王女
「ねぇ、あなたは誰?」
呼びかけられ、ゆすられた俺はやっと目覚めた。
俺は深夜を待つつもりだったが、そうもいかなくなった。うっかり眠ってしまったのだ。
連日のぎりぎりシーフプレイで気疲れが出たのかもしれない。
ハイドは解け、ただ単に生け垣にはさまって動かない人になってしまった。
そこへ、タイミングが良くか悪くか分からないが一人の少女が通りかかった。
年のころは俺と同じくらい。きれいなドレスに身を包んでいる。
月明りだけでは見えにくいが、気品のある美しい少女だ。セスカと同等かそれ以上のだ。
「ねぇねぇ、あなたは誰かしら?」
「あ、俺は……」
千六百万レベルのシーフでも、居眠りは致命的だ。どうやってここを乗り切るか
セスカだったらうまく丸め込めるのかもしれない。
俺も絶対絶命のピンチをチャンスに変えてやろう。
俺は心の中で、架空のスキル「言いくるめ」をくりだした。
「俺は……そう、忍者なんです。夜の間、お城の警備を任されているんですよ」
「ニンジャ! すごいすごい。私ニンジャさんの正体を暴いちゃった!」
「そういうお嬢さんは、こんな時間に何をしていらっしゃるんですか?」
「おさんぽよ。わたし、どうしようもなく退屈な時、おさんぽするの」
「何が退屈だったんですか?」
「舞踏会よ。私、知らない人と踊るなんてできなくて、一人で抜け出してきたの。でも何もすることがないじゃない? ですから、お散歩していましたの」
「たいへんだ。お城ではきっとお嬢様のことを探していると思いますよ」
「私がいなくなっても気づく人なんていないわ。私、三人目の王女だもの。あと何年もしないうちに、政略結婚に使われておしまいよ」
この子はおそらく現在の王の三女だろう。名前を何と言ったか忘れてしまったが。
「そんなことはありませんよ。お嬢様はこんなにお美しいじゃありませんか」
「ふふっ。ニンジャさんまでみんなと同じことを言うのね。このお城では見かけなんて価値がありませんのよ。どれだけ王様に近いか、どれだけ贅沢をできるかで価値が決まってしまうの。私は女でしょう。それに三人目なんですよ。全然価値がありませんわ」
少女はお城の方を見つめている。
「人間の価値はそんなことでは決まりませんよ」
少女は俺の方を見た。
「皆さんそうおっしゃいます。ニンジャさんは人間の価値を何ではかればいいとおっしゃいますの?」
俺は答えに詰まった。人間の価値って何だろう。
「す……すいません。わからないです」
彼女は微笑んだ。
「正直ですのね。私、正直な方は嫌いじゃありませんことよ」
俺も自分の価値が何で決まるか考えてみた。いじめられっ子の俺は無価値な人間なんだろうか。
「自分が何をしたいか、そして努力したか、それを成しえたか。そんなことが自分の価値に繋がらないでしょうか」
「徳を積めっていうことかしら。お坊さんもそう言ってらしたわ」
「ちがうちがう。『自分がなりたい自分に成れたか』ですよ」
彼女は人差し指を立てて、それを自分の口に押し当てた。
「うーん。それは、悪いことでもいいのかしら」
「お嬢さんは悪いことをしたいんですか?」
「ええ。私はいつも悪いことばかり考えているわ」
「どんなことでしょう」
「平民として暮らしてみたいですわ」
「それは悪いことなのでしょうか」
「ええ、大罪ですわ」
「それは、かなえられないことなのですか?」
「私はお城の中から出られないんですの。出るのはただ一度だけ。お嫁に行く時だけですわ」
深窓の令嬢ってわけか。なるほど、平民になってみたくもなるな。
「では、私とお城を出てみませんか?」
「だめよ。見つかったらお父様に怒られてしまうもの。きっと、お仕置き用のお部屋に閉じ込められて、お庭にも出られなくなってしまうわ」
「見つからなければいいんですよ」
俺は自分を指さす。
「あら、素敵なニンジャさん。私を連れ出してくれますの?」
「お嬢様にその気があればですが」
彼女は鼻で笑った。
「ふふっ。私、あなたのこと何も存じてませんことよ。ただ一つ知っているのはニンジャじゃなくて泥棒だってことだけ」
泥棒かどうかはともかく、普通に考えればニンジャじゃないことくらいは察しが付くよな。
「ばれていましたか。やれやれ」
「私をお城から連れ出して、どうなさるおつもりですの? 私をてごめにしてしまうおつもりかしら」
「いいえ。ちょっとお話を聞きたいのです。そのあとは、お嬢様の自由になさってよろしいですよ」
彼女は手を打ち鳴らした。
「まぁっ。素敵なお申し出ですこと。それは、今すぐお願いしないといけないことかしら?」
「何か心残りがあるんですか?」
「うーん。泥棒さんに何も持たせないで出るのでは申し訳ないわ。何か高価なものを持ってまいりますことよ」
「迷っているんですね。今すぐここで決めてください」
「ふふっ。ぬかりのない泥棒さん。では、今すぐ私をさらって行ってください」
「では私におぶさってください」
俺は彼女を背中に乗せると。首に手を回すように言った。手が自由にならないと壁を上るのは難しい。
夜間の衛兵の警備は、壁の外側だけに注意を払っているようだ。内側から登っていく際に見られることはなさそうだ。俺は壁に手をかけると滑るように登って行った。
「わ、わ、泥棒さん、すごいですわ」
「黙っていてください。見つかってしまいます」
俺は城壁の上に出る前に、まわりの様子を見た。すると、一番近い衛兵がどこかへ向かって走って行くのが見えた。
理由はわからない。トイレかもしれない。もしくは千六百万レベルのシーフの運を操作する能力かもしれない。
ともかく、衛兵がいた場所から城壁を乗り越え、そのまま、落ちるような速さで壁を下りた。
気づかれた様子はない。俺はお嬢様を背負ったまま全力で走り、王城から離れた。
「すごい。すごいですわ、泥棒さん」
「しゃべると舌を噛みますよ。黙っていてください」
「はい」
俺たちは深夜、月明りの中で飛ぶように走っていった。
つい思い付きでお姫様をさらってしまったが、この先どうしよう。セスカはなんというだろうか。




