落とされた爆弾
自分たちの漫才のあとは、いつも通りそこから全出演者の舞台の終わりをまって、最後にこの「舞台」に出演した「お笑い芸人」たちが揃ってのエンディングでの「アフタートークショー」をして、今日の「お笑い芸人」としての「舞台」は終了である。
その後、近くの居酒屋での恒例の「反省会」は予定どおり行なわれたわけだが、その「反省会」の中で、予想もしていなかった「爆弾」が落とされた。
「いやー。でも最後の最後で惜しかったわねー」
カンパイのあと、小松川さんの口から一番に出たのはそのことについてだ。
「でも、あれはあれで、ちょっと笑えたかも」
恵美がすかさずフォローを入れてくれる。今日の反省会は恵美も参加中だ。
「ダメダメ。カノジョだからって、オトコを甘やかしちゃ」
「最後のあそこは、ハゼくんが、社会の窓とエイジくんを交互に何度か見てから、最後に観客席に真顔を向けて、もっと「大きな笑い」を誘うシーンでしょ!」
まさにその通りだ。最後の最後で、そこを演じ切れなかった。
「でも、前よりもだいぶ良くなったじゃん」
そう言ってくれたのは、この「反省会」に参加してくれた先輩お笑い芸人コンビ『新感閃』の「じゃない方芸人」のタカシさんだ。
「いやー。良くなった良くなった。1年前よりだいぶ良くなったよー」
そう言いながら、タカシさんは「ニヤニヤした目」をしながら、女性二人の方を見ている。
「もぉー、タカシさん、下心丸出しですよー!。きれいな女性の前だからって、そんな心にもないことを言ってー!」
とエイジが、如何にもわざとらしくツッコミを入れる。
「あれー? バレた?」
タカシさんも同じように、如何にもわざとらしいお笑い芸人らしい返しで笑いを誘う。
「だってさー! こんな美人が二人もいるんだよー! そりゃ、無理じゃん!」
これも「お笑いの教科書のセオリー通り」の返しだ。
こういう場合によっては、セ〇ハラと言われかねないような、くだらなく見えるかもしれない会話でもプロの「お笑い芸人」がするとやはり違って楽しい。
「ダメですよー。一人は、ハゼのカノジョだし、もう一人は……もう、オレたちのマネージャーなんですから!」
この「お笑いのセオリー通りの流れの中」で、エイジの口から突拍子もない言葉が飛び出す。
「オレたちのマネージャー!?」
そんなことは聞いてない。初めて聞いた。
「えーっ、この度。勤めている今の会社を辞めて、株式会社オールージュ様に転職することとなりました、あなたたちのマネージャーになる予定の小松川みどリでーす! 以後、よろしくお願いします!」
本当に初耳だ。
「えっ!? えっ!? えーっ!? そんなこと聞いてませんけどー!?」
小松川みどリさんが、オレたちのマネージャー……。
「実はさー。エイジくんとハゼくんに会ってから、ずっと転職を考えてたんだよね。それでエイジくんから、事務所でタレントのマネージャーを募集してるって聞いて、それで思い切って飛び込んで見ましたー!」
女は度胸とは、よく言ったものだ。まだなにもわかってはいないはずなのに、この有象無象が多い芸能界に飛び込むんでくるとは。
「まぁ、はじめは荒田さんについてのサブマネージャーだけどねー」
荒田さんっていうのは、あの最初の事務所のオーディションのときの、あの眼鏡を掛けた審査員の人で、オレにニュアンス的に「エイジのことよろしくね」と言った人だ。
その人が現在のオレたちのマネージャーである。
『ソルティドッグ』以外にも、何組かのマネージャーを受け持っており、かなり忙しい人なのだ。
おまけにあの眼鏡の奥の笑っていない目が正直いって怖い。一見気弱そうに見えるのだが、よく見ると意外と胸板が厚く、聞くところによると、どうやらアマチュアレスリングを大学の頃までしていたのだとか……。
エイジの『スキップビート』の頃のマネージャーは、だいぶ甘めの人だったらしく、この荒田さんになってからは、エイジも荒田さんの前では少しだけおとなしくしているらしい。
だからこそ、エイジはこの喜びようなのかもしれない。
♢
このあと、この小松川さんの退職のあいさつでの一件が、オレのサラリーマンとしての立場に、もう一つ大きな爆弾を落とすこととなる。
それは小松川さんの総務部での「退職の挨拶」でのことだ。
「えーっ、みなさん。約3年と短い間でしたが、いままでありがとうございました。これからは生産管理部の土師洋一くんと共に、二人三脚、いや三人四脚で頑張っていきたいと思います」
この「二人三脚」、「三人四脚」との発言に、社内で有らぬ疑いが飛び交ったのである。
退職の挨拶の中で「二人三脚」と言われて想像されることといえば、普通は「結婚」。三人四脚といえば「妊娠」が連想されることだろう。まさにそれだ。
しかし当然ながら、そんな事実はあるはずもなく、かといって、まだ社内では「隠していること」を話すわけにもいかず、そんなジレンマに陥った。
「いや、まいったよ……。もう社内のあちこちで噂になって、人によっては、おめでとうございますなんて言われちゃってさ。これ、どーすればいいかなぁ?」
オレはそのことを、真っ先に恵美に相談した。
美人で明るく、誰とでも気さくに話す小松川さんは、オレが知らなかっただけで、社内では彼女を狙っていた男性社員はかなりいたとの話だ。
そんな状況で、この噂が立ったのである。
「さぁ、どうすればいいんでしょうねー。でも、火のない所に煙は立たないってもいうじゃない」
冗談なのか本気なのか、恵美はどこかオレを疑っているような言い方をする。
「そんな事実があるとお思いですか?」
オレは冗談交じりの言い方で聞き返す。
「ない。あるわけがない」
恵美も笑って自分の言ったことを否定する。
「だからホント、マジで困っちゃってんのよ」
「じゃさ。いっそのこと本当に結婚しちゃえば?」
「いやいやいや。なに言ってんの、そんなの無理に決まって」
「無理じゃないよー」
「いや。ムリムリムリ! 駄目だよ~、そんな無理なこと言っちゃー」
恵美が言ったのは、もちろん小松川さんとのことではなく、自分とのことを言っているのは、なんとなく気がついてはいた。
それでも敢えて否定したのは、そのときには、その恵美の気持ちに対する覚悟が足りなかったからだ。
そこから恵美はオレのことを、どこか遠ざけるようになっていき、お互いの中で少しずつズレが生じていた。
恵美は、男としてはっきりとしないオレの態度に呆れてしまったのかもしれない。




