の一言でこれだ。


 そういえば、以前にも小松川マネージャーがタイトスカートのスーツ姿で楽屋に来ていたときも、これと似たような視線を感じた。


 そのときは小松川さん自身が、周りのその視線に睨みを効かせて黙殺していた。


「ほんなら、ホンマに紹介してほしいときは言ってな」


 と美苑みそのが言って、この場は取りあえず事なきを得た。


 その日の帰り。オレは運悪く「出待ち」に捕まった。

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